間話 娯楽が欲しい ~排球編~

 今回の話はストーリー的に飛ばして読んでも問題はありません。信長と織田家臣団が一時の平和の時間で球技に打ち込む話です。キャラの性格や才能はそのままですが、違和感があるかもしれません。

 以上のことを踏まえて読みたい方だけ読んでください。


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 パチーーパチッーーパチーーパチッーー


 碁石が碁盤に置かれる音だけが部屋に響いていた。

 

 ここは岐阜城天守の最上階。ここで俺と信長は碁盤を挟んで向かい合っていた。ちなみに形勢は若干俺の白石が不利だろうか。やっぱり囲碁って先手有利なゲームだと思うんだ。

 

 ここ最近、俺はほぼ毎日岐阜城に登城しては信長と囲碁を打つ生活を送っている。信忠たちの稽古が始まる前の時間帯だ。戦が減り、暇になったのは信長も同じなようで主人命令だと言って俺を呼びつけては毎日何局か対局するのがここ最近のルーティンになっていた。


 こうして岐阜の城下町が一望できる場所で対局などこれはなかなか乙なことではあるのだが、


「なあ大助」

「なんでしょう?」

「飽きた」


 こうも毎日同じ対戦相手と打ち続けていると、対局の内容もあまり変わり映えすることなく、いくら囲碁という奥が深いゲームであっても飽きはやってくる。そもそも最序盤の定石なんてものは俺も信長もいくつかしか知らない。毎日続けていると「あれ? この展開前もあった?」みたいなことが起きるようになってくるのだ。そもそもの問題、信長は少々飽きっぽい所がある。


「大助、何か新しい娯楽を教えろ」

「そんな!? 急に無茶ぶりしないでくださいよ」


 いかに無茶ぶりといえど主人の命令。俺も飽きてきていたのは事実だし、おとなしく頭を捻らせる。

 娯楽、ねえ? 真っ先に頭に浮かぶのは任〇堂のゲーム機だとか、サバゲ―とか。どちらもこの時代にはない。エアガンを作ってみるのは面白いかもしれないが今顕蔵は大変なことになっている。あれ以上仕事を増やすのは可哀そうだ。


 他に思い当たるものといえばオセロやトランプなんかだろうか。だがオセロは駒を作るのに時間がかかる、今信長を満足させる解としては適していないだろう。トランプはそもそも和紙で作ろうとすると透けちゃってクソゲーになる気がする。


 今信長を満足させるには今あるものを使って面白いことを考えなくてはならない。この時代にある娯楽といえば……囲碁、将棋、蹴鞠、連歌、茶道などなど。後者二つは俺には難易度が高い。囲碁将棋蹴鞠はもうさんざんやった。


 ん? 蹴鞠……? 蹴鞠って言ってしまえばサッカーみたいなものだよな? っていうかボールがあるなら結構いろんな競技が出来るんじゃないか?


「ありました。娯楽」

「本当か! 言ってみろ!」

「蹴鞠を使った新しい球技です。いろいろ思いつきますが……そうですね、ルールがわかりやすくて今すぐにできそうなものだと……」


 俺の思い付きに信長は食いついた。そしてすぐに信長の独断により『織田家臣団球技大会』の開催が決定した。


「これより、織田家臣団球技大会を開催する!」


 あの対局中の雑談からわずか3日後。岐阜郊外の広場に織田家臣団が揃っていた。その顔には困惑の色が強く見える。古参の利家や恒興は「また始まった……」ともう慣れっこなようだが。服装は皆軽装だ。これは皆が動きやすい服で来ること、と信長に命じられていたからである。


「まず最初の競技は……ばれーぼーるだ!」


 俺が信長に提案した蹴鞠の毬をボールに見立てたものを使った新しい球技、その一つ目はバレーボールである。6人チームで戦い先に25点取った方が勝ちという単純なルール。これならみんなも出来るだろうと考えてのことだった。


「それではチームを発表します。えー赤チーム、1番、キャプテン織田信長様」


 審判の立ち位置で解説、実況もこなすのはユナだ。ルールを俺以外で唯一知っていた人物。適任だろう。その当人は俺の方を睨んで「あんた何考えてんのよ!?」とでも叫びたそうな顔をしている。


「2番、ミドルブロッカー森長可」

「任された!」

 

