第25話「作戦会議」

 僕は一度落ち着いて服をパンパンと払いながら、今から状況を立て直す方法を考えた。僕の体操服には、地面の土やイノシシの足跡が大量についており、その汚れはすぐには取れない汚ようだった。洗濯が大変そうだな、と僕は寮に帰ってからのことを憂いた。


「一度、作戦会議をしよう!みんな集まって!!」


 僕は大きな声で皆を一度招集した。チームリーダーのようなカッコイイことを言って仕切ろうとしているが、僕は四人の中で唯一子イノシシに既にボコボコされている、いわば四天王の中でも最弱な奴だった。だが、だからこそここから挽回して活躍していかないと、ただの情けない奴になってしまう、という焦りと不安が混じったような気持ちが強くあった。


「子供のイノシシ、こんなにいるって聞いてなかったやんね?ちょっと予想外だし、メイ先生も大事な部分を内緒にしててひどい……」


 皆が集まってくると、ミリンがそう最初に呟いた。ソウタとツグミさんがそれに頷きながら同調する。


「そうだね。ただ逆に言うと、子供のイノシシが勝手に一匹だけだと思い込んで、全部で何匹か確認しなかった僕達の考えが甘かったということでもあるよね」


 僕は思ったことをそのままみんなに伝えた。僕の強い言葉に、周りの空気が少しピリっとする。


「……そして、考えが甘かったのが、この結果だよ」


 僕は手で引っ張って、ボロボロになった体操服を強調する。一番考えが甘かったのはこの僕だ。みんなはそれを見て一瞬戸惑ったかと思うと、一斉に笑い出す。ピリッとした空気が緩和されて、和やかなムードになった。


「はははは、その通りだな!ミクジぃ。お前は俺が昨日食べたタピオカとかマリトッツォと同じくらいに甘い、まさに甘ちゃんだ!!」


 ソウタが鬼の首でも取ったかのように大きな声ではしゃぎだす。その通りだな、と僕は思うから何も言い返さない。ソウタはボディービルダーのような筋肉量なのに甘党だというこということについては気になったが、今は触れないでおこうと思った。


「ソウちゃん、言い過ぎ!子供のイノシシが相手だからって甘く見てたのはみんな一緒でしょ?」


 ツグミさんが僕を庇ってフォローしてくれる。その気持ちはすごく嬉しいのだが、ソウちゃんっていう呼び方がどうしても気になってモヤモヤとしてしまう。できることなら何でもするから、その呼び方だけはすぐさま辞めて欲しい、と心の中で思った。


「で、作戦会議って言ってたけど、ミクジは何かアイデアがあったりするの?」


 ソウタとツグミさんの会話が盛り上がってしまう前に、ミリンが話を進めてくれる。そうそう、作戦会議が本題だった。話を早く決めていかないと、いつ学校からイノシシ達が逃げだしてしまうか分からない。


「うん、まだアイデア段階だけどね。みんなは牧羊犬って知ってる?」


 ソウタとミリンは、ポカーンとしている。そして顔を見合わせた後、日本にそんな都道府県あったっけ、とか、北斗の拳と言い間違えたんじゃないか、とか、ひそひそ話で二人で話し出した。この二人は、思考レベルが一緒なようだ。


「……牧羊犬って、飼い主の指示に従って、牧場とかで羊を追い回す犬のことよね?日本ではあんまり見ないけれども、海外では今も現役でそういう犬がいるみたいよ」


 ひそひそ話をする二人のことは気にも留めずに、ツグミさんが分かりやすく解説をしてくれた。流石ツグミさん、何でも知っているな、と僕は感心した。(僕はたまたま見たテレビ番組で牧羊犬のことを知っていただけだった。)ソウタとミリンはそれを聞いて、なるほどう、と素直に納得したようだった。


「そう。みんなでこの牧羊犬の仕組みを使って、大勢の子どもイノシシ達を一ヵ所に集めようっていう作戦。この数のイノシシを一人一人が別々に追いかけて捕まえるっていうのは中々大変だし、場合によっては必死になりすぎてイノシシに怪我をさせてしまう可能性もあると思うんだ。だから四人でちゃんと役割分担をして、安全にこの子達を捕まえようっていう訳」


 いいアイデアだね!と魔法少女二人が声を揃える。ソウタは無言で少し不満そうな顔をしているが、何か具体的な意見があるという訳ではないようだった。


「じゃあ、とっとと役割分担しようよ!何の役が必要な訳?」


 ミリンが急かすように僕に作戦の詳細を聞いてくる。僕は近くにあった木の棒を拾って、地面にシンプルな図を描きながら説明をしていく。他の三人は顔を近づけて、僕の図を真剣な眼差しで眺める。


「まず、イノシシ達を追いかけて集めてくる役。次に、集めてきたイノシシ達を捕まえる役。最後に、この学校にある2ヵ所の校門で待機して、イノシシ達が逃げないか監視する役、くらいかな」


「そっか、確かに校門からイノシシ達が逃げないようにもしなきゃだめだよね。早くしないと今この瞬間にも逃げられてるかも……」


 ミリンは僕の作戦を聞いて焦り出す。僕自身も、この話をしながら内心ではものすごく焦っていた。ただ、焦って話してもみんなに作戦を理解してもらわないとどうしようもない。もし既に逃げたイノシシがいるのなら、後でまた新たな作戦を考えたらいい。


「それは大丈夫。私が先生の話を聞いてからすぐに、バウとババウの二匹に門番のお仕事をお願いしているわ。先生に話を聞いた段階では、まだ校内に全てのイノシシがいるという話だったから、まだ1匹たりともイノシシはこの学校からは逃げていないはず」


 少し焦り始めていた僕達に、ツグミさんが落ち着いてそう伝える。僕達はそのツグミさんの周到さに感動すら覚えた。流石優等生、というか、学生のレベルではない判断能力だ。それに彼女は、イノシシが一匹だけじゃない、という可能性まで話を聞いた時点ですぐに分かっていたのか。メイ先生が最初にツグミさんに声を掛けた理由がよく分かる。


「……じゃあ、捕まえる役と追いかける役の二手に別れて、さっさとイノシシ達を捕まえてしまおう!チーム分けは……」


 話し合いの結果、女性チームが集まってきた子供のイノシシを捕まえる役を、男性チームが子供のイノシシを追いかけて集めてくる役をすることになった。僕とソウタにとって、このチーム分けは考えられる組み合わせの中で最悪なものだった。だが、会話の流れというのは恐ろしいもので、ものすごく自然に、スムーズに、なぜかこう決まってしまったのだった。


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