第117話 朝日の誓い

 翌日から稲葉山城包囲の配置が変更され俺と利家、長秀は美濃三人衆を監視することになった。俺の担当の安藤守就も確かに稲葉山城に使者を送ったりしている。

 どうしたものか……監視って言っても使者も話している内容がわかるわけでもないし、内応されたら厄介なんてもんじゃない。忍者スタイルで潜入するか? いや、直接問い詰めてもいいか? ……一応味方だし直接話を聞いた方がいいだろう。もちろんそれだけで信用するわけにはいかない。その後で忍者スタイルで潜入かな。結論、両方。


 ということで俺は思い立ったらすぐ行動ということで安藤守就の陣を訪れていた。安藤守就というと河野島の戦いの時、弓で利家の上を撃ち抜いた人だ。その後俺と銃と弓で一騎打ち?をしたりもしたね。


「単刀直入に聞く。先日からお前の陣から何人もの使者が稲葉山城に送られているのが確認されている。その理由を言え」


 俺の言葉に安藤守就は少し困ったような顔で答える。


「斎藤龍興さまに降伏を勧める使者を送っておりました。信長様は斎藤氏を滅ぼすおつもりでしょう? 道三さま、義龍さまに仕えてきた私としては斎藤氏には多少情がありまして……出家か、あるいは配下に降るという形でどうかと……」


 まあ、筋は通ってる、のか? これだけなら信長に一報入れるべきなんじゃないか? 変なことは言ってないけどまだ何か隠している気がする。


「なるほど。それで、その交渉の結果は?」

「ダメですね。すべて追い返されました」

「それで、他には?」

「他には、とは?」


 これ以上話す気はないのか、それとも本当にもう他にないのか。話す気がないのなら聞いたところで無駄だ。今晩、忍び込んでそれ以上があるか調べよう。

 

 そしてその晩、俺は安藤守就の陣に潜入したが情報は何も得られなかった。稲葉山城から戻ったと思われる使者との話の中では降伏の交渉失敗ということだけで、そのほかの話は全く出てこなかったのだ。明日も潜入が必要かもな、なんて思いながらその日は自陣に戻った。


 だがその翌日、戦況が一変する大事件が起きる。



「我が主!! 大変です!!」


 時刻はまだ早朝だというのに俺の寝ていた天幕に彦三郎が飛び込んでくる。


「なんだよ……まだ外は暗いじゃねえか」

「いいから来てください!!」


 俺は寝間着に一枚羽織を羽織って彦三郎に半ば引きずられるように天幕を出る。外はまだ薄暗い。日の出の直前くらいだった。


「あれを!!」

「ん?」


 眠気眼をこすりながら彦三郎の指さす方を見る。そこには機能と変わらない稲葉山城が……


「は!?」


 城門が、空いていた。山の麓にあるいわゆる一ノ門と言われる大事な門が開いていた。そしてそこから続々と武装解除した兵が出てくるのが見える。


「城が、落ちてる……?」

「昨夜、城主の斎藤龍興が脱出したようです。それで残された者たちは城門を開け、降伏したと」

「だ、脱出? 包囲してただろ?」

「そこのところはまだよくわかりませんが、とにかくすでに城にはいないと。この戦は我らの勝利です」


 そう言われてもイマイチ実感がわかない。


「信長様はすでに稲葉山城に入城しておられます。我が主も早く行った方が」

「わかった。天弥と氷雨を連れてきてくれ」


 俺は護衛に二人を呼んでくるように伝えて一度天幕に戻り着替える。そして二人と彦三郎を伴い稲葉山城に入城した。


 稲葉山城大広間、そこに信長家臣団の面々が揃っている。


「決着の形はどうであれ、皆よくやってくれた。ついに俺たちは念願の美濃国を手に入れたのだ」


 そう言うと信長は窓のほうに歩いていき、障子を開ける。ちょうど、日の出が始まるころだった。窓の外には広大な濃尾平野が広がっている。朝日に照らされて濃尾平野の広い田園が輝いて見えた。


「今後はここを拠点に、天下へ向けて動いていく。それに合わせここを稲葉山城を岐阜城、この町を岐阜と改名する」


 何故、岐阜? どっから持ってきた?

 後日聞いたところ、「周の文王が岐山より起こり、天下を定む」という故事にちなんで”岐”、孔子の生誕地「曲阜」から太平と学問の地となるようにという願いを込めて”阜”、二つ合わせて岐阜になったそうな。ネーミングセンス壊滅的な(信長が次男に茶筅丸と名付けたことでせっかく忘れられかけていたネーミングセンス壊滅的というイメージが戻った)信長が付けたとは思えない、真面目過ぎる。


「そして今後は俺は天下を目指すということを大々的に周知させるために、この印を使おうと思う」


 そう言って信長は一枚の紙を取り出した。それを見た家臣たちがざわつく。落ち着いているのは利家だけだろうか。となりの彦三郎を見てみると普段絶対に見せないような間抜けな顔になっていた。光秀や美濃三人衆も口が開いたまま固まっている。

 だがそんな顔になるのも仕方ない。信長が開いて見せたその紙には、


 ”天下布武”


 とそう書いてあった。


「どうした、お前ら!! そんな呆けた顔をして!! 今日、今この瞬間から俺たちの天下への大いなる道が拓かれるのだ!! 全員、俺について来い!! 必ずや天下の頂の景色を見せてやる!!」

「おおおぉぉぉ!!」


 俺と利家が誰よりも早く拳を突き上げ、叫ぶ。そしてそれに呼応するように他の家臣団の面々が叫ぶ。

 朝日が差し込んだ岐阜城の大広間に信長家臣団の熱い叫びが響き渡った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る