第23話「メイ先生からの提案」

「……!」


 メイ先生を目の前にして、僕達は何の言葉を放つことも、ああだこうだと咄嗟に言い訳を並べることもしなかった。これは、反省をして遅刻したことや廊下を走り回っていたことを正直に謝ろうという気持ちが僕達にあったから、というのも理由の一つではあるが、それは一番の理由ではない。何も言葉を発しなかった一番の理由はそのメイ先生の悪魔のような迫力に圧倒されていたからだ。


「あなた達、私が前にホームルームで言ったことをちゃんと覚えていますか?」


 メイ先生は、いつものホームルームとは違う、やけに丁寧で畏まった言葉づかいで優しく僕達に話しかける。その綺麗な言葉と和やかな表情からは感情が読み取れず、かえって恐怖心を煽られる。ヤバイ、これは本気で怒っているときのメイ先生だ、とすぐに分かった。直立していたミリンは、何も言わずにすっと足を折りたたみ正座をした。僕はそれを見て、倒れた際の体の痛みを抑えながらも、すぐさま続いて正座をした。そして、背中にハンガーを突き刺したかのようにピンと背筋を伸ばした。


「もちろん、覚えています。成績をクラス一丸で上げていきましょうというお話をしていました。」


 ミリンは声が震えて泣きそうになりながら、そう言った。僕もミリンに続いて、本当にすみませんでしたと言い頭を下げる。謝ると同時にこんなことになるなら、今日は二人とも学校を休むべきだった、とミリンの隣で頭を下げながら思っていた。


「二人とも、ちゃんと覚えていたのですね。でも、あなた達は授業にも出ずに、廊下を走り回って騒音を学校中に響き渡らせた……」


 メイ先生は静かにそう言うと、ゆっくりとしゃがみ込み、僕たち二人の顔を舐めまわすかのようにじろじろと眺める。僕たち二人は、何歳も年の離れた先生の厳しい視線に耐え切れず、すみませんでしたと謝罪の言葉を何度も口にする。メイ先生は、僕達が本心から反省しているかどうかを確かめているかのように、二人それぞれに顔を近づけ何秒間もの間目をまっすぐと見つめた後、ニヤッと笑う。


「まぁ、二人ともまだまだお子ちゃまだから、そんなこともあるわよね。私は別に怒ってないわ」


 その言葉を聞いて、僕たち二人は肩に入っていた力が抜ける。そういえば、今朝は全く眠れないまま学校に来ていたということを思い出し、どっと疲れが体中にのしかかる。今まで正座を続けていた足もそろそろ限界で、ピリピリと痺れだす。


「でも、怒ったりしない代わりとして、少し提案があるの。実はね、二人に手伝ってほしいことがあるのよ」


 いきなりのメイ先生からの提案に僕達はぽかーんとしていた。足はピリピリとしているのに、頭はぽかーんとしている不思議な感覚だった。


「手伝い……ってどんなことですか?」


 僕はメイ先生に尋ねた。メイ先生は、まず先に足を崩していいよ、と言ってくれた。僕達は足を崩してしばらく座り込んだ後、ゆっくりと立ち上がった。そして、メイ先生は話を続ける。


「今日、珍しく害獣が学校の校庭に現れたらしいの。それで、他の先生達との相談の結果、私のクラスでその害獣を捕まえることになったのよ。魔法の練習もかねてね。」


……害獣を捕まえる。そんなの今までやったことがないし、僕達に手伝えることなどあるのだろうか。捕まえる過程でケガをしてしまったり、殺されて食べられてしまったりしてしまわないだろうか。僕は心底不安になる。


「害獣ですか……?それはどんな恐ろしいヤツなんでしょうか?」


 メイ先生は、よくぞ聞いてくれました、とでも言いたげな顔をした。


「イノシシよ。しかも子供の。ただ、このまま放置していると危ないし、学校の衛生的にも良くないわ」


 子供のイノシシ。僕はその言葉を聞いて、安心して嬉しい感情と、期待外れでガッカリしてしまった感情の二つが入り混じった。まあ、魔獣も出なくなってきた近年の日本で、出てくる現実的な害獣なんてイノシシか猿くらいだろう。強い害獣が出たとしても、所詮大きな熊、ぐらいだろうか。


「子供のイノシシですか……。だから、クラスでも成績の悪い私達でちょうどいい、って感じですか?」


 ミリンがメイ先生に尋ねる。確かに、害獣と言っても子供のイノシシを捕まえるくらいだったら僕達にできそうだし、ちょうど良さそうだ。この程度の仕事にクラスの成績優秀な人たちを巻き込む必要もないだろう。


「いいや、子供のイノシシを甘く見ちゃいけないわよ。そして今回の仕事は、そいつを駆除することじゃなくて、ケガをさせずに保護することなのよ。ちゃんと考えて魔法を使わないと、その子を殺しちゃったり、逃がしてしまったりしちゃうわ。そしたら問題が大きくなって、あなた達や私が警察から長時間取り調べを受けたりすることになるわよ」