 その返事、何か間違っている感じがする。


「3番、同じくミドルブロッカー前田利家」

「任せたぞ、利家!」

「ハ! 信長様、ともに勝ちましょう!」


「4番、セッター丹羽長秀」

「承った」

「5番、アウトサイドヒッター荒木村重。6番同じくアウトサイドヒッター池田恒興。7番リベロ、羽柴秀吉」

「ハハッ!」


「対する白チーム、1番、キャプテン坂井大助」


 ま、提案者だし、唯一の経験者でもある。当然だよね。


「2番、ミドルブロッカー滝川一益」

「その任、しかと」

「3番、ミドルブロッカー松永久秀」

「ひっひ、任されよ」


 こっちのミドルブロッカー2枚。身長高めの2人。ブロックするときに活躍してくれるだろう。


「4番、セッター明智光秀」

「かしこまりました」


 こっちのセッターは明智光秀。織田家随一のキレ者だ。チームの司令塔たるセッターに相応しい。


「5番、オポジット柴田勝家。6番、アウトサイドヒッター佐久間信盛」


 こっちの攻撃の要。勝家殿絶対強いでしょ。パワーが違う。


「7番、リベロ林秀貞」

「……(もう年齢的にキツイ)」


 まあ、頑張ってほしい。


 こうしてチームが決まり、各チームに別れ練習が始まった。


 最初こそルールもちゃんと理解していない者が多く、ろくにサーブも入らない有様だったが、さすが日ごろから鍛えている家臣団の武将たちということで1時間ほど練習すれば一応バレーボールと呼べる形に仕上がった。そして練習時間は終わり、試合が始まる。


 ユナが法螺貝を吹いたのが試合開始の合図だった。


 相手チームの松永久秀がポンとオーバーハンドでサーブを放つ。


「林殿!」

「ハ!」

「ナイスレシーブ!」


 林秀貞はアンダーハンドで何とかレシーブに成功する。セッターの明智光秀が慌ててボールの下に入り、トスを上げる。俺は助走、からネットの前で高くジャンプする。そこで右手をフルスイングだ。


 パァァーーン!!


 俺の放ったスパイクが信長チームの地面に叩きつけられ、毬は何回か弾んで転がっていった。


「お見事!」

「さすがです、大助殿」

「こういう時はナイスって言おうぜ。なんか堅い」

「な、ないす」


 点とるたびに「お見事」って言われるのはなんかバレーボールという競技においては間違ってる気がするので、賞賛は「ナイス」ということで統一しておく。間違って戦場で甲冑姿でナイスって言われるようなことがあると萎える気がするからやめて欲しいが。


「勝家殿、ナイサー!」

「ふん、ハァァ!!」


 ドォォォン!


 勝家殿の強烈なジャンプサーブが敵チームの地面を抉る。あんなの絶対触りたくない。レシーブしようとしたら腕が取れちゃうよ。本当に味方でよかった。


「もう一本ナイサー!」

「ふん、ハァァ!!」


 再び高威力のサーブが敵陣に……入らずネットに引っ掛かった。まだ安定してサーブは入らないな。さっき始めたばかりだし、仕方ない。


「く……面目ない」

「ドンマイ、次だ!」


 次の相手のサーブはキャプテンの信長。信長は勝家の真似をしてジャンプサーブに挑むつもりのようだ。


「ふっ!!」


 ガァァン!!


「いったぁ!?」


 信長のサーブは前衛で俺たちの動きを注視していた利家の後頭部に直撃する。


「利家、すまん……」


 さすがの信長といえど少々気まずそうだった。利家は怒りというよりも驚きが勝っているようで「あ、いえ。大丈夫です」なんて生返事しか出てこない。だが信長はそれで納得したようでレシーブの構えに入る。


「光秀殿、ないさー」


 その後はスムーズに試合が進んだ。問題が起きたのは試合が終盤に差し掛かった時だった。

 利家のサーブ。


「ハァッ!!」


 ドゴン!


 鈍い音がして信長の頭が地面に沈む。


 場が凍り付いた。後頭部を撫でている信長に恐る恐る視線を向ける。


「申し訳ありません!!」

「…………」


 利家はジャンプサーブならぬジャンプ土下座で頭を地面に叩きつける。信長の無言が怖すぎる。信長は後頭部を撫でている手以外は固まってしまっている。


「の、信長様?」


 恐る恐るネット越しに信長に声をかける。


「大助。次の競技はドッジボール、だったか?」

「あ、ええ。はい、そうです」

「相手に毬を当てる遊戯といったな?」

「は、はい」

「利家をお前の組に譲る。その代わり勝家をこっちに寄こせ」


 こっちの切り札の一枚が引き抜かれそうだ。しかもその代わりが信長に狙われることが確定している利家とは。ゲームの勝敗を考えると断固として断りを入れたいが今は信長の怒りを治めるのが最重要事項だ。やむなし。


