第198話 織田軍結集 ~長島包囲~

 織田家で一番攻撃力があるのは?


 そう聞かれたら10人のうち8人は柴田勝家と答える。彼自身だけでなく隊員の練度も他のどの隊より高い。圧倒的な破壊力。勝家隊というカードを適切なタイミングで切ることが出来ればどんな状況からでも織田軍の勝ちに持っていける。そんな織田軍の切り札。



 織田家で一番忠誠心が強いのは?


 そう聞かれれば10人のうち10人が前田利家と答える。信長の最初の家臣。誰よりも信長に信頼される織田家一の槍使い。織田家臣団の中での信頼も厚い。さらに彼は持ち前のコミュ力を生かして内々で家臣団をまとめ、相性が悪い人同士の間を取り持つ。陰でも信長を支えている、織田家臣団で絶対に欠かすことのできない存在。



 織田家で一番有能なのは?


 これに関しては意見が大いに割れるだろうが最終的には明智光秀と丹波長秀の2人の名が上がるだろう。


 明智光秀は信長のできない仕事をこなす、武将でありながら内政に深く関わる彼は信長の天下統一後に最も重要なポジションに立つであろう。戦場では機転を効かせ窮地の部隊の救出や敵の弱点を突く役割をこなす。所領の民にも慕われている。


 丹波長秀は武将として織田軍の主力の一角を担いながら、文官としても信長から大量の仕事を押し付けられている織田家屈指の苦労人であるが、それは彼の優秀さ故だ。織田軍の作戦を組み立てる際には必ず彼がいる。織田領の主要都市の事業にも必ず彼が関わる。信長への忠誠も厚い。信長はそんな彼を信用し、こう呼んでいる。「我が兄弟」と。

 


 では最後に。織田家で一番相手にしたくないのは?


「◯ ◯ ◯ ◯」


 彼を知っている者は口を揃えて言う。距離を空けて彼を相手にすれば体に穴が空き、距離を詰めて戦えば首が飛ぶ。意識外から現れ心臓を突かれ、常人では見えない距離から一撃必殺の弾丸が脳天を撃ち抜く。まさに最強の武力だと。

 個にして最強、その彼の率いる隊は南蛮の銃という兵器にて無慈悲に敵を屠る。敵は近づくことすら出来ない。

 攻めに関しては柴田勝家の方が強い。戦を勝ちに持っていくという面で見れば勝家の方が強い。それに対して彼らは敵の数を減らすことに特化している部隊と言える。その彼らと相対し続けると敵はどうなるか。全滅だ。全滅するしかなくなる。


 彼と敵として出会ったら迷わず逃げた方がいい、というのが彼を知る者の言葉だ。

 だが同時にこうも言っている。味方であればあれほど心強い者はいない、と。


 信長への忠誠は非常に厚い。前田利家にも劣らないだろう。信長は彼を信頼しこう言っている。「例え俺を100人で襲おうとも俺の元にあいつがいる限り俺が死ぬ事は絶対にない」と。

 

 最強でありながら信長に絶対の忠誠を誓う男。『信長の宝刀』。そんな異名を本人が聞けば宝刀じゃなくて銃が良かった、なんて言いそうだが。

 その者の名は、


「坂井大助」


 なぜ彼が絶対に相手にしたくないと言われるようになったか、その原因はある戦にあった。




 

 1574年、ついに信長が12万の兵を起こし、岐阜から出陣した。

 以前聞いた話では10万って言ってたのにそれより2万も多い。このくらいの数になると2万が誤差のように感じる。


 そんな俺たちが攻め込むのは長い間目の上のたんこぶになっていた伊勢・長島の一向一揆。信長はここで長島一揆を完全の終わらせる気だ。 


「とはいえ12万……やっぱ多すぎるよな。当初の予定通り10万でもよかった気がするが」

「信長様は過去に二度、長島一揆に敗れていますからね。あっちの土地の利も含めて、信長様の心境的には10万では心許なく、12万でやっと勝利が固いということでしょうか」


