4.私の頭の中には、小人が住んでいる③


 大学センター試験の模擬試験用に、国語の過去問を解いていた時でした。



 江國香織さんが執筆しました短編小説『デューク』。

 この物語が、現代文の問題で出題されていたのです。



 ……鳥肌が立ちました。



 こんなにも美しくて、素晴らしいファンタジックな世界を、文字だけで描く人がいるなんて!

 しかも、わずか数分で読めてしまうのに、世界の色と匂いと空気感が頭にありありと浮かぶのです。


 勉強そっちのけで、物語を隅々まで読み、その美しい世界の片鱗に触れ、心の中で感嘆のため息を何度も吐き出していました。




 読み終えると、頭がぼーっとするのです。



 文字で世界を表現すること。



 小説って、実はすごい創作物なのでは……?



 その瞬間から、私の小説に対する価値観が変わりました。



 まずは、持っていた国語の参考書や過去問に載っている小説を片っ端から読み漁り(←受験勉強なんてどうでもいい)、気に入った作者を見つけると、まちの小さな図書館まで自転車を走らせ、小説を借りまくりました。


 当時、過去問を解いた中で出会った小説家は、他に山田詠美さんという方です。この方の物語も美しく、人間の脆くも儚い心情を見事に表現していました。『晩年の子供』は本当に傑作です。私の短編小説は、この物語の影響をかなり受けています。



 そんなふうに、私は活字を食む虫になったのです。



 ちなみにこのお陰で、大学のセンター試験では国語満点(自己採点)という快挙を成し遂げたのでした。無駄にね。


 でも、センター試験(今はもう共通テスト)レベルの国語の勉強は、小説を読むことはかなり効果的と思いました。頑張れ、受験生。




 センター試験も終え、ほっと一息をついた私は小説の書き方に関する指南書(アマゾンで取り寄せたプロ作家養成塾、頭がいい人の文章の書き方など)も読み漁りました。



 ・受賞までの道のり

 ・句読点のつけかた(文章の基本ルール)

 ・おもしろい文章の書き方

 ・読み手の心をつかむ文章の書き方



 なるほどなるほど。

 文章とは、こうやって書くのね。




 その頃くらいから、私は毎日、日記をつけるようになりました。毎日が楽しくて楽しくて、仕方がありませんでした。日々のなんでもない出来事を、面白おかしく自分の言葉で表現すること。




 ……超楽しい……!




 ついに私は、頭の中の物語を表現する術を見つけたのです。小説の技術をどんどん磨きたくなったのです。



 頭の中の小人がようやく、『月瀬澪』という物書きに進化した瞬間でした。





 ――小説家に、私はなる!





 まだ雪が溶けぬ二月の終わり。


 波打ち際のテトラポットの上に立ち、某海賊漫画の主人公のように、私は腕を振り上げました。





 私は大学生になったら、絶対になってやるぞと決めたのです。




 ん?

 でもちょっと待って。



 ……大学受験、二次試験がまだ残っていない?



 つづく。


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