第4話 先輩の、無意識

 柚子先輩は、可愛い。

 二十四時間、三百六十五日、春夏秋冬、未来永劫、可愛い。

 

 昨日の柚先輩も可愛かった。

 俺が椅子になったので読書している顔は見れなかったけど、新しい可愛さを知る事ができたとても良い日だった。


「や、やあ城戸くん……き、今日も早いね?」

「先輩!」


 だから今日も良い日だ。

 文芸部の部室に入ってきて、何故か同じ手と足を一緒に動かしている柚子先輩も可愛い。

 毎日新しい可愛さを発見している。

 可愛さ無限大だ。


「え、あ、あれ? 椅子が……」

「ああ、もう大丈夫って野球部の友達が言ってたので戻しておきましたよ」

「へ、へー……そ、そうなんだ……ふーん……あ、ありがとね……」

「いえいえ、これぐらい任せてください!」


 柚子先輩がお礼を言ってくれた、

 お礼を言われたくてやった訳じゃないし柚子先輩の様子が何か変だけど、褒めてもらえるのは嬉しい。


「じゃ、じゃあ今日も……部活、始めようか?」


 そう言って柚子先輩はスクールバッグを机に置いて。



 チョコンっと。


 俺の。


 膝の。


 上に。


 座った。



「せ、せせせせ先輩っ!? ど、どどどどうして今日も、おおお、俺の膝に?」


 落ち着け、落ち着くんだ俺。

 不意打ちの肉体接触的可愛さで頭がおかしくなりそうだった。

 チョコンってなんだ、チョコンって。

 可愛すぎだろ。

 ところで肉体接触的可愛さってなんだ。


 ……落ち着こう、まずは一端、落ち着こう。


 文芸部、そうここは文芸部だ。

 文芸部は縦長の部室だ。入口を入ると机が六つある。

 そう、六つだ。

 二列で向かい合った机が三つずつ長方形に重なっている。

 つまり、三対三の形だ。

 文芸部の部員は俺と柚子先輩しかいないので、贅沢に真ん中を向かい合って使っているのがいつものスタイル。


 だけど今、柚子先輩はいつもの場所でも他の場所でもなく、俺の膝を選んだ。


 何でだよっ! 可愛すぎるだろっ! 死人が出るぞっ! 俺がだよっ!


 内心パニック状態の俺に対して、柚子先輩の答えはどうくるのか。

 肝心の柚子先輩はキョトンとして、俺の膝の上で、俺の顔を見上げてる。

 可愛さ許容量の臨界点は近い。


「……うえぇへぇっ!?」


 悲鳴だった。

 よく分からないタイプの悲鳴だった。

 先に爆発したのは柚子先輩だった。

 それすらも可愛いのは天才だと思った。


「あ、あわわ、あわわわわわわわわ……っ!」


 あわあわしている。

 それはもう、あわあわしている。

 俺の膝の上に座ったまま、あわあわしている。

 

 柚子先輩のあわあわまっかっかな可愛い横顔が目の前にあった。

 そう、今日は背中を向けているんじゃなくて横向きだったのだ。


 俺は今日、柚子先輩の可愛さで死ぬのかもしれない。

 もしくはここが天国で、既に俺は死んでいるのかもしれない。


「き、き、きっ……城戸君!」

「なんですか!?」


 生き返った。

 だって柚子先輩が呼んでるんだ。

 死んでる場合じゃない。


「……きっ、君はボクの椅子だろうっ!?」

「はい!」


 どうも、椅子です。


「じゃ、じゃじゃじゃ……じゃあ問題ないよねっ!?」

「もちろんです!」


 そう、問題ない。


「よし! な、なら、部活をしようじゃないかっ!」

「分かりましたっ!」


 問題ない、よな?

 柚子先輩が可愛いし、うん問題ない。

 そうして今日も、柚子先輩が膝の上にいる状態で部活が始まるのだった。

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