第191話 刀根坂の決戦 中編

 俺たちは坂を少し下った開けた場所に隊を配備し直した。牽制が効いていたのかその間、朝倉軍が襲い掛かってくることはなかった。


「じゃあ気を付けろよ。ここに戻ってきたらすぐに左右から防陣の中に入るんだ」

「あいわかった。大助殿も頼みますぞ」


 そう短く会話を交わし、俺は防御陣形の中央へ、サルは2000の囮部隊の待つ坂の上へ向かった。


 本陣でサルたちが敵を引き連れて戻ってくるのを待つ。本陣に残っているのは俺、竹中半兵衛、ユナと側近たちだけ。

 ああ、そうだ。ユナに頼んでおかないといけないことがあったな。


「ユナ、俺はさっきお前に頼まれてサルを助けた。つまり貸しが一つある訳だ」

「……なんかその会話の始まり方、すごく嫌な予感がするんだけど」

「一つ、お願いを聞いて貰いたいと思ってね」


 半ば脅しのようなお願いでサルを助けてやったんだ。ちょっと見返りを要求したってバチは当たらないだろう。それに要求と言っても難しいことを頼む訳じゃない。


「……聞くだけ聞いてあげる」

「さっき俺の側近がさ、サルに失礼なことしちゃったらしいんだよね。それでサルが怒ってもし俺の側近を差し出せって言って来たら面倒なんだ。だからそのとりなしをお願いしたい」

「それくらいは構わないけど……怒らせるってその側近の人は何をしたの?」

「サルの側近を蹴り飛ばし、サルを馬から落としてリボルバーを突きつけた」

「はぁ!? あんた側近選び間違えてるんじゃないの?」

「いつもは優秀なんだよ。とにかく頼んだぞ」

「はぁ、わかったわよ」


 これで氷雨の件はなんとかなるだろう。ユナはサルに気に入られてるみたいだったし上手くやってくれるだろう、きっと。


「大助殿、狼煙が上がりました。もう直ぐ来ると思われます」

「了解、半兵衛はここに残って全体の指揮をしろ。俺は前線に出る」


 大将が前線に出るなんて普通なら下策もいいところだが、半兵衛も俺は前線で戦うのが一番有効だと理解しているみたいだ。止めることなく、「ご武運を」と頭を下げただけだった。


「一番隊、四番隊、六番隊の鉄砲隊にいつでも撃てるように準備をしろと伝えておけ。もう来るぞ!」

「ハ!」


 それから約5分ほど経った頃だった。砂煙と共にサルの隊が坂を駆け降りてくる。それを追って朝倉軍も。サルたちは俺たちが布陣している場所に来ると、作戦通り左右に分かれ防陣に入っていく。朝倉軍は分かれた敵に対応できず、坂によって生まれた勢いが落ちぬまま、俺たちの罠の中に入って来てくれた。


「いらっしゃいませ、2万名様ご案内ー。うちのサービス、堪能して帰ってくれ。まずはありったけの弾丸のプレゼントだ」

「放てェェ!!」


 彦三郎の指示で一番隊の鉄砲が火を吹いた。そのほかの隊もちゃんと弓、鉄砲を撃ち始めた。完璧だ。

 最前線が倒れ、たじろいだお客様。だが後続が今も坂から来続けているため下がる事はできない。むしろ先頭のお客様は後ろのお客様に押されて前進を続けている。そしてそれは鉄砲や弓の格好の餌食だ。お客様パニック。混乱している奴ほど簡単に倒せるものはない。


「大助様、坂から出てまっすぐきた敵が鉄砲隊とぶつかります!」

「それは困った。お客様、うちのスタッフはお触り厳禁ですよー」

「え?」


 ちょっとふざけすぎた。あまりにも思い通りにことが進むものだからつい。お店の店主ごっこはこの辺にしておこう。


「大丈夫だ。そうなるだろうと予測はしてた。あそこには五番隊、氏郷が待ち構えてる。ちゃんと撃退してくれるはずだ」


 俺たちは坂からの出口を中心に半円型で布陣している。坂から出てきた敵の勢いを受け止めることになる坂の出口の反対側は五番隊を配置してある。蒲生氏郷は人を扱うのがうまい、上手く受け止めてくれるはずだ。

 この作戦で何よりも大事なのは防御陣形を崩さずにとにかく敵を減らすこと。そしてこの作戦での俺の役目は防陣が崩れそうな場所に入り援護をすること。もちろんこの半円全体を俺が見るのは不可能。だから二番隊、森長可に右半分を任せている。あいつもあれでいて優秀な奴だ。上手くやってくれるだろう。


「行くぞ! まずは彦三郎の所だ!」


 俺は直属の近距離部隊200を率いて彦三郎の鉄砲隊の所へ向かう。あそこは敵の長槍が届く距離になっている。この距離では鉄砲のリロードの隙にやられる。近距離部隊の出番だ。


