亡霊かく語りきⅣ
「えん、じ……?」
「上出来だ、浜浦」
短くそれだけ言うと、目の端がわずかに緩むのが見えた。
「まぁた課長、素直じゃないんスから。これでもチャンナギが無事なのか気になりすぎて、さっきまでめっちゃ怖い顔してたんスからね」
「蜂谷さん……」
「人の話を聞かない馬鹿にかける言葉なんて、そのくらいで十分よ」
冷ややかな言葉をかけて、私の両隣に立つ東宮さんと鉄兎を交互に見やる。
『そういうこと言わないの、塔子。あなただって、渚ちゃんの心配してたくせに』
「うるさい。借りを返す機会を逃したままどっか行かれるのが、うざったらしいだけよ」
『うわっ、トウグウ捜査官ってそんなコテコテのツンデレ台詞吐くんだ……』
通信で降りかかるシャオちゃんの突っ込みを、東宮さんは今にも舌打ちしかねない表情で受け流す。
そんなやり取りを横目に、煙慈はポケットに手を突っ込んだまま我関せずといった具合で大橋さんを睨みつけていた。
「何故ここが……」
「この馬鹿の特攻癖は、ウチがよくわかっているんでな。あらかじめセキュリティーホールを突破しようとする人間を逆探知するプログラムを仕込ませておいた」
「はぁ?」
そのカミングアウトに、素っ頓狂な声を上げたのは私だった。
「ど、どういうことですか! 私聞いてないんですけど!」
「囮だったんだよ、最初っからお前は」
煙慈は煩わしそうにポケットからタバコとライターを抜き出して火をつける。
煙を吐き出すと、それらは渦を巻いて小さな煙の怪人……ノイジー・スモーキーを作り出した。
「ホエルと接触した時から、お前は常に誰かに監視されていた。案の定監査部だったわけだが……それを利用しようして、GCのスキャンダルを追求するのが、俺たちに下された命令だった。結果、GCの隠し通していた最大の秘密……災害最初期に存在を隠匿されていたデータ生命体……それに、監査部の越権行為を発見することができた」
そこで言葉を区切って、深く煙を吐く。いくつかの逡巡の後、手元の煙草に視線を落としながら、煙慈は言った。
「すまなかったと思っている。だが最初に言ったはずだ、お前を研修生扱いする気はないってな」
だったらその時事情を説明してくれれば。と怒鳴りかけるのを、なんとか喉の奥に引っ込める。
ホエルと接触があった時点で入念なウィルスチェックが入ったことを思い出す。あれは自分たちの仕掛けていた罠の再確認も兼ねていたんだろう。万が一にでもGCに逆探知を悟られるわけにはいかない以上、私とそのことを話すことだってリスクはある。
そして、昼間の東宮さんと蜂谷さんとの邂逅。あれも偶然ではなく、私を通して接触しようとするGCを待ち構えていた。
知らない間に、私は捜査官たちに守られていたんだ。
「スペクターって言ったか、その秘匿性が仇になったな。お前たちが呑気に話している間、お前たちの回線も固定させてもらった」
『ネットの共有を安易に行うべきじゃなかったね。外は公安が包囲してるし、議員のことは諦めておとなしく捕まりなよ、大橋』
「シャオ……従うべきGCの決定に逆らう気?」
『さぁねぇー、アタシにはそんな指示届いてないし……アンタの高慢ちきな考えも聞く気ないしね』
飄々と投げやりなシャオちゃんの声からは、家族への配慮はあまり感じられない。
「ハイエナどもめ……」
大橋さんはそう言って、銃型のプログラムを解いて両手を上げる。周りの部下たちも同じ動作で従うのを確認してから、蜂谷さんと東宮さんが近寄って首元を押さえると、順番にうめき声をあげて次々と倒れていく。固定化した回線を通して、パイロットに拘束プログラムを流してるんだろうその光景をひとしきり眺めた後で、私は海未さんを見やった。
「入鹿海未」端的に、煙慈は尋ねる。
「情報盗難及び仮想体の不正改造、誘拐疑惑諸々……すべて吐いてもらうぞ」
「あはは……見逃されませんか、やっぱり」
眉尻を下げて、半歩後ろへ下がる。その挙動に追いつくようにダメよぉ、とのんびりした日下部さんの声がオーヴァーレイした。
『この空間の通信システムはもう掌握済み。どこかに逃げようなんて――』
「逃げませんよ」
そう言って、海未さんは仲間の観衆たちに振り返って、指揮者のように両腕を振る。
こちらに背を向けようと体をひねるほんの刹那、私のほうを見て海未さんは寂しげに微笑んだような気がした。
「捉えられるかは、また別ですけれど」
次の瞬間、海未さんは消える。
「万代!」
『通信システムへ侵入された形跡なし……! アクアリウム内に隠れているの?』
『各種センサーにも反応はなし……こうなったら見つける方法はない』日下部さんに続いたシャオちゃんが悪態をつく。
『クソッ……ほんとにデタラメな奴らなんだから……!』
課長。という静かな呼びかけに、煙慈が東宮さんのほうへ向く。
そこには、さっきまで床を舐めていた監査部たちの姿はなかった。
「シュレッダーの情報を渡しくなかったんでしょう」
「マジ信じらんねぇ……これがスペクターってやつのスペックなんスか」
目を見開いたまま、大げさに肩をすくめるエモートを出す蜂谷さん。
「状況証拠はElWaISが記録している。拘束を解かれる前にパイロットを確保するぞ」
煙慈の指示に対して、東宮さんと蜂谷さんは切り替えて即座にログアウトする。
浜浦、と声をかけられて、私は黙ったままの議員を見たまま固まる。
スペクターたちの依頼は議員を、幻捜課に引き渡すこと。そういう意味では彼女たちの仕事はもうすでに終わっている。だからこの場を収めたことを確認したのちに隠匿した。
しかし、私の本来の目的は、まだ達していない。
「あの、煙慈……」
身を抱きながら俯いて、私は煙慈に体を向ける。
煙慈の顔は見えないが、聞こえてくるため息から、なんとなくの表情がうかがえた。
「公安が外で待機している。議員の引き渡しはそいつらに委託しろ」
それと。吐き出された煙が、鼻についた。
「スペクターから情報は聞き出しているな。緊急車両の申請は済んでいる、さっさとホエルの保護に向かえ」
「え?」顔を上げると、煙を纏わせながら遠くを見つめる煙慈がいた。
「いいん、ですか……?」
「いいもクソもねぇ。ゲシュタルト・シュレッダーの物的証拠は、そいつが握っているんだからな」
「だって、私……幻捜課のみなさんを無視して、ただのわがままでここに来たのに……」
「お前が今、やるべきことはなんだ?」
唐突な問いに思考が遅れていると、畳みかけるように煙慈は続けた。
「確かにこの街はあいまいだ。直感だのひらめきなんてものは当てにならない。だからこそ……はっきりしねぇことだらけの中で、お前のやるべきことだけは疑うな」
煙草を咥えたまま、こちらに手を伸ばそうとして、しかし自分が仮想体であることを思い出してその手が宙に浮くと、自然を装ってポケットに突っ込んだ。
「疑い続けて、その先に見える自分を信じろ。お前が幻影特捜課だって言うならな」
ぶっきらぼうな言葉を、暗がりのアクアリウムに取り残された私と議員において、煙慈はログアウトした。
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