 確かに、子供のイノシシだからといって、ケガをさせずに捕まえるのは簡単ではなさそうだ。下手に魔法を使えばどうにかなる、というものでもないし、事実僕はさっきまでミリンを追いかけて止まらせることすらできなかった。


「そんなリスクがあるなら、最初から警察なり業者なりを呼べばいいんじゃ……?」


 僕はメイ先生にそう尋ねる。その子供のイノシシを捕まえる難易度が高いのであれば、学校の生徒たちではなく、ちゃんとした人たちが慎重に取り組むべき仕事ではないのだろうか。僕達はまだあくまで学生だ。


「警察は問題が起こったら助けてくれるけれど、問題が起こる前に動いてくれることはそうそうないの。そして業者に頼むのは凄くお金がかかるの」


 メイ先生はそう言って大きなため息をつくと、呆れた顔で話を続ける。


「……ここがどこだか分かっている?公立の魔法学校よ?お金なんてないに決まってるじゃない。それに今の段階で警察を呼んでも、ネットニュースで税金の無駄と叩かれるだけよ。だからどっちの案も却下」


 僕の意見はすぐに却下されてしまった。たしかに、警察を呼ぶとか、業者を呼ぶとか、それくらいの発想は既に先生たちの中にはあっただろう。僕は、それができない理由まではちゃんと考えていなかった。


「なるほど……分かりました。ただ、そんな仕事を僕たち二人でちゃんとできるのかは正直不安です。ちゃんとした魔法の実戦経験も今まで無いですし……」


 今度は、よくぞ言ってくれました、という顔をメイ先生はした。僕の考えはメイ先生に全て筒抜けであるみたいだった。レベルの低い学生だと思われていそうで、なんとなく恥ずかしくなる。


「あははははは、それは私も同じ。あなた達二人だけに任せるのは正直不安よ。だから、元々は他の二人にお願いしていたの。今回はその二人と協力して、四人で害獣を捕まえて欲しいのよね。」


 メイ先生にひどく笑われて、なんだかモヤモヤする。なんだ、元々は他の二人にお願いしていたのか。あくまで僕達は、おまけ、みたいな感じなんだな。僕はまた、少し安心した一方でがっかりもしてしまった。まあ、ひとまずはメイ先生に怒られなくて良くなっただけで十分だろう。


「元々頼んでいた二人って、一体誰ですか……?」


 ミリンがメイ先生に尋ねる。確かに、その二人が誰かは気になる。あまり仲の良くないクラスメイトでなければ良いのだけれど……。僕はコミュニケーション能力に自信がないのだ。いきなりあんまり知らない人たちでグループワークみたいなことをするのは苦手だ。


「ツグミさんとソウタ君。君たちは仲良かったっけ?」


「ツグミさんと、ソウタ君?!な、なんでその二人なんですか?あんまり見ない組み合わせと言うか……」


 まさかの二人の名前がメイ先生の口から出てきて、僕は驚きを隠せずにいた。横を見ると、ミリンも驚いたような顔をしている。僕たち二人は今、おそらく同じようなことを思っているのだろう。ツグミさんの名前にもびっくりしたが、ソウタの名前が出てきたことの方がよりびっくりだった。先生がツグミさんに仕事を頼むのはまだ分かるが、ソウタはあんまりこういう仕事を先生から頼まれるようなキャラではないと僕は思い込んでいた。


「二人とも、うちのクラスではトップクラスで魔法が得意だからね。最初はツグミさんだけに声を掛けてたんだけど、たまたまそこにいたソウタ君が『僕も手伝いたいです!』って熱心で。ただ、二人は真面目過ぎたりちょっと頭が固い部分もあるから、二人だけじゃ心配だったのよね。そこで偶然にも走り回っている君たちを見かけて、ちょうどいい人材が居たわ、と思ったの」


 要するに、抱き合わせセットにまとめられた、という話であるようだった。最初はツグミさんだけに頼むつもりだったが、ソウタが仲間入りし、僕とミリンも一緒になることになったと。正直、ツグミさんが一人でやった方がスムーズに害獣の保護ができるんじゃないかとも思ったが、先生的にはクラスの実習的な意味合いも含まれているのだろう。以前ホームルームでも言っていたように、先生は受け持っているクラスの成績を上げて、自分自身の給料も上げたいのだ。クラスの平均点を上げるなら、既に成績の良く伸びしろの少ない人達に頑張ってもらうことよりも、成績の悪い僕達みたいな人たちのボトムアップをすることの方が重要だ。


「まあ、私はあなた達にも期待しているのよ。どうする?私の提案を受け入れてくれる?提案が嫌なら、代わりに私から愛の詰まったお説教コースでもいいけれども」


 ツグミさんとは、昨日のメッセージのやり取り以降未だ返信が無くてなんだか気まずい感じがする。ソウタとは、昨日あんな話をして喧嘩をしたのと同じようなもんだ。ミリンはまあいいとしても、なかなかどうしてカオスなメンバーだった。僕はこの提案を受けてもいいのか躊躇した。だが僕達二人に、メイ先生からの提案を断るという選択肢は無いように思えた。


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