第192話 刀根坂の戦い 後編

 朝倉義景という武将は凡将である。武田信玄や上杉輝虎のような異質な強さを持っている武将ではない。特段武力に長ける訳でもなければ知将という訳でもない。


 だが愚将ではない。それだけは言える。長らく同盟を結んでいた浅井氏と共に金ヶ崎では織田・徳川に大きな損害を与え、志賀の陣では織田家の重臣であった森可成を討った。さらに本願寺や長島一揆、武田信玄と連動し信長包囲網を結成した。

 


 あらゆる事をそつなくこなす、オールラウンダー的な武将だというのが俺の朝倉義景に対する評価である。5点満点のパラメータで全てで3の評価を取ることができる武将。弱点はないように見える。


「でもそれってパラメータが全部4点の人間と戦ったら何しても勝てないって事なんだよね」


 六角形のパラメータグラフを想像してみてほしい。全部の評価が3、平均点も3の武将と評価5が3つあるけど評価1も3つあって平均3の武将。どちらの方が強いかだろうか。

 俺は後者だと思う。誰にも負けない得意な事があるというのは大きなメリットだ。評価が全て4の敵、つまり格上と戦う場合、前者では歯が立たない。だが後者はどうだ? 自分の得意で戦えれば、勝てる。もちろん負ける場合もある、だが勝ち目があるという、その事実が大事なのだ。

 

 たとえば前世の俺が警官と戦うとしよう。俺と警官が剣道や柔道、あるいは勉強や持久走で戦えば勝ち目はなかっただろう、だが銃撃戦なら負けないという自信があった。そういう明確な勝ち筋を持っているというのは弱点が霞むほどの「強み」なのだ。


 戦の話に戻る。朝倉義景は攻守一体の平凡な陣形を作り、織田軍との対決に備えている。普通に戦えば時間もかかり、将を討ち取るのは難しい。だが、これは同格の場合の話。織田軍は、強い。


「大助、勝家、お前たちは両翼を攻めよ」

「お任せあれ」


 俺と勝家、織田軍の中で最も破壊力のある2軍をもって両側から朝倉を攻め立てる。そして信長や一益が中央を攻める。数が少ない朝倉は多方面を同時に相手をする負担が大きい。しかも左右に数以上の力を持つ俺と勝家殿がいる。完全な防御陣形なら防げたかもしれない、だが攻守どちらにも出れるあの陣形ではこの攻撃は受けられない。


 一点を弱くする代わりに一点を強くする、そういう大胆だが勝ち筋を作れる策に朝倉義景は出れなかった。バランス、安定に気を取られすぎた。それがあんたの敗北の理由だ、朝倉義景。


「行けぇ!」


 坂井隊、柴田隊が同時に攻めかかる。両翼を守る朝倉の将は斎藤龍興と山崎吉家。


「さっきはよくも逃げやがったな!」

「勘弁して……」

 

 どこまでも逃げ腰だなこいつは。でも優秀な将だ。攻め込んでくる俺たちを2隊で挟み込むようにして対抗してくる。かつどこまでも慎重に、自分は下がり俺との前に壁を作った。慎重というのは悪いことではない。むしろ戦をする上で大事なことだ。でもいつでも慎重に戦えばいい訳ではない。状況を見極める必要がある。


 俺の前に有象無象で壁を作ったところで意味はない。


「"乱之太刀"」


 道が開く。そこに森長可、蒲生氏郷が入り、道を広げつつ俺が安全に通れるように守っている。俺と山崎吉家の一騎打ちの会場が整えられた。


「さ、やるか」

「い、嫌だ……」


 泣きそうな顔になってるじゃん、どんだけ嫌なんだよ。そんな「近寄らないで」みたいな顔されるとちょっとショックだぜ。


「俺は伊賀上忍にして織田家最強、坂井大助」

「……………………朝倉家家臣、山崎吉家」


 長い長い葛藤があったようだが覚悟は決めたらしい。


「"無一之剣"」

「"瀧落"」


 俺の極意居合術に中奥義で応じる山崎吉家。そこから激しい剣戟が始まった。


 数合打ち合った俺の感想は、やっぱりこいつは強い、という事だった。性格的なところから来る過度な慎重さからか、防御よりの戦い方だがそれでもその実力は確か。攻撃を受け流し、反撃するという鹿島新當流の基本理念に準ずる戦い方。


