第193話 燃え上がる一乗谷

  朝倉義景と森長可の一騎打ちの場に戻った俺は衝撃の光景を目にする。肩口からだらだらと血を流す長可、相対する左腕を失った朝倉義景。互いに重症であることはよくわかる。


「長可!」

「っ! 師匠!」

「坂井大助……私もここまでか……」

「安心しろ、一騎打ちの邪魔をするつもりはない。もちろん長可が討たれたなら、その後でお前を討つけど」


 俺も武士の端くれとしてそのくらいの礼儀は弁えてる。内心では二人で戦って確実に倒したほうがいいって思わなくはないんだけどね。


「孫次郎、ここはもう駄目だ! 逃げるぞ!」

「孫八!?」

「待て、朝倉景鏡!」


 一時休戦状態だった一騎打ちの場に二人の武将が乱入する。朝倉義景を孫次郎と呼び捨てにする大男とそれを追う手負いの蒲生氏郷。朝倉義景を呼び捨てに出来る朝倉方の武将なんて朝倉義景の従弟である朝倉景鏡しかいない。中央軍の戦いの最中に後ろから5番隊が襲い掛かり、本陣が落とされたことを悟ったか。


「その男が朝倉景鏡だ、討てッ!!」


 俺がそう命じると一騎打ちを囲んで見守っていた二番隊、五番隊の兵士が一斉に景鏡を討ちに動く。だが、


「舐めるなァ!! 雑魚どもがッ!!」


 朝倉景鏡が巨大な薙刀を振るうと襲い掛かった8人の兵士がまとめて両断される。


「おい……マジかよ……!」


 あれはそこらの兵士には手に負えない。蒲生氏郷でも少々厳しいだろう。なら仕方ない、俺が相手しよう。


「織田家家臣、坂井大助だ。お相手願おう」

「ふん、織田家最強と言われている奴だな。俺も朝倉家最強の自負がある。いいだろう、どちらが上か、決めようではないか」


 薙刀を構える朝倉景鏡。俺も刀を抜き、構える。


「ハァァ!!」

「”薙之太刀”!!」


 薙刀は槍同様、刀より遠い距離で戦うことを主とする武器だ。その分、間合いを詰めれば扱いずらい。距離を詰め、刀で仕留める。

 だが当然、相手もそれをよしとはしない。俺と距離を離したがる。


「ハァッ!!」


 朝倉景鏡は強く薙刀を振るい、俺を刀の間合いの外から弾き出す。体格差もある、単純なパワーならあっちの方が上か。


 でも俺が織田家最強と言われる所以は剣術だけではない。


 俺はあえて一気に距離を取り、薙刀の間合いの外に出る。そして腰からリボルバーを抜いた。


「貴様ッ、それは……」


 二発、連続で引き金を引いた。弾丸は朝倉景鏡の甲冑に命中する。だが貫通には至らない。


「あいつの鎧、堅すぎだろ」


 だがへこんではいる。ダメージは入っている。銃の脅威も理解できたはずだ。


「行くぜ!」


 リボルバーを撃ちながら薙刀の攻撃を掻い潜り朝倉景鏡に肉薄する。銃にビビってちょっと剣術への対応が遅れたな。銃にビビるなっていうのが無理な話ではあるが。だがその一瞬の遅れが俺相手では致命的な差になる。


