第24話「害獣の捕獲」

「ツグミさんと二人での仕事って聞いてたのに、なんでお前がいるんだ?ミクジくんよぉ」


 仕方がないだろ、色々あったんだよ、と僕は言う。攻撃的なソウタの態度に、今時、田舎のヤンキーみたいな喋り方をするな、モテないぞ、と僕は言いたかったが流石に辞めた。もし喧嘩にでもなったら、ソウタのこのピチピチの筋力に僕が敵うわけがなかった。体操服を着た魔法使い二人と魔法少女二人は、今朝突然現れたという子供のイノシシを探すために放課後の学校の校庭を歩き回っていた。メイ先生は、仕事が忙しく、上手くいったりヤバくなったりしたら後で職員室に報告にだけ来てと言っていた。


「ソウタ君とミクジって接点あったんやね。水と油と言うか、陽と陰というか、まったく繋がりなさそうだと思ってた!クラスで喋ってるところも見たことないし」


 僕とソウタの険悪そうなムードを無視して、呑気にミリンがそう言う。陽キャと陰キャ、と直接的に言わないのはミリンなりの優しさなのだろうが、結果的に意味が伝わってしまう言い回しをするのであればそんな中途半端な優しさはいらない、と思った。そして、どう考えても僕は陽キャではなく陰キャの方だ、というところまですぐに推測できて、ひどく空しいような気持になった。おそらく、ミリンの様子から悪意がないことは分かるが、かえってそれが傷つくのであった。


「まあ、この前ちょっとだけ話した程度さ。仲がいいって訳ではないな」


 ソウタはミリンにそう言った。僕も頷いてそれに同意した。


「……」


 くだらない話をしている僕達三人を尻目に、ツグミさんは黙々とイノシシを探しているようだった。流石真面目な優等生、という感じだった。というよりは、僕達の会話のレベルに嫌気がさしているのかもしれない。もしくは、今朝のミリンのように、昨日の僕のメッセージが何か癪に触って、今も僕に嫌悪感を持って喋りたくない状態になってしまったのかもしれない……。


(昨日送ったメッセージの返事、気になるけど、今催促しても仕方がないよな)


 僕はそう思って、昨日のメッセージのことは今はツグミさんに聞かないことにした。まずは目の前の仕事をちゃんと終わらせよう。そして、その後に花火大会の約束をしっかりと決めてしまおう。


「……これ、子供のイノシシの足跡じゃない?」


 沈黙を貫いていたツグミさんが、ついに声を出した。ツグミさんが指差した場所を見てみると、確かに小さな動物の足跡らしきものが、校庭の隅っこの方にある草むらの中へと続いていた。


「あ!流石ツグミさんです!これはイノシシの足跡で間違いないですね!!」


 さっきまで田舎のヤンキーみたいな喋り方をしていたソウタが、アニメの雑魚キャラみたいな喋り方でツグミさんを褒めたたえる。好きな人への態度が分かりやすすぎるが、それじゃあ変に媚びを売っているみたいにしか思われないだろう。ソウタは僕以上に恋愛経験が少ないのかもしれない。


「ありがとう、ソウちゃん!ミクジ君とミリンちゃんはどう思う……?」


 ソウ、ちゃん?今ツグミさんがソウタのことをソウちゃんって呼んだのか??僕は自分の耳を信じることができなかった。僕はいまだにミクジ君としか呼んでもらえていないのに。


(もしかして、もう二人は付き合っちゃってる……?ソウタはツグミさんへの告白に成功したのか……?流石にそんなことはないよな?)