「仰せのままに。あの、利家は……」

「安心せよ。試合の中のことは試合の中で決着をつける。利家は次の試合、外野でも狙われると覚悟しておくことになるが」


 ま、それは仕方ない。味方の、しかも主人の頭を毬で撃ち抜いたのだからそのくらいの報いを受けて然るべきだろう。

 ……さっき信長も利家に同じことをしていたのだがそれを無かったことのように怒りを燃やすのが信長らしい。おあいこで終わらせてくれれば楽だったのだが。


「あのー、そろそろ再開してもいい?」

「ああ、悪い。いいぞ」

「信盛殿ナイサー」


 信盛殿のサーブで試合が再開する。


「サルッ!」

「お任せあれッ!」


 小柄なサルが素早く毬の落下地点に入りアンダーでレシーブに成功する。それを丹羽長秀がトスを上げ、スパイクを打つのは信長だ。


「打たせない! 光秀殿、一益殿!」

「おう!」


 俺含め前衛3枚によるブロックが信長の前に立ちはだかり、毬は信長の足元に落下した。


「ナイスブロック!」

「クソォ! 長秀、読まれていたぞ」

「信長様、長秀殿、失礼ながら一つ進言いたします。うちの竹中半兵衛をセッターとして使ってみては如何でしょう。セッターとは軍師に近いものと思いましたので」

「ふむ、そうだな。長秀、少し変われ」


 敵セッターが変わる。よりにもよって竹中半兵衛に。

 そこから流れが変わった。勝家殿を主軸に、俺と信盛殿という超攻撃力によって先ほどまで若干こちらが有利だったのだが、それがひっくり返った。


 竹中半兵衛のバレーの技術は俺はもちろん、今日初めてプレイする利家や光秀殿にも劣る。技術的には脅威になるはずがなかった。

 だが状況の見分けがとにかく的確で早かった。俺たちのブロックの意識が信長に向けられているのを理解し、入った直後は利家や長可を攻撃に多用した。そしてそれを警戒し始めると今まで影を潜めていた荒木村重や池田恒興なんかの強力なカードを使う。一言で言うと俺たちを翻弄するのがうまかった。

 

「半兵衛、こっちに寄こせ!」

「信長様を止めろッ!」


 信長のスパイクにブロックが3枚飛ぶ。だが半兵衛は逆サイドの利家にトスを上げ、利家のスパイクがこちらの地面に突き刺さった。


「マジかよ……!!」


 これで点差は3点あっちはもうあと1点で25点、それでこのゲームは決着だ。厳しい状況だ。


「信長様の囮が厄介だな」

「ああ。でも信長様をフリーにする選択肢はない。打たれたらほぼレシーブできないからな」


 信長はあっちチームの得点王、いわばエース。攻撃力が高い。ブロックで止めないとほぼ点取られる。やっぱりレシーブは長い間の練習によるからな。皆、運動神経はすごくいいけどやっぱりそれだけで出来る競技じゃない。


「信長様にはその正面にいる人が必ず一枚ブロックに付こう。もう一人は両サイドのどっちか。そして最後の一枚は状況に応じて、どこにトスを上げるのか見てからブロックに跳んでくれ」


 前衛3枚をフル活用して対策を立てる。ブロックがついてればレシーブも多少はしやすくなるだろうと考えてのことだ。そして肝心の攻撃は、


「とにかく勝家殿に攻撃を集めよう。勝家殿なら相手のブロックがいてもぶち抜ける」


 こっちの切り札。圧倒的パワーの勝家殿を主軸に攻撃を組み直す。さっきまでは俺を含めて攻撃を分散させていたからな。打った総数に対して得点の割合が高い勝家殿にトスを集めたほうがいいと判断した。


 最後の作戦会議がこうして終了し、長可のサーブで試合が再開する。アンダーサーブで丁寧に確実にサーブを入れてくる。こちらも林殿が丁寧にレシーブ。それを明智光秀が勝家殿にトスを上げる。そしてこちらの主砲が火を噴いた。


