第199話 織田軍結集 ~一揆殲滅~

 織田軍は周辺の小島をすべて制圧した後、守りの堅い長島城を取り囲み兵糧攻めを始めた。周囲の一揆側の城の兵も長島城へ追い込み、城の兵糧の消費量を増やさせた。


 城を囲んで約一月。長島城の兵糧が尽きかけているのが敵方の俺達からもわかる。そんなときに俺たちの陣に信長が来た。


「まもなく城が落ちる。敵は数は多いが所詮は武士、僧侶、農民が入り混じる烏合の衆。今日までの戦いの中でも全体での連携は見られなかった。総攻撃をかければまず間違いなく指揮系統は崩壊し、一揆勢は散って逃げるであろう。一人も討ち漏らすな。逃せば本願寺で戦力として復活することになる」

「ハッ! お任せあれ」


 ここ、長島の一揆勢は他に類を見ないほど規模が大きい。その一部でも大阪の本願寺に合流されるのは避けたい。その為にここで一揆勢を皆殺しにする。


「信長様もご武運を」

「おう、ここは任せるぞ。あと信忠が援軍を寄こしたことに感謝していたぞ」


 長可と氏郷の援軍は信忠軍に入り存分に活躍したらしい。俺としては怒られることなくて安心している。


 翌日、織田軍による総攻撃が始まった。信長軍、勝家軍、信忠軍の3軍が一斉に攻撃を仕掛ける。


「下の海と海岸に敵兵が来ないかよく見ていろ。射程内に入った敵は全て撃ち殺して構わん」


 昨日まで俺たちの隊は全くと言っていいほど役目がなく、隊員全員で伊勢にピクニックに来たような感じだった。眺める景色は戦場だから気分がいい物ではなかったけど、それでも仲間と一緒に寝たりするのは楽しかった。

 そのせいで兵たちが戦の意識が多少薄れてしまったが。


「全員配置につけ!! 今が戦の最中だということを忘れるな!!」


 そう怒鳴り兵たちの気を引き締めさせる。さすがは俺の自慢の隊員たちだ。すぐに所定の位置に銃や弓を持って移動する。


 全兵が位置についた頃、織田軍の総攻撃により長島城には炎が上がっていた。水軍の滝川一益らの一部も上陸し大いに戦果を上げている。


「我が主、敵船が出てきています!」

「射程内には入り次第、撃て」


 こっちの水軍がいないところを抜けて敵の小舟が8艘、こちらの海岸沿いに長島城から逃げていく。


 そして俺たちの布陣している崖の下を通るタイミングで号令を下した。


「火矢を放て! 鉄砲隊、撃てッ!!」


 船に火が付き、敵が慌てるのが見える。そこに鉄砲が一斉に撃ち込まれ、何人かが海に落ちた。


「一人も逃すなッ! 全員が一揆に与した織田の敵だ!」


 船はあっという間に沈んでいき、必死に泳いで陸を目指す敵兵に容赦なく弾丸を撃ちこんだ。10分もすれば8艘の船に乗っていた敵の姿は完全に見えなくなり、残ったのは船だった木材の残骸と若干赤みがかった海だけだった。


「我が主、次が来ます!」

「やることは同じだ。一人も逃すな」

「で、ですがあの船……」


 次の船団は中央に大船、その周りを小舟が護衛する船団だった。大舟に乗っているのは女や子供、老人。そしてそれらに隠れた甲冑をかぶった武将。一揆の指揮官の1人か。女子供に紛れて逃げようなんて卑怯な奴だ。


「構わん、全員撃ち殺せ」


 今回は比叡山の時とは違う。あの時の女子供に罪はなかった。だが今回は俺達に歯向かった敵だ。女子供でもあの数が石山本願寺に合流されたら脅威になる。

 信長から授かった命令も一人も討ち漏らすな、だ。


 そう脳内で理論を展開するが気分的には最悪だ。これが合理的な行動でその結果最善の結果になることも頭では理解している。だが合理的という理由で女子供まで皆殺し……


「彦三郎、俺さ、たまに本気で武将にならなければよかったって思うことがある」


 彦三郎が一瞬、驚いたように目を見開く。だが崖の下で何の抵抗も出来ずに撃たれ、海に沈んでいく敵の様子を見ると察したようだった。


「普段からそう思ってるわけじゃない。でもこういう事があるとさ、精神的なダメージがさ」

「もちろん、その気持ちは理解できます。私も戦の経験は我が主よりも長いですし、今も私の隊が一方的な攻撃をしています。もちろん、心は痛みますし、罪悪感もあります。ですがこの気持ちを理解できずにただ殺しを楽しむような主ではなくて良かったと思います。世の中には殺すことを快楽として戦に出る輩もいますが、私はそんな主に仕えるのはまっぴらです」


