正気に戻った人形令嬢、監禁部屋からざまぁをする~特別なことなんて何もしていないけれど~

照山 もみじ

01



「貴族の箱入り娘が逃げられると思わない事ね。アンタなんか市井に下りたとしても直ぐ野垂れ死ぬだけよ。家のために働き家のために死ぬ。それがアンタが生きていける唯一の道」


「変な気を起こすんじゃないわよ。まぁ、起こしたとしても、アンタの味方なんて存在しないし、助けを求めたとしても誰も手を貸したりはしないけど。その証拠に、もう一年は経つのに、誰一人として何の連絡も寄越さないでしょう? だから、無駄な希望はさっさと捨てることね。あぁ、自害する事も許さないわ」


「アンタの居場所はこの部屋だけ。他には行かせないから。あ、あの地下牢なら良いけど。でも他はダメよ? だって、仕事が溜っちゃうじゃない。国王陛下に家が取り潰されても良いなら良いけれど……嫌なんでしょう? だったら、私たちの言うことに従いなさい。陛下だって了承しているのだから、刃向かう選択肢なんて元々無いのよ。それに、仕事以外にアンタが出来ることも無いしね。分かったら、とっととこれらの書類を片付けなさい。仕事をあげているのだから、感謝して欲しいくらいだわ」


 実の母、だったはず。何ともアヤフヤな表現なのは、私が二つの頃から一五年間、カース家の人間と全く会っておらず、母親だと実感出来なかったから。

 つまり、私からすれば他人であり、初対面であるに等しい人でしかない。そんな薄く細い縁しかない母親と、同じく初対面であるのにやたら攻撃的な姉と妹から、まぁ世間でいうところの虐待を受け続けて早一年。


 私、プリュフォール・カースの感覚は、多分……いや、絶対麻痺していた。だって、今の今まで何も感じる事もなく、ただ淡々と毎日を過ごしていただけだったんだもの。


(……いつの間にか出来ていた二人目の婚約者も盗られたか)


 窓の下。庭の芝生を踏み締める二つの影――妹と、ついさっきまで婚約者だった男が、仲良さげに寄り添っている。

 対して邸の反対側の庭では、姉と最初の婚約者だった男がお茶をしている。


――私は?

二人目の婚約者と妹、そして母に罵倒された挙げ句婚約破棄をされ、反省として食事を抜かされながら、ただ黙々と書類捌きをしている最中だった。


(……いや何で?)


 悪いのは、どう考えたって姉と妹と母。そして悪びれもせず婚約破棄を突き付けてきた、名前すら知らない元婚約者たちだ。

 私は何も悪い事はしていないはず……うん、していない。むしろ文句の付けようのない被害者でしかない。


 今まで正常な判断が出来なくなっていた私が、今こうして疑問を抱けているのは割と奇跡だ。

 この家で独りで戦っていた父・シャルルの日記を読み、今まで私を育ててくれた内の一人である伯母・スーリールの言葉を思い出さなかったら、きっと今も書類の山に手を伸ばしていたと断言出来るから。


『プリュフォール、私の可愛いたった一人の娘。君の幸せを願っている。無理に家を継がなくても良い。君の幸せを最優先に考えて選んでくれ』


『貴女には教えてあげられるだけの事は教えたわ。そしてそれらを活かして生きていけると保証も出来る。だから大丈夫。貴女の好きなように行動しなさい。貴女に手を差しのべる者も絶対にいるから。勿論、私たちの事も頼ってね』


 母と姉妹、婚約者には恵まれなかったけれど、それらがどうでも良いと思えるくらい、良い人たちに恵まれたと思う。


 私は物心つく前から、隣国【プロスペレ】にある父の実家、プリーズィング侯爵家に居候をしていた。私へ執拗に襲い掛かる母から護るため、どうにもならないと父が頼ったから、居候というよりは保護と言うべきなのだろうけど。

 何にせよ、私にとって家族というのは伯父に伯母たち。その息子娘である従兄弟たち、プリーズィング侯爵家一同。加えて顔も覚えていないけれど、私を大切にしてくれていたであろう父・シャルルだけ。そう言い切れるくらいには、長い間実家どころか国を離れていた。


 プロスペレに渡ったのは二つの頃。戻って来たのは一七。一五年は隣国に居て生活をしていた。価値観がプロスペレのもので定着するくらいには、長い年月を隣国で過ごして来た。


 そんな私の生まれ故郷である、ここ【サフィシェント】のカース伯爵家に戻って来たのは、父が亡くなり家の仕事を出来る者がいなくなったから。


 このカース伯爵家は母の家系、つまり父は婿である。父はプリーズィング侯爵家の三男で、母の父、つまり私の祖父に頼まれて家に入ったのだという。それはプリーズィング家に居た時に、当主となった父の一番上の兄・グレイ伯父様の奥方・スーリール伯母様に聞いた話だから、きっと本当なのだろう。


(この国の王も馬鹿よね。何が『既に長きに渡り虐待されずに来たのだから戻しても問題ない』よ。物理的距離があったから虐待されてなかっただけなのに)


 サフィシェントの貴族は、仕事や旅行など国外へ出るには、必ず届け出を出さねばならない。そして国で何かあった際は呼び戻す事も出来るし、その命は強制だ。

 回避出来るとすれば、移住により国籍を移すか、貴族籍を外すこと。私はそのどちらもしていなかったから、母たちが呼び戻すために申請して、強制的に今ここにいる。


王家は私の事情を知っていた。だから帰還申請された時に審査はしたものの、陛下は「今はないんだから大丈夫でしょ」と言って退けた。

 これには王妃陛下も王太子殿下も、そして審査部門もビックリ。虐待がなかったのは、私が国外に居たからなだけだ。だから皆は何度も考え直すよう申し上げてくれたみたいだけれど、王の決断は変わらなかった。


 王としては、プロスペレとのパイプのあるカース家を潰さないための処置だったのだろう。要は私に国のために我慢しろ、と言っているのだ。


 頑張ってくれた方々には感謝しかないけれど、王よお前は駄目だ。絶対に許さない。


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