 色々と頭の中で考えてみたが、もし二人が付き合っているのだとしたら、ソウタがツグミさんに変な敬語を使っているのは変だ。おそらくまだ付き合ったりはしていないはずだろう。魔法少女であるツグミさんがそう簡単に魔法使いからの告白にOKを出すとも思えない。ただ、だからといって安心はできないのも事実だ。ソウタとツグミさんの関係性が一定以上までは進展しているということは確かだから、このままだと僕はソウタとの勝負に負けてしまう。僕は背筋をピンと伸ばした。


「イノシシかどうかは怪しいけど、確かに何かしらの動物の最近の足跡っぽいね。もしかしたら今も草むらの中に隠れているのかもしれない」


 僕は冷静にツグミさんにそう伝えた。新しい情報は何一つ口にしていないのだが、声のトーンを少し下げて、ちょっとはできる奴っぽいところをアピールしたつもりだった。


「……今、イノシシみたいなのが草むらの中に見えた!」


 ミリンがそう言ったかと思うと、小さなイノシシが草むらを飛び出して僕達の頭の上を飛び越していった。


「逃げたぞ!!追いかけろ!!!」


 ソウタは咄嗟にイノシシの逃げたほうに向かって走り出し、大きな声で僕達三人に呼び掛ける。僕とミリンは慌ててソウタに続こうと振り返って駆け出す。


「待って、草むらの中にまだ何かいるみたい……!」


 ツグミさんはまだ草むらの方をじっと眺めながら、冷静にそう言った。何かって、子供のイノシシの他にも動物が隠れていたりするのか?それか、もしかして魔物……?!最近は日本で魔物を見かけたなんて話はめっぽう聞かないが、まさか……!


 ツグミさんは持っていたステッキを軽く草むらの方を向けて動かすと、風が起こり、中から黒い影が飛び出してきた。そう、それは他の動物でも魔物でもなく、ただもう一匹の子供のイノシシだった。


「なんだ、子供のイノシシは二匹いたってわけね」


 僕が二匹目のイノシシを見て、そう言いかけた瞬間、足に強い衝動が走り、世界の空と地面がゆっくりとひっくり返った。僕は固い地面に全身をぶつけ、激しい痛みで我を忘れそうになる。そのうえ、倒れた僕の体や顔の上に何かが走り回り、どこもかしこも痛い、どころの騒ぎではない。僕は本場のうどん屋でおじさん達に踏みつけられ続ける、うどん粉のような気持になっていた。


「子供のイノシシは、ざっと数えて二十匹近くはいるようね」


 痛みを必死に我慢しながら空を見上げていると、どこかから、ツグミさんの声が聞こえた。と思ったら、僕は腕を引っ張られ、ゆっくりと体を起こされた。どうやらツグミさんが、子供のイノシシに突進で倒され、ボコボコにされた僕を助けてくれたようだった。起き上がるとソウタとミリンはすこし遠くで腕を組んで、僕の方を睨めつけるように見ていた。


「……ありがと、助けてくれて」


 僕は痛みで再び倒れそうになりながらも、ツグミさんにお礼を伝えた。


「いえいえ。花火大会の件もまだ詳しく話してないし、ここで倒れてもらっちゃ困るからね」


 ツグミさんは、顔を近づけたかと思うとひそひそ声で僕の耳元にそう囁いた。僕は、耳が自然と赤くなってしまう。腕を引っ張って助けてくれたことも含めて、ドキッとしてしまった。そして彼女はちゃんと花火大会のことを覚えていたようだと分かり、昨日からのモヤモヤが少し晴れた気持ちになった。


「何してるの二人とも!はやくイノシシ捕まえなくちゃ!!逃げられるよ!!」


 ミリンが僕達の方を見て大きな声で呼びかける。そうか、このイノシシたちを全員僕達で捕まえないといけないのか。それも無傷のままで……。


(確かに、子供のイノシシが何匹いるかなんて聞いていなかった。僕達は大きな誤解をしていたようだ……)


 確かに子供のイノシシとは言え二十匹もいる動き回る小さな動物たちを無傷で捕まえるとなると、なかなか難易度が高い仕事だろう。学校の外に逃げ出してしまう可能性も無くはない。そして僕は既にボロボロになっており、みんなの足手まといになってしまわないか不安も感じていた。


(二十匹もいるなら最初に教えといてよ……!メイ先生!!)


 僕はそうとも思ったが、細かいことまでは教えずに、ぶっつけ本番で学んでもらうというのがメイ先生の教育方針なのだろう、と頭の隅っこの方では理解していた。レンを救う方法について教えてもらった時もおんなじで、僕はヒントしかもらっていない。あとは自分で試行錯誤して、答えを見つけ出すしかないんだ。


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