 そういう人の痛みを知っている武将にこそ部下はついてくる、と彦三郎は続ける。


「ですので私は誰よりも強い我が主が心を痛めながら我らと共に歩んでくれることを嬉しく思います」


 彦三郎の言葉に常道と秀隆、長利が頷く。


「そうか、そうだよな。この痛みを受け止めてこその武将だよな。いや、わかってはいたんだけど、改めてそう言われると……お前ら、俺について来てくれてありがとうな」


 再び崖下の様子を見る。ひどい光景だ。


「殺した命を全部背負って戦い続ける」


 以前に利家に言われた言葉をつぶやく。


「その先に次の世代が笑って暮らせる時代がある」


 本当にそうなるかなんてわからない。だが信じて戦う。


「これからも俺を支えてくれ。最後までな」


 信長が天下をとってこの国が平和になるまで。


「「もちろんです」」


 

 

 伊勢長島一揆。その結末は有史以来の日本史史上、最も悲惨なものと言ってもいいほどひどいものになった。


 10万以上いた一揆勢は織田信長軍によって皆殺しにされた。

 

 ある者は燃え上がる城内で息絶えた。

 ある者は無数の矢を受け、倒れた。

 ある者は空腹による食料の奪い合いが原因の城内の人間の同士討ちで死んだ。

 ある者は食料がないことにより免疫が落ち感染症にかかって死んだ。

 ある者は船で逃げる最中、火矢や銃弾を撃ち込まれ海に沈んだ。


「どんな形であれ、長島の平定は完了した。これで俺たちはようやく石山本願寺や武田との戦に本腰を入れられる」


 そう話を締め括った信長。だが俺はその前の長島一揆の結末を聞いた時から思考が停止してしまっていた。


「皆、殺し……?」


 敗北が決定的になった時点で普通は降伏の話が出てくる。それが成らなかったとしても投降する兵がいたはずだ。生き残りがゼロというのはあまりにも異常事態。


「いや、わずかに脱出した兵はいる。手薄になった織田一門衆の所へ攻め入り、信広様らを討ち取ってそのまま逃げた。柵で囲って火攻めにしたのはその報復の意味もあったと思う」


 そう小声で補足する利家。柵で囲って火攻め、どうりで生き残りがほぼいないわけだ。確かに親類を何人も殺されては信長も怒るだろう。だが10万は、いくらなんでも……


「大助もよくやってくれたな」


 信長にそう軽く肩を叩かれ思わず体がビクッと震える。辛うじて、いえ、と返事ができた。そうだ、10万のうち数百あるいは数千を殺したのは俺じゃないか。


「大助?」

「大丈夫だ。……これは俺たちの進む道、だろ? この痛みに耐えてこそ後の天下人の武将だ」

 

 こうして伊勢長島一揆は終結した。第一次から三次で両軍合計15万以上の死者を出しながら。

 そして俺はこの戦で強く織田軍の武将としての覚悟と再び向き合わされることになった。

 

 俺は燃え後の長島を眺めて寝っ転がっていた。


「悩んでるみたいだな」


 俺の顔を覗き込むようにそう話しかけて来たのは利家だ。


「追いかけて来たのか」

「なーんか深刻な顔してたからな」


 お見通しか。利家とはもうかなり長い付き合いになるからな。このくらいのことはすぐバレる。


「悩んでたっつーか、考えてたんだよ。信長様はどんな気持ちでこれやってんだろって」


 眼前の長島は今、死体の処理や燃えた箇所の鎮火を行っている。


「ここまでする必要はなかったって?」

「ああ、皆殺しは流石にやりすぎだと思う。信長様だって心は痛めてる。昔から信長様を知ってる俺たちだからわかるけど、側から見たら本当に人の心が無い魔王だよ」


 利家は黙って聞いている。


「それに過度な虐殺は天下統一っていう目的には逆効果だろ。負けたら皆殺しって言われたら大体の奴は絶対に負けられないって死ぬ気で戦うだろ」

「確かにそれはそうかもしれない。でも今回、信長様はそれを敢えてした。織田に刃向かったらこうなるって、見せしめの形で」

「だからそれは逆効果だろ」

「いや、そうでも無い。これから謀反を起こしたり、同盟を破棄して裏切ったりする相手は減ったはずだ」


 だが今戦っている石山本願寺なんかは徹底抗戦するはずだ。どっちが良かったかはわからないが。

 

「いや、間違いなく意味はあった。信長様はこの光景を俺たちにも見せるために皆殺しにしたんだろう」

「俺たちに?」

「ああ、裏切ったらこうなるってな」


 さっきの会議でも明るい顔をしている奴はいなかった。みんな多かれ少なかれ思うことがあったんだろう。それほどに信長はこの光景を俺たちの脳裏に強く焼き付けた。


「俺たちが裏切るって思われてるのか?」

「俺や大助に関してはそんなことは思われてないだろう。大事なのは最近こっち側に入った武将たちだ」


 元浅井・朝倉の配下だった奴が今回から織田軍に参入している。そいつらへ見せるのも理由の一つだろう、と利家は語る。

 利家の言うことは確かに理解できる。筋も通ってる。だとしても、


「俺は虐殺は嫌だよ」

「ああ、俺もだ」


 そう肯定した利家の声にも疲れている様子が伺えた。

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