 付け加えるならばその中で氏家直元、織田信興なども討たれている。確かにそう考えれば12万くらいは当然か。


 彦三郎の言う通り、長島は非常に攻めづらい場所だ。長良川、木曽川の河口に形成されるいくつもの三角州。その中で最も大きいのが一揆勢の拠点になっている。これを攻めるには周辺の小さな島を一つずつ落とし、最後に拠点を一気に攻め落とす必要がある。

 

 まず信長は軍を3つに分け、3方向から同時に小島の占領を始めさせた。率いるのは織田信忠、柴田勝家、そして織田信長。有力武将をこの3隊に均等に配備し一斉に長島へ攻撃を開始した。


 だというのに俺はこの3軍のどこにも加わることなく、伊勢側の岸から戦場を眺めていた。


「おい! なんで俺たちはこんな場所に布陣してんだ! おい伝令、間違えたわけじゃないだろうな!」

「落ち着け、長可。何か信長様の意図があるんだろ」

「師匠……でもおかしいすよ。他の武将は皆あそこで戦ってるのに……」

 

 長可の気持ちもわかる。俺たちのいる位置からは長島の全貌が良く見える。当然味方の戦場も。利家が、勝家殿が、長秀殿が戦っているのがわかる。こんな所でただ見ているだけというのも落ち着かない。

 だが作戦上ここに俺たちがいるのにも理由があるのだから仕方ないのだが。戦慣れしていない長可や氏郷にはしんどいだろう。


「わかった。二番隊と五番隊に出陣を命じる。信忠様の所の援護だ。顔見知りのお前たちなら初陣の信忠様を上手く支えられるだろう」

「え、よろしいのですか?」


 文句こそ言っていたものの本当にそう命令されるとは思っていなかったらしく、長可と氏郷が驚いた顔をしている。だが実際問題ない。うちの近接戦闘部隊は今回の戦では他軍の予備隊同然だ。


「ここに居るのが重要なのは彦三郎たちの鉄砲隊なんだよ。はっきり言ってこのままお前たちがここに居ても役目は一切ないだろう。なら下で戦って味方の犠牲を少しでも減らした方が得策だ」


 そう言うと2人は納得した顔で陣を出て行く。


「よろしいのですか、我が主。我らはここで待機と命じられたのでしょう?」

「大丈夫だ。この作戦の本質はここの一揆勢を完膚なきまでに叩きのめし、長島一帯を平定すること。そのために信長様はここに俺たちの鉄砲隊を置いて敵の脱走兵や背後に回り込む敵を撃つことを命じた。その任務にあいつらは必要ない。もし白兵戦になっても長利がいれば十分だ」

「ですが命令違反になるのでは?」

「長島は出来るだけ早く制圧したいはずだ。そのために役目の無いあいつらを動かすことを信長様は咎めない。咎められたら信忠様に頼んで信忠様が援軍を求めたことにしよう」


 そう言って彦三郎を納得させる。それに敵の脱走兵や別動隊を見張っているのは俺達だけじゃないしな。


「我が主、あれは……!?」

「来たか」


 彦三郎が指さした先には大舟が8隻とそれに付き従う20艘の小舟。


「率いているのは信長様の次男の茶筅丸、じゃなくて信雄様。指揮を取るのは『海賊大名』九鬼嘉隆と『賽子に取りつかれた男』滝川一益」

「その異名……本人が聞いたらなんて言うでしょうか」


 事実だし。超有能なのにギャンブル中毒のせいでダメ人間に見える残念な男だ。


 大舟に大きな織田瓜の旗印を掲げる。


「織田が誇る水軍だ」


 長島一揆勢は最終的に海路で脱出しようとする。それを読んだ信長が用意した今回の切り札。これで長島の包囲が完成する。


「今頃長島の中はパニックだろうな」


 退路は断った。伊勢長島一向一揆、これで幕だ。

 

 

 

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