 でも剣聖の方が100倍強い。その剣聖から教わった俺がお前なんかに遅れをとるわけにはいかない。


「"縛之太刀"」

「"巴三之太刀"」


 そう来ると思った。


「"野中之幕之事"!」

「あっ……」


 俺の技に反応し、技を使ったところに俺の大極意"野中之幕之事"が見事に決まった。山崎吉家の両腕が飛ぶ。


「強かったぜ、山崎吉家。"一之太刀"」


 首を刎ねた。鹿島新當流、最高の技で。


 一瞬遅れて歓声が上がる。


「オオオォォォ! 朝倉の将、山崎吉家を大助様自ら討ち取った!」


 織田軍は沸き立ち、逆に朝倉軍は士気が下がり、戦意を失った者さえいた。

 つまり、これで左翼の戦いは織田側の勝ちが決まった。


「次は朝倉義景だ! いくぞお前ら、ついて来い!」

 

 敵右翼を崩壊させた俺たちは信長たちの戦っている敵中央に攻めかかった。右と正面から同時に攻められれば朝倉義景はひとたまりもない。……はずだった。


「早くその男を殺せ! そ奴がいる限り朝倉義景は討てぬ!」


 朝倉義景を守る最後の盾、朝倉景鏡。その男が正面の織田軍、佐久間信盛・丹羽長秀を押し留めている。


「じゃ、朝倉義景も俺が討っていいってことだな。全軍前進、朝倉義景を討て!」


 さすがの朝倉景鏡もいきなりの横撃に対処はできない。俺たちと朝倉義景の間にいるのは朝倉義景の側近衆のみ。


「義景さまを守れっ!」

「どけ! 邪魔だァ!」


 森長可が先頭で敵兵を薙ぎ払う。あいつ、もっと成長すれば俺の代わりが出来るレベルになれるんじゃないか。そう思わせられるほどの高いポテンシャルが森長可にはある。


「私が朝倉景行だ! ここでお前たちを止める!」

「坂井隊五番隊隊長・蒲生氏郷、お相手致しましょう」


 朝倉一門の景行とやらが俺達を止めに入ったがそれは蒲生氏郷が対処する。そして一騎打ちの結果は、まさかの一撃で決着。蒲生氏郷が一撃で朝倉景行の首を刎ねた。俺の教えたフェイントで敵の剣を空ぶらせ、その隙をついて一撃だ。彼も確実に力をつけている。


 俺と森長可、蒲生氏郷の三人で先頭を走り、朝倉義景の側近衆を次々と倒し、敵の防御陣形を貫いていく。


「行ける! このまま朝倉義景を討てるっ!」

「ああ。もうあと少しで本陣だ。気を抜くなよ」


 敵将が目の前ということで少々昂っている森長可。それを宥めながらついに俺たちは敵本陣へ突入する。


「朝倉義景だな?」


 本陣の中で地図とその上に乗る人馬の駒を見つめる男、朝倉義景に森長可が声をかける。


「いかにも。私が越前の領主、朝倉義景である」

 

 そう名乗りながらゆっくりと立ち上がる朝倉義景。彼は俺たち三人を一人ずつ値踏みするようにじっくりと観察する。


「そうか、そなたが坂井大助か」

「ああ、そうだ。その首、貰いに来たぜ」


 朝倉義景と俺の実力差は明確だ。朝倉義景に万に一つの勝ち目もない。さっさとこいつの首を取ってこの戦を終わらせよう。そう思い、刀に手をかけたところで右から俺に声がかかった。


