02
私の産みの母は仕事が出来ない人だった。
一人っ子であったため、本来は後継者として様々なものを学ぶ身であったにも関わらず、まず勉強が嫌いだった。それを後押しするように『女が勉強なんて!!』という古の価値観を持った祖母が、家業を学ぶ事を許さなかった。
様々な要因が重なった結果、兎に角仕事が出来ない後継者が爆誕した。
このままではカース家が滅ぶ。
そんな伯爵家の危機を救うべく、カース伯爵――私の祖父が目をつけたのが、父・シャルルだった。
父は三男だったけれど、家を継いでも問題ないくらいには仕事が出来る人だったという。実際、プロスペレの親戚の方では、父を侯爵の跡継ぎに、という声も出た事もあったらしい。
だが父本人は、次男である兄と一緒に長男を後押ししていたため、プリーズィング家の跡継ぎは長男となった。つまり私が世話になっていた伯父・グレイである。
尚、次男坊でありもう一人の伯父・ライドは、各国を転々としつつ、家業の絹織物を他国に売ったり、逆に珍しい布地を送ってくれる。要はプリーズィング家の営業部門を担って、これまた国外を巡りたかった奥方・アンネマリー伯母様と一緒に世界を飛び回っている。だからあまり会う事もないけれど、会えば可愛がってくれるので、ライド伯父様もアンネマリー伯母様も大好きだ。
話が逸れたけれど、このカース伯爵家の家業も織物だ。その共通点を見つけた祖父が、わざわざ他国の侯爵家に頭を下げに行って何度も申し込み、その熱意に父も折れて婚姻する事となった。
尚、折れたと言ったけれど、父はちゃんと母を愛そうとしたらしい。
そんな父を恨みに恨み、振り向かないどころか手に掛けた母が、全てを知った今の私には、何だ別の生き物のように見えて仕方なかった。
そう、母は父を恨んでいた。それも年月が掛かっても必ず報復を成し遂げようとするくらいには、恨み辛みを募らせていた。訳がわからない。
母に恋人がいた、とかではない。そもそも母には周囲にあまり人がいなかったらしい。好きこのんで独りでいるなら良いのだけれど、母はそうではなかったという。性格の悪さが滲み出過ぎていたせいで、友人を作れなかったのである。話しの出所は、サフィシェントに留学していた経験のある、ライド伯父様だ。
何の取り柄のない母が唯一自慢出来て、且つ安穏出来たのが、伯爵家の後継者という地位だった。
貴族というのは身分が物をいう。どんなに嫌われていようとも、地位があれば表立って何か云われる事もなければ、完全に孤立する事もない。母にとって、それが彼女を護る剣だった。
だが祖父が選んだのは、他人であり婿となる父だった。
後継者としての婿にと選んだ相手なのだから、当然と言えばそうだし、母にも顔合わせより前から散々言い聞かせて来たのだという。
しかし、母は聞いていなかった。そして婚姻して改めて説明された場で認識して、怒り狂ったのである。
実の父親が、娘ではなく婿を後継者とした。それは母にとって屈辱以外の何物でもなかった。祖母も反対していなかったのも、母からすれば裏切りでしかなかったのかもしれない。
母の心は荒み、周囲を恨み、そして復讐を決意した。
妹が生まれて少し経った頃、祖父と祖母が、馬車の暴走に巻き込まれて亡くなった。
当時は事故だと判断されたが、父は己が亡くなる直前まで調べ続けていたらしい──私の部屋となった執務室の本棚の、棚板の裏に隠された日記に、全て記されていた。
「娘二人に自分の血がなかったら、そりゃあ疑うわよね」
母は本当に復讐を目論んでいるらしい。
この家に父の血を残さない為に、外で子種を貰い孕んで産まれたのが、姉と妹だった。
父は自分と全く似ていない娘二人に疑念を抱いた。何処が、と明確に答えられる訳ではなかったらしいが、何となく、自分との繋がりを感じられなかったのだという。
気になった父は、遺伝子検査をする機関に、娘と己の髪を提出して調べてもらったようだ。
本来、そういう機関は相手の同意なく検査をする事はないのだけれど、元第二王子殿下であり、今は臣籍降下して公爵位を承ったブライト公爵の力を借りて、特別に調べてもらったらしい。父の交流関係が広すぎて怖い。
そして結果は察しの通り、姉と妹は父の血を継いでいなかった。そこで祖父母の死にも疑念を抱くようになり、同時に母が私だけに狂ったように暴力的になる理由にも納得したのだという。
私は父の血を継いでいた。母にとってそれは予想外の出来事だった。
とても屈辱的で、あってはならない事。産まれたばかりの私を殺そうと何度もしていたらしい。そりゃあ護るために家から出そうとする訳だ。
父は独りで戦った。ブライト公爵やプリーズィング家と連絡は取っていたみたいだけれど、独りで戦う事を選らんだみたい。
同じ織物という家業に対しての熱意や誇りもあった。けれどそれ以上に、父が居なくなれば、当主の座が必然的に私になる事が気がかりで、私が継ぐまでに母たちをどうにかしたかったのだという。見つけた日記に、そう記されていた。
日記にはその時の決意も綴られていた……何も知らず、一人隣国でのんびり過ごしていた自分が恨めしい。
「この日記を見つけて全て知って、スーリール伯母様の言葉を思い出して良かったわ」
この家に来てから一年、私には反抗する気力がなかった。
始めこそ反抗しまくっていたけれど、帰省した直後に地下牢に入れられて、食事も最小限。ベッドはなく眠るのは硬い床のみ。膝掛けの一枚もない。排泄だって備え付けの汚いトイレでするしかなかったし、濡れた布をもらい身体を拭くのは一週間に一度あるかないか。そんな状況下に居れば、誰だって反抗する気力なんてなくなるでしょう?
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