「オラァァ!!」

「ナイス!」


 明智光秀と柴田勝家がグータッチを交わす。続いて林殿と俺も交えて。やはり勝家殿にボールが上がればかなりの確率で得点できるだろう。


「このまま一気に追いつくぞ!」

「おう! 大助殿、ナイサー!」


 俺も経験者とはいえ学校の授業以外でバレーをしたことはない。そんな俺の形だけジャンプサーブが相手コートに落下する。相手選手2人の間に落とした。どっちがとるのか悩んだ末、どちらも取らなかったようだ、ラッキー。


「もう一本」


 俺の2本目のサーブは普通にレシーブされた。そして竹中半兵衛がトスを上げる。上がった先は……信長様だ。そこには光秀がついている。

 信長のフルスイングスパイクは光秀のブロックによって信長の足元に落下する。だが毬は地面に落ちない。信長の足元にサルが滑り込み、なんとか毬は長可によってこちらのコートに帰ってくる。チャンスボールだ。


「勝家殿!」


 俺が鋭く叫ぶのに反応し、勝家殿がスパイクのための助走に入る。俺は帰ってきた毬をオーバーハンドで勝家殿にトスを上げる。さっきまでのふんわりとしたトスではない。毬はほぼ真っすぐに勝家殿の手へ吸い込まれるように……


「オラァァ!!」


 敵コートに強く叩きつけられ、何度か弾んだ後、コロコロと転がっていく毬。


「シャア!」

「よぉし!」


 即興だったが何とかうまくいった。超速攻カウンター。これで同点。デュースなんてものは無い。次に点を取った方の勝ちだ。


「もう一本!」


 俺のサーブは荒木村重がレシーブし、見事に竹中半兵衛のいる位置に。そしてトスは再び信長に上がる。先程と同じ流れで光秀殿がブロックに跳ぶ。だが今度の結果は違った。ブロックに止められた毬は高く跳ね上がり、サルの手元へ。サルは丁寧にレシーブし、毬は再び竹中半兵衛の元へ。


「もう一度!」

「信長様だ、止めろ!」


 俺と光秀、勝家殿の3人でブロックする。勝ったと、そう思った。


「甘い!」


 信長のスパイクは勝家殿の手に当たり、こっちのコートの外へ。ブロックアウト……!


「取れェェ!!」

「くッ!」


 一益殿が走り、なんとか毬が地面に落ちるのを阻止する。それを林殿が何とか繋ぎ、勝家殿が無理な体勢から強打で敵陣へ打ち込む。だがそれを見越していた利家がブロックに跳んだ。


「秀吉殿ッ!!」

「任されよ!」


 利家の手に当たりくるくると敵陣に落ちていく毬をサルがレシーブし、半兵衛につなぐ。半兵衛は信長にトスを上げる、と見せかけて……


「長可!」


 俺だけはブロックに間に合った。空中で俺と長可の一対一。結果は……


 信長のコートに毬が落ちる、いや、また拾っている。サル……! よく反応したな。


「利家殿ぉぉ!!」

「ああ! 信長様!」


 サルによってなんとかギリギリで上がった毬を利家がトスを上げる。その先には助走を終え、今まさに飛び上がる瞬間の信長……!


「マジかよっ!!」


 さっきの俺みたいに、信長の打点にぴったりのトス。ブロックは間に合わない。信長にフリーで打たせたら……


 試合終了の法螺貝が鳴り響く。


 負けた。

 敗因は最後にサルが覚醒したこと、あんな神がかったレシーブを連発するとは思わなかった。そしてそれに呼応するように覚醒した利家。勝家殿の強打を読み、サルの無理なレシーブを信長が打てる完璧なトスにした。

 すごく惜しかった。


 負けはしたがすごく楽しかった。織田家家臣団による球技大会は大成功だったと言っていいだろう。一つ予想外な点があるとすれば、皆バレーボールで疲れ果て、次のドッジボールとサッカーが出来なかったことだが、まあ、また別の機会にやればいいだろう。


 こうして織田家臣団による球技大会は幕を閉じた。この球技大会はかなり好評で毎年の恒例行事になり、のちに各方面軍が出来ると各軍対抗で血で血を洗う大熱戦が繰り広げられることになるのだが、こんな後日談は今の彼らには知る由もない。



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 前々からスポーツ系の話が書きたかったのですが戦続きで書けなかった……!

 平和な時じゃないとダメだ!、と思いこのタイミングで書きました。でも全く本筋に関係ないこの話を198話とするのも何か違うと思ったので間話ということに。

 話数的には今回で200話に到達しましたが第200話の後にその記念話も出すつもりなのでもうしばらくお待ちを。

 

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