「師匠、オレにやらせてください」


 そう言ったのは森長可。はっきり言って俺がやった方が確実で速いのだが。

 森長可、こいつは父・可成の仇である浅井朝倉を倒すことに生きる理由を見出し、俺に弟子入りして力をつけた。それを俺が邪魔するのはあまりよくないだろう。


「任せる。確実に殺せ」

「は、はい!」


 朝倉義景は森長可に任せる。弟子の力を信じよう。そして俺は俺のすべきことを。


「氏郷、敵中央を攻めろ。そして朝倉景鏡を討て」

「お任せを。ですが師匠は?」

「俺は敵左翼を討つ。勝家殿も苦戦してるみたいだからな」


 敵本陣は抑えた。朝倉義景と森長可の一騎打ちは十中八九、長可が勝つが時間はかかるだろう。俺はその間に残りの敵中央と左翼を殲滅する援護をする。俺はこの場で最も厄介だと思われる斎藤龍興を討ちに敵左翼へ向かう。

 

「うおおおぉぉぉ!!」


 馬鹿でっかい棍棒?を振り回す勝家殿はやっぱり目立つな。勝家殿の近くの織田勢は士気も高く、敵を圧倒している。でもそれ以外の場所で朝倉勢にうまいことやられている。


「敵将が勝家殿の所以外に力を寄せてるのか。兵力を削ぐための作戦だな」


 やっぱり斎藤龍興という武将は相当やる。いつか氏家直元が言ってた、竹中半兵衛のせいで霞んで見えた化け物、というのも間違いではなかった。


「ん、でもこの策……」

「ああ。勝家殿や織田軍の兵がどこにいるかを把握していないとできない作戦だ。つまり斎藤龍興はこの左翼の戦場が見えるような場所にいる」


 ちょっと周囲より高くなってる場所…………見つけた。あそこだ。左翼の戦場から若干離れた小高い丘、いや丘といえるほど大きくはないけど。


「行くぞ氷雨、あれを討つ」

「ん。了解」


 俺の直属近接部隊200が敵中を走り抜け、敵将斎藤龍興がいる丘へ向かう。


「ここへ来る敵がおるぞ! 射殺せぇ!」


 そんな声と共に俺たちに矢が降り注ぐ。何人か撃たれた、だがここで速度は落とせない。


「怯むな、進め!」


 そう兵たちに叫び、俺自身は戦闘を駆け抜ける。右手の刀で飛んでくる矢を撃ち落としながら全力で馬を走らせる。そして左手でリボルバーを抜き、高所で目立っている斎藤龍興に向ける。そして狙いを定めると躊躇いなく引き金を引いた。


 パァァァーーーン!!


 俺の弾丸は惜しくも斎藤龍興の兜の飾りを破壊しただけだった。馬上でこの距離はさすがに厳しいか。でもこれで斎藤龍興も敵兵も怯んだ。


「今だ、俺に続けっ!!」

「「オオオォォォ!!」」


 俺が先頭で敵兵を薙ぎ払い道を拓く。そこに俺の隊の精兵が雪崩れ込んだ。


 斎藤龍興は破壊された兜でめちゃくちゃビビッて大慌てで逃げようとしていた。丘から駆け下り、木につないである馬に向けて駆けだした。


「おいおい、武将が背を向けて逃げんなよ」

「ッ! クソッ!」


 俺が馬上から振り下ろした斬撃は斎藤龍興の左腕に浅い切り傷を作った。そして馬で振り返り、そこで俺は初めて斎藤龍興と相対する。


「元美濃国領主、斎藤龍興。その首貰うぞ」

「誰だか知らぬがこの我をそのような呼び方をするものは斬り捨てる、そう決めておる。ここで死ね」


 俺がこいつに持っている印象は稲葉山城の戦いで城を捨てて逃げ出した、ということだけだ。だからそう元美濃国領主と呼びかけたのだがそれが彼の逆鱗に触れてしまったらしい。だが、


「死ぬのはお前だ。”一之太刀”」


 刀を抜いて走り寄ってきた斎藤龍興、次の瞬間にはその首は宙を舞っていた。


「朝倉の将・斎藤龍興を討ち取った!」


 その後の左翼の戦いにあまり時間はかからなかった。策を指揮していた斎藤龍興が討たれたことにより、朝倉軍は指揮者がいなくなり柴田隊に殲滅された。


 こうして両翼の戦闘が終了した。どちらも織田軍の勝ちで。

 両翼を失った朝倉勢にもう勝ち目はない。


 朝倉の滅亡が間近に迫っていた。

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