第26話「VS子供イノシシ」
僕とソウタは小走りで駆けながら、校庭にあるイノシシの隠れて良そうな場所をしらみつぶしに確認していく。
「なにが楽しくてお前と一緒にイノシシなんかを追いかけなきゃいけないんだよ……」
ソウタが分かりやすく愚痴をこぼす。女性たちの前では何とか機嫌を保っていたソウタだったが、僕と二人きりになった瞬間に明らかにテンションが下がっていた。一方的に文句を言われて僕も何か言い返したくはなるが、僕自身は元々ソウタが嫌いなわけでも、仲が悪くなりたいわけではないよな、と心を落ち着けて言葉を考える。
「捕まえるのはツグミさんとミリンの方が得意っぽかったから、仕方ないよ。追いかける側は魔法の使い様もないし、地道に長時間走っていく必要があるから、体力があるであろう男子の方がいい、っていうのもあるし。まあ、さっさとイノシシを集めてしまえばいいだけの話だから、一緒に頑張ろう?」
「ちぇっ。まあツグミさんに良いところ見せるためだと思って頑張るか……」
ソウタはそう言って軽く伸びをすると、体操服の両袖を脇が見えそうなところまでまくった。茶色く照った筋肉がさらに露出し、彼がやる気を出してくれたことが視覚的にも伝わった。何度見ても、ソウタの筋肉は僕のそれとはレベルが違っていて敵わないなと思ってしまう。危ないやつに嫌われてしまったのだな、と自分の運の無さを呪いたくなる。
「……ツグミさんとはどういう関係なの?さっきソウちゃんって呼ばれてたけど」
会話の流れで、さっきからずっと気になっていたことをついに本人に聞いてしまった。ソウタは不機嫌になる質問かもしれないが、僕は元々嫌われているのだろうから気にし過ぎる必要はないだろう。ソウタがツグミさんのことを好きだということは知っているが、現状二人がどういう関係なのかはよく分かっていない。ツグミさんからソウちゃんと呼ばれているということは一定以上の関係性があるのだろうが、外野から見ているだけでは二人が仲が良いのかどうかすらもいまいちよく分からない。
「……俺たちは、幼馴染なんだよ」
意外にも、ソウタは素直に僕の質問に答えてくれた。二人が幼馴染だとは思ってもいなかったので、僕は感嘆符を全身で表現したかのように分かりやすく驚いた。確かにそれであれば、ツグミさんがソウタのことをソウちゃんと呼ぶのも納得できる。ただ、二人が幼馴染であるのであれば、ソウタがツグミさんに対して変に敬語や丁寧な言葉を使うことが、より大きな違和感として疑問に残る。
「!……え、そうなんだ。……二人の仲は良いの?」
僕はまたそのままの勢いで質問を続ける。何かしら今後の役に立つ情報が手に入るかもしれない、と少し期待していた。
「……まあ、多少はな。それはともかく、多分あそこにイノシシがいるぞ。もしかしたら風かも知らんが、さっきちょっと動いていた。」
ソウタは簡潔に質問に答えると、すこし遠く離れた場所にある草むらに指をさした。多少、という言い回しになんとなく引っかかったが、今はこれ以上詳しい話を聞き出すことが難しそうだった。僕達二人はそのイノシシがいるかもしれない草むらに走って向かう。
――ピョンッ
草むらから可愛い子供のイノシシが一匹だけ飛び出してくる。ソウタの予想通りだった。
「すごい、予想的中だ……。ここにイノシシが居るなんて、僕は全然気づかなかったよ……。」
「ははは、まあ俺は、ちょっとした変化に気づいたりするのが結構得意だったりするんだよ。あと勘も結構いいし。ただ、魔力とかを使っているわけじゃないから、いちいち走りながら目視で確認しないといけないのが難点だけど。」
ソウタはそう言って少し照れくさそうに笑う。最初はどうなることかと思っていたが、なんだかんだで早速一匹だけだがイノシシを見つけ出すことができた。僕達は二人でうまくそのイノシシを囲い込んで誘導するようにしながら走っていき、次の隠れ場所を探していく。
「よしよし!一匹ゲットしたし、今のところ上手くいっているね!」
僕はそう言って、ひたすらイノシシを追いかけてマラソンのように走り続けている自分達を鼓舞する。女性チームにバトンタッチしてイノシシ達を捕まえてもらうためには、僕やソウタのやる気が落ちてしまう前に全てのイノシシを追いかけて集めていく必要がある。