「”乱之太刀”!」

「ク、ソォ……!」


 朝倉景鏡は薙刀を振り、なんとか致命傷は防ぐが、ところどころに傷が出来ていく。致命傷を防げるだけでもこいつは十分すごい。ただ俺の方が強かったというだけの話だ。


「これで、終わりだ。”一之……」

「悪いがここで死ぬわけにはいかない! 両翼に撤退の指示を出せ、孫次郎は俺が説得する!」


 俺が必殺の一撃を放つことを察したのか、朝倉景鏡は大きく下がった後、そう叫ぶ。馬の手綱を引き、俺に背を向け走り出す。


「待てッ!」

「お前たち、その男を囲んで殺せ!」


 なんて奴……武士の風上にも置けない。一騎打ちを途中で投げ出して相対する将に兵たちをぶつけて自分は逃げるなど。


「舐めるなよ! ”八神之太刀”!」


 朝倉兵をまとめて斬り殺し、朝倉景鏡を追う。


 朝倉義景と森長可の一騎打ちは膠着していた。互いに重傷を負い、鈍い動きの一騎打ちはもはや見ていられるものではない。弱々しい攻撃の応酬の間に朝倉景鏡が割り込む。


「孫次郎、もう退くぞ! 今退かねば全滅する!」

「孫八……わかった。全軍撤退の銅鑼を鳴らせ! 殿は孫八に任すぞ!」

「待て、待てッ……! 逃がさぬぞ……父上の仇ッ!」


 長可はボロボロの体を動かし、敵将二人に槍を向ける。でもこれ以上は命に関わる。師匠として、隊長として、これ以上は見過ごせない。


「長可、よく頑張ったな。でもこれ以上は今後に関わる。後方に下がって治療を受けろ。あと信長様に追撃戦の準備をするように伝えてくれ」

「わかり、ました……」

「心配すんな。可成の仇を討つ機会はまだ残されてる。直接の仇は浅井、だから今は無理せず体を休めろ」

「はい……あとはお任せします。師匠」


 長可はそう言って引き下がった。そして俺は朝倉義景、景鏡の二人に向きなおる。


「ここで仕留める。それでこの戦は終わりだ」

「殿、景鏡殿! ご無事ですか?」

「吉統! いい所に……! その男が坂井大助だ、討て!」


 河合吉統、朝倉の重臣の1人だ。そいつを俺に当てて2人は坂を再び上っていく。重臣を身代わり、あるいは捨て石と言ってもいいか、そんな扱いをするとは。そんな風に家臣を使い捨てにしていたら織田が何もしなくても崩壊するぞ。そんな体制に家臣はついてこないからな。


「朝倉家家臣・河合吉統だ! 覚悟せよ」

「覚悟するのはお前だ。名乗りはもう今日はめっちゃやったから省略」


 刀を構える河合吉統。面倒くさい。今すぐ朝倉義景を追いかけて討たないといけないのに。

 もういいよね? いきなりリボルバーで脳天いっちゃっていいよね?


「一撃で終わらせる」


 リボルバーのリロードはすでに終えている。ハンマーを引いて、狙いを定める。


「覚悟!」


 パァァァーーーン!!


 一気に距離を詰めてくる河合吉統の脳天に弾丸を撃ちこんだ。頭は生物共通の弱点だ。敵将・河合吉統は一撃で沈んだ。


「全軍追えッ! 敵総大将・朝倉義景の首はすぐそこだ!!」


 敵軍は本陣が壊滅し、両翼の将もなく力を失った。敵中央軍は殿としてまだ戦い続けているが長くはもたないだろう。総大将も逃げ出した。後は背を追い、一乗谷城まで攻め上る。


「両翼の柴田隊・坂井隊、まずは中央の滝川隊、佐久間隊と連携し敵の殿を一人残らず討ち果たせ!」

「「オオオォォォ!!」」


 まずはここに居る敵を全員屠る。その後全軍で朝倉の背を追う。


「大助!」

「信長様、利家!? なんでこんな前線に?」

「そんなことはいい。ここは俺たちに任せろ! 大助と勝家、一益と信盛で朝倉を追え! 俺たちもすぐに追う!」


 ここに敵兵がいたままだと追撃戦に支障が出る。だがその処理は信長たちが引き受けてくれるらしい。なら心置きなく、朝倉を討てる。


「了解いたしました! お任せします!」

「応!」


 柴田、佐久間、滝川、坂井、この4隊は総勢1万を超える。追撃の第一陣としては十分。疲弊し、武将が多く討たれ士気も下がった朝倉軍ならこの数だけでも朝倉を滅ぼせるかもしれない。


「騎馬隊は全速で、歩兵も全力で走ってこい! 何としてもここで朝倉を滅ぼす! 彦三郎の騎馬鉄砲隊、氏郷の騎馬隊は俺の傍に、四番隊と六番隊はその後ろだ。勝家殿たちにもすぐに追いかけてくるように伝令を送れ! すぐに出撃だ!!」


 馬で坂を駆けのぼる。朝倉は疋田城にいた兵も含めて全軍が撤退。一乗谷城に向けて退いているものだと思われる。


 逃げる朝倉の背を騎馬鉄砲隊で撃ち、新たに出てきた殿を打ち破った。だが追いつき、全滅させるには至らなかった。城攻めになるか。


「大助様、敵軍は一乗谷城を通過! 越前のさらに奥まで退いていくものと思われます!」

「は? 通過? ……一益殿、これはいったい……?」

「おそらく、一乗谷城では我らの攻勢を止められないと踏んだのでしょう。実際、一乗谷城で籠城してしまえば朝倉義景は9割9分逃げられず、死ぬことになる。それよりはもっと越前の奥に行った方が逃げ切れる可能性が高いと踏んだのでしょう」

「なるほど」


 一乗谷は長く続く朝倉の拠点、そこを捨てるのか。


「よし。一乗谷城に火を放て! 一乗谷城陥落の報を信長様や近隣の諸城に伝えて回れ!」


 一乗谷城はその城下町諸共火に包まれた。この報を聞いた越前の朝倉の配下は次々と信長に降伏する旨を伝えてきている。こうして越前は織田領になった。


「勝家殿、朝倉義景や朝倉方の武将の殲滅をお任せしてもいいですか?」

「お任せを。ですが大助殿は何を?」

「俺と信盛殿、一益殿は近江に戻ります。信長様たちが小谷城を包囲しているそうですから」


 信長は俺たちが一乗谷を占拠したことを知るとすぐに反転し、再び小谷城を囲んだらしい。朝倉の次は浅井を滅ぼすのだ。


 俺はもう結構頑張ったから越前に待機していたいんだけど長可が浅井長政を討つって意気込んでるからな。結果的に朝倉義景との一騎打ちも邪魔しちゃったわけだし仕方ない。


「行くぞ、小谷城に向けて出陣!」


 

 

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