第194話 小谷城包囲と主人の妹

「おい、マジかよ……!」


 清洲城、那古野城、小牧山城、岐阜城、犬山城、春日山城など、今までたくさんの城を見てきた俺から見ても小谷城は強い城だ。最強の山城といって差し支えない。当然、小谷城を攻めるのは難しい。


 どうしてそんな防御力を備えているのか、それは本丸と小丸、2つの緻密な連携による。この連携により攻めてきた敵を撃退、殲滅できるようになっているのだ。


 だが一見無敵のようなこの城にも弱点はある。その鍵はまさにこの連携という部分だ、本丸と小丸の間で連携出来ないようになれば小谷城は容易く落ちる。つまり本丸と小丸の連結部分こそがこの城の心臓部分である。


 その心臓部、京極丸が焼け落ちていた。


「マジかよ……」


 あそこは確かに急所だけど弱点ってわけじゃない。あそこをまず最初に狙うのは理にかなっているが、そのことは敵もよくわかっていた。何重にも警戒されていたにも関わらず、落としたのか。

 

「落としたのは羽柴殿だそうです。かなりの犠牲者を出したそうですが」


 ユナか。直感的にそう思った。京極丸を落とした手柄は大きい。サルの出世のために武功に執着したユナがサルを説得し、強引な力押しに出たのだろう。


「まあ俺は別にサルが武功をあげるのを阻止したいわけじゃないし。ここは素直にサルを誉めておくべきところかな。お陰で早く終わりそうだ。信長様はなんて?」

「ん、すぐに全軍で総攻撃をかけるって。でもその前にあるじ様は一回本陣に来るようにって」

「わかった。多分越前の報告だろうな」


 手紙や伝者で伝えてはいたのだがやはり本人同士で話しておいた方がいいこともある。大事なことだし。


「二番隊を先頭にいつでも攻撃できるように備えておけ。俺は信長様のところへ行ってくる。常道、ここは任せた」


 

「越前一乗谷の制圧ご苦労だった、大助」

「大したことはしてないですよ。一乗谷は朝倉が勝手に捨て、俺はそれを利用して越前の諸将に降伏勧告の手紙を送っただけです」

「とにかく、よくやった」

「ハハッ、それで俺を呼び出した理由は? 他にあるんでしょう?」

「ああ。伊賀の上忍であるお前に頼みがある」


 伊賀の上忍である、ね。武将としてじゃなくて忍者としての仕事か。なぜだろう、すごく嫌な予感がする。

 

「今、サルが京極丸を落とし、全軍で小谷城を攻める準備をしている。おそらくすぐに落ちるだろう」

「でしょうね。俺の隊も出撃準備をしています」

「ああ。だがこのまま小谷城を落とすのは一つ心残りがある。それをお前に取り除いて欲しい」


 心残り。城を落とす障害になるものという訳じゃない。あくまでも信長の気持ちの問題ということか。それは一体なんだと考える。そしてすぐに思い当たった。


 ……ああ、なるほど。気にかける余裕はないとか言っておきながら、なんだかんだ妹想いじゃんか。


「わかりました。俺が小谷城に侵入し市ちゃんを救ってきます」


 俺がそう言うと信長が驚いて目を見開く。


「大助、なぜわかった?」

「わかりますよ。もう結構長い付き合いじゃないですか」


 信長はなんだかんだ言って結構わかりやすい方だと思う。今だって市ちゃんが助かるってわかってホッとした顔をしてる。


「任せてください。絶対に救出して見せます」

「ああ、頼んだ」


 亡国のお姫様の救出とか滅多に出来る経験じゃない、っていうか滅茶苦茶憧れるシチュエーションじゃん。残念ながら俺と市ちゃんは好き同士じゃない上、互いに既婚者だからロマンチックな感じにはならないが、些細な問題だ。


 そう思い、俺は意気揚々と本陣を飛び出し小谷城へ向かった。


 警戒体制の小谷城に侵入することは難しい。以前のように山を登って城壁を飛び越えようものなら、問答無用で斬り殺されるだろう。それでもなんとかなりそうだが、場内に敵が侵入したとして市ちゃんが変なところに隠されて見つけられないまま、織田軍による総攻撃が始まってしまえばお終いだ。

 