「……うーん、まだ見つけたの一匹だけだし、地味だな、このやり方。コレをあと数十回も繰り返さなきゃいけないのか?」
ソウタがボソッと呟く。僕も今、正直全く同じことを思っていたが、士気が下がるのが分かっていたから言わないようにしていた。ただ、やはりこのままだとすごく効率が悪い、と言うのは分かっている。
「うん……。でも確かにこのままだと、明日の朝になっちゃいそうなペースだよね。」
「明日の朝までに終わればまだ良いんだけどな。正直、一匹追いかけてるだけでもかなり集中力を持ってかれて他のを探す余裕があんまりない。多分、追いかける数が増えてくほど時間がかかっていくぞ」
「確かに……。僕も今でさえあんまり周りを見る余裕はないかもしれない……」
「やっぱなんか、魔法とかでどうにかできないのか?やり方はちゃんと考えないといけねえけどさあ」
ソウタが眉尻を下げた困った顔をして僕に聞いてくる。
「イノシシを追いかける魔法……。ソウタ君はそんな都合のいい魔法使えたりしないよね?」
半分冗談で、でも半分本気で僕はソウタに尋ねる。元々は、しっかり地面を走ってイノシシを追いかける計画だったが、流石に今のやり方だと何時間もツグミさんとミリンを待たせ続けることになるし、僕達の体力もやる気もいつまで続くか分からない。イノシシをケガさせずに、効率良く捕まえる、そんな都合のいい魔法の使い方が何かないかと僕は頭の中で様々な仮説を立て始めるが、僕だけの力では難しそうだった。
「空を飛ぶ、火を起こす、風を起こす、雨を降らせる、物を凍らせる。……ダメだ、俺が今使えそうな魔法は何の役にも立たなそうだわ。精霊でも出せるようになってたら違ってたんだろうけどな」
魔法で精霊を扱えるのはおそらくクラスでツグミさんくらいだろうし、そのツグミさんも既に犬二匹を出しているから、これ以上数を増やすことは難しいだろう。それ以外の方法は、校庭にいる数十匹の子供イノシシを捕まえるのにはあまり向いていなさそうなものばかりだ。
――魔法は便利なようで、意外と便利ではない。出来ることは限られているし、危険を伴うものも多い。日本で魔法が衰退し、代わりに化学が発展していったのも、魔法という技術の不便さに限界を感じた人達が多かったからだ。ただ、魔法にだっていいところはたくさんある。工夫をすれば、今のこの状況だってどうにかできるはずだ。自分の可能性を広げるために、僕達は魔法学校で魔法を学び続けているのだ。
「……一つだけ、作戦を思いついたかもしれない。ただ、僕とソウタ君が今以上にちゃんと連携しないと、きっとうまくいかない作戦だ」
僕は悩みながらも、次の作戦を思いついたことを伝えた。
「……なんだよ、それ。あんまり気が進まないなぁ」
ソウタは口を尖らせてそう言ってくる。僕も、ソウタならそう言ってくるだろうと予想はしていた。このままだと、無理にその作戦を実行しようとしても、きっとチームプレイが上手くできず、失敗してしまうだろう。僕はどうやってソウタに納得してもらえばいいのか考えてみるが、いいアイデアは全く思いつかない。
――僕が会話の続け方に困っていると、突然隣で走っていたソウタが僕の肩に腕を回し、肩を組んでくる。僕は驚いてソウタの顔を見ると、ニンマリと笑って僕にこう言った。
「……最初にこの牧羊犬の作戦を聞いた時、俺はお前って意外と賢いんだなって関心したんだよ。だからまぁ、ツグミさんにカッコいいところが見せられるんなら、お前の作戦ってやつに乗ってやるよ」
お世辞かもしれないが、ソウタが僕の作戦を褒めてくれるなんて思ってもいなかった。そういえば、最初にソウタと話した時も、『俺はお前の仲間だ!』なんて言って、僕の考え方を少なからず理解してくれたんだっけ。ツグミさんの話になってからややこしい関係になってしまったが、元々は結構いい奴だったな、と思い出したりした。
「ソウタ君……。ありがとう。じゃあ、僕の作戦を説明するね……!」
僕はソウタの大きな肩に腕を伸ばし、がっちりと肩を組んだ。それぞれ体の大きさが全然違っていてアンバランスな感じもしたが、不思議と安心した。
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