03



 地下牢での監禁から解放され、やっと日の光が溢れる邸内に出られるようになったものの、父が使っていた執務室を与えられてから、私はこの部屋から出た事は一度もない。

 執務室の続き部屋が簡易的な私室になっていて、まぁ水浴びが出来るくらいの浴室もあったから、地下に居た頃と比べればマシだ……と、思ってしまったことが私の敗因だろう。いや思いっきり監禁されているのだけど。


(そして早々に婚約破棄を突き付けられたわね)


 部屋に押し込められ身綺麗にした直後、着飾った女性と、一人の青年がやって来た。


『プリュフォール、君には失望したよ。君の事を案じている姉に対して非道なことばかりして、何が面白いの? それに、僕に対しても酷すぎる。婚約してからも僕に会おうともせず、他の男を連れ込んで逢い引きするだなんて……そんな醜悪な女は僕に相応しくない。君とは婚約破棄だ。代わりに、この心優しい姉君と婚約する』


 何が何やらとはこの状況なんだろうな、と、他人事のように思っていたのは記憶に新しい。

 私は自分が婚約していた事とも知らなかったし、そもそも一緒に来た女性が姉だと知ったのもその時だった。


(何も知ろうともしなかったくせに)


今だからこそ思う。

婚約者ならまず調べろよ、と。


 要は、そういう事だったのだろう。会いに来ても会えない日が続けば、この部屋に乗り込んで来る事も可能だった。だって婚約者なのだから。

 でも、彼はしなかった。はじめから姉に惹かれていて、私の事はどうでも良かったから。


 こうして、私の一度目の婚約は駄目になった。そして二度目の婚約も同じ。

 おかしいな、ずっとこの部屋にいるだけなのに……


(次は後継者の乗っ取りかしら?)


 姉か妹か。どちらか不明だけれど、婚約者を得た今、次に狙うのは後継者の椅子だろう。私亡き後、後継者は姉か妹にする、みたいな遺言と申請書をねつ造しておき、私に毒でも盛って殺せば、母の願いが叶う。祖父母が選んだ相手の血を残さない為の復讐劇が、見事に達成される。


冗談じゃない。

父が守ろうとしたモノを、みすみす奪われてなるものか。


「残念だけど――貴女たちが作り上げた、助けを求められないか弱い人形令嬢は、もういないのよ」


 私は父の日記を再び棚板の裏側に仕舞って、とある場所に手紙を出すために便箋にペンを走らせた。

 この手紙は相手に届かないといけない。きっと母や、彼女に買われた若い執事は、絶対に内容を確認するだろう。だから不審に思われない相手と言葉を選んで書かなくてはならない。

 けれど、問題ない。これくらいなら、世間話では普通の内容なのだから。


「……出来た」


 インクを乾かして、封筒に入れる。封はせずに例の年若い執事に渡した。怪訝そうな顔をして中身を確認する様に嗤いそうになるから、我慢するのが厳しい。


(父を裏切った使用人たちも許さない)


 父の死因は不明だ。報告書には心労と書かれていたけれど、亡くなる数日前に届いた手紙にはそんな雰囲気は全く感じられなかった。

 遺体を確認したかったけれど、プリーズィング家には亡くなったので火葬した、と事後報告しか来なかったため、出来なかった。

 国が関わる婚姻なのに、何とも身勝手で、非常に怪しい動き。プロスペレの国王も、抗議文を送ってくれた。こちらの王は、お粗末な事に報せが届いていなかった事を知らなかったようで、非常に驚いていたけれど。


 何処の国でも、亡くなればまず死亡届けを提出すようになっているもの。他国出身の者であれば国に報せが届き、遺族の承認を得てから葬儀を行う。それをせずに火葬したのであれば、処罰対象だ。

 母たちは、周囲の目を欺きながら父を燃やした。それにはこの家の使用人だって絡んでいる。母たちだけでは無理だから。

 それに、彼らは当主である私が虐待されていても、助けようともしなかった。大事な跡継ぎなら、少なくとも隠れて助けを呼ぶ事も出来た筈。だというのに、しなかった。それは使用人たちの忠誠が私ではなく別だということ。随分馬鹿にしてくれたものだ。


「それ、必ず届けてね――貴方の財布のためにも、ね?」


 執事は目を剥いてギョッとした表情を浮かべた後、一つ舌打ちをして、面倒くさそうに部屋から出ていった。

 今までなら、きっとそのまま捨てられていた筈だ。けれど、今回はちゃんと送るだろう。


(だって、彼にはお金が必要なんだもの)


 私の名前を使って遊びまくっていたのに、彼はそれでも多額の借金を抱え込んでいるらしい。母と寝る事でお金を貰い返済に充てているみたいだけれど、間に合ってないのだろう。それに加えて、私の名を使って遊ぶことも出来なくなる。そうすれば、彼は裏の社会で更にお金を借りるようになり、負債を抱える一方になるだろう。つまり今解雇されると困るのは向こうなのだ……私が気付いていないとでも勘違いしているのなら、なんというお花畑な頭だ。いつまでも好き勝手出来ると思わない事ね。


(あの人であれば王妃陛下にも会えるでしょう……大丈夫、きっと気付いてくれるはず)


だから私は、来るその時のために準備しなければならない。


「始めますかっ」


私は使用人の雇用契約書等を引っ張り出して、母たちとの繋がりを調べ始めた。


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