「彦三郎、いったん鉄砲隊を下げろ。俺たちが撃退する」

「我が主、お気を付けください。あれは朝倉の重臣・山崎吉家です」

「わかった。彦三郎もまたいつでも出れるように準備しておけ」


 そう言い残し、俺は前に出る。前線の敵を斬り捨てる。最低限、鉄砲がまた有効に使える距離まで押し返さないとな。ここの敵将を討つくらいでちょうどいい。彦三郎が注視していた山崎吉家とやらを討ちに行こう。


「俺が織田軍の第一陣の将、坂井大助だ! 山崎吉家、一騎打ち、受けられよ!」


 昔は一騎打ちなんて馬鹿らしいと思ってたのに、自分からもちかけるようになるとは。俺も武将らしくなったものだ。


「と、殿……呼ばれていますが……」

「い、嫌だ! 一騎打ちなんて死にに行くようなものだ……」

「ですが殿! 武士としてそれでは……」

「それでも嫌だ! 相手はあの坂井大助だぞ!? お前は私に死ねというのか?」


 え、あれ? あれが朝倉の重臣で家臣団の一角を担う山崎吉家? 今まで見たことないタイプの武将、っていうかビビりじゃん。震えてるじゃん。家臣にマジギレしてるじゃん。いくらなんでも弱気すぎないか?


「そ、そもそもこの状況は分が悪い……撤退すべきだ」

「逃がさない」

「さ、坂井大助……!」

「”乱之太刀”」

「くッ!?」


 撤退しようとする山崎吉家に”乱之太刀”で肉薄する。そして俺は驚愕した。山崎吉家は咄嗟にもかかわらず俺の攻撃をすべて凌いでみせた。


「マジかよ。お前相当強いな」

「く……やるしかないのか……」


 嫌々ながらといった雰囲気を隠そうともせず、だが隙のない構えで山崎吉家は俺を見つめた。

 そして互いに刀を構え、一瞬の静寂の後、動いた。


「”乱之太刀”!」

「鹿島新當流”夜之聞切”」


 マジかよ。同じ鹿島新當流、しかも中極意……こいつやっぱ強いな。でも、鹿島新當流……俺と戦うにあたってはこれほど「はずれ」な流派はないだろう。俺は鹿島新當流の開祖にして頂点たる存在である剣聖と戦い、学んだ。今、この世界で鹿島新當流を一番知り尽くしているのは俺だという自負がある。


「”敵可近付敵不可近付之事”」

「んなっ!? 大極意……」


 俺の大極意を大きく距離を取って避けた山崎吉家。


「やはり私ではあなたには勝てない」

「ああ、次で仕留める」


 そして再び構える。再び激しい剣戟が始まる……


「”飛剣のー」

「全軍退却! 坂を登り、疋田城まで撤退せよ!」


 かと思いきや、山崎吉家はそう言って真っ先に逃げて行った。


「ちょ、えっ……?」


 今まで経験したことのない状況に思わず呆然とする俺。その間に周辺の朝倉勢は逃げていく。


「嘘やん……」


 だがここの敵を追い払うという目的は果たした。そうだ、敵将は逃がしたけど俺の目的はここの鉄砲隊が機能するようにすることだった。


「追撃はしない、陣形を崩すな! 彦三郎、ここは任せるぞ。俺たちは次に行く!」

「ハ! 我が主、ご武運を!」


 俺たちは再び遊軍として戦場を駆ける。窮地の味方を救い、敵の強軍を潰して回った。二番隊も上手くやっているようだ。


「かなり敵の数を減らしたな。でも……」

「ええ。さすがは朝倉義景です、あの混乱を時間はかかったものの収め、この私たちが用意した罠の中で陣形を作るとは」


 竹中半兵衛もこの展開は想像していなかったらしい。

 俺も驚いている。朝倉は武田のような異質な強さがあるわけではない、そんな特徴がなくても「ちゃんと強い」軍だった。


 だが朝倉が体勢を立て直すまでの戦いで俺たちは2000ほどの朝倉兵を討った。2万のうちの2000、実に朝倉勢の一割をここで屠った。敵の士気は著しく落ちている。


「そして、これで俺たちの勝ちが確定するわけだ」


 坂の下から音と砂煙が近づいてくる。

 

 そもそもここに居る羽柴隊と坂井隊は第一陣、この戦の織田軍が俺達だけなわけじゃない。第二陣、三陣とまだいることを忘れているなんて言わないよな? 


「待たせたな、大助」


 到着した第二陣、第三陣の織田軍。柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益らを含む、織田家の主力軍。


「お待ちしておりました、遅いですよ。信長様」


 織田信長自ら率いる、2万の織田軍がついに刀根坂に到着した。


「さ、ここからが本番だ」


 数も士気も陣形も武将の質も人数も何もかも上回った。


 織田、朝倉双方の当主もここにいる。


 決戦が、始まる。

 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る