「総攻撃は一時間後、それまでに必ず市を救出せよ。お前が戻らずとも総攻撃は始める。敵に京極丸を奪い返されるからな」


 出発前に信長が言った言葉を思い出す。この任務は時間制限付きだ。なるべくスマートに小谷城に入り、スマートに救出し、スマートに脱出する。

 じゃあスマートに侵入できる場所とは一体どこか。そこは唯一、小谷城の中で織田の旗が立ってる場所。


「悪い、サル。通らせてもらうぞ」


 俺は京極丸から小谷城本丸に侵入する。今最も敵が警戒している場所だが、その警戒心は全て京極丸を落としたサルの隊に向いている。浅井の旗を掲げている兵にまさか織田からの忍者が紛れているとは思うまい。俺はサルの隊にやられた浅井軍の負傷兵に紛れて、小谷城内に侵入した。

 

 浅井兵の負傷兵が集まり、治療を受けている場所に着いた。大勢の目があるが紛れてしまえば俺に気づくものはいない。俺は「絶対に織田からこの城と長政様をを守るんだ!」と怪我を我慢してまで戦いに行こうとする忠臣みたいな事を言って治療場を抜け出すと、そこで浅井の甲冑と旗を放り出し、天井裏に入る。


「さ、市ちゃんはどこだろ……」


 敵国の姫とはいえど当主の嫁だ。流石に1階にはいないだろう。そう思い、一階の天井裏から2階の様子を伺い、人がいない事を確認し2階に上がる。そして2階の屋根裏に入ろうと足に力を入れた、その時だった。見つけた。


 だるまとこけし。


 一体それがどうしたと思うだろう。だがあのだるまとこけしは俺が大垣で市ちゃんに買わされた物だ。つまりこの部屋は市ちゃんの部屋。じゃあおそらく隣でかすかに物音がするのは……


 そっと襖を開き、中の様子を伺う。ビンゴだ。

 

 襖を丁寧に開き、声をかける。


「市ちゃん」

「大助……?」


 市ちゃんが驚いた顔を俺に向ける。さっき俺が任務を言い当てた時の信長とよく似てる。


「信長様の命でこの坂井大助、お迎えに上がりました。お久しぶりです、市ちゃん」

「久しぶりね。そう、お兄様の命で……」


 久しぶりに会った市ちゃんはかなり大人っぽくなっていた。当然か、もう20歳過ぎくらいだもんな。


「もうすぐ信長様の全軍総攻撃が始まります。早く脱出しましょう」


 道中は俺が絶対に守るから、そう言って促すが市ちゃんは腰を上げない。そして数瞬の沈黙の後、市ちゃんは俺に言った。


「ごめん、大助。私はここに残るわ」

「え?」


 もうすぐ総攻撃が始まる。ここに残るというのはそれ即ち死を意味する。そんな所に残る意味なんてない。


「長政様を置いて、逃げるなんてできない」


 続いたその言葉に俺はハッとした。政略結婚でも夫婦は夫婦だ。長い時を共に過ごし、関係は深まっているだろう。それに市ちゃんは自分が納得してから、自分の意思で結婚に踏み切っている。

 人質を救出する気分で来た俺は大馬鹿だ。姫を救い出すヒーローだなんてとんでもない、俺は愛する者同士を引き剥がしに来た悪役の立ち位置だったのか。


「大助が私を救うために大変な思いをしてここに来てくれたのはわかってる。本当にごめん。その上ですごく大変なお願いなんだけど……」


 前置きですごく大変って……すごく嫌な予感がするがとりあえず聞こうか。


「私の3人の娘を城から連れだして欲しい」

「ちょ、え? む、娘……?」

「ええ。茶々、初、江、私と長政様の娘」

 

 いつの間に間に妊娠、出産していたとは……


「3人を安全に場外へ逃がして欲しい。大助にしか頼めないの。私の最後のお願い」


 そんな風に頼まれたら断れるわけがないでしょうが。本当に、信長といい、市ちゃんといい……似たもの兄妹だな。


「わかりました。それでその3姉妹は今どこに?」

「上の長政様の部屋だと思う。一番安全な場所に置いておくって言ってたから。今から一緒に行って長政様を説得してあの子たちを連れだす許可を貰いに行きましょう」

「え……それ、俺も行かなきゃ駄目ですかね?」


 俺と浅井長政の間には浅からぬ因縁がある、織田家側からの迎えが俺だとスムーズに引き渡してくれない気がするんですが。


「当り前でしょ。引き渡し先がいないのにわざわざあの子たちを安全な場所から出すわけがないし」


 ですよね…………波乱の予感がするぜ。

 

 そうして俺と市ちゃんは小谷城本丸の最上階、総大将・浅井長政がいる部屋へ向かう。階段の窓から外を見ると、織田軍の総攻撃の準備が整い、全軍が今にも攻撃してきそうな雰囲気だ。


「じゃあ、行くわよ」


 そう言って市ちゃんが襖に手をかける。

 

「市……それに貴様は……」


 こうして俺は浅井長政と通算3回目の対面を果たした。


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