第115話 稲葉山城攻防戦 壱

 四日市での赤堀との戦が終わってからわずか2週間後、俺たちが城主不在となった赤堀城を占領し滞在していたころ、一益から手紙が届いた。その内容とは「北伊勢制圧完了」である。ほとんど明智光秀の部下の勝恵という僧が交渉で落としたらしい。光秀が推薦するだけのことはあったようだ。でもまあ、今回の第一功は俺だろうけどな。


「それで、この後はどうするんですか? 南伊勢の北畠具教も攻めるんでしょうか?」

「いや、北伊勢は一益殿に任せて俺と明智光秀は美濃攻めに行けとのことだ。明日には一益隊の武将がこっちに来るから引き渡せってさ」

「これからすぐ美濃攻めですか……」


 少しげんなりした様子の常道の肩をたたく。


「美濃攻めは急務だから仕方ない。でも兵たちも連戦は疲れるだろうから半分は清洲に置いていく」

「誰を置いていくんですか?」

「四番隊と五番隊かな。彦三郎と大吾は必須だし仮六番隊の市橋長利は美濃の情報を持ってるから連れていきたいし、お前の補給部隊は俺達には必須だ。もちろん置いていく四番隊五番隊には俺の厳しい訓練メニューを用意しておくから楽をさせるわけじゃないがな」

「……わかりました。秀隆殿と悠賀殿も可哀そうに」

「おい可哀そうにってどういうことだ。感謝してくれてもいいくらいだろ」


 常道の発言は置いておいて、俺は一益隊の武将がくる明日までに美濃侵攻に置いていく奴らの練習メニュー組み立てないとな。そんなことを考えている俺を見て常道は呆れたような、そんな目をしていた。


 翌日、一益隊の道家正栄に城を明け渡し、俺たちは尾張へ帰還した。そして清洲での数日の休養ののち、信長の待つ小牧山城へ向かった。そこで軍議が開かれることになっている。

 軍議が行われる大広間にはもうすでに多くの家臣団の面々が集まっていた。柴田勝家、丹羽長秀をはじめとする有力武将に加えて利家や恒興などの元小姓衆とついでにサル。そこに俺と明智光秀、そして美濃攻略ということで市橋長利もだ。三人ほど見慣れない顔も見られる。

 俺は利家の隣に座るとその正面にいる見慣れない三人組について尋ねた。


「利家、あの三人誰だ? 知らない顔だけど」

「あれは美濃三人衆の氏家直元、稲葉良通、安藤守就だ。藤吉郎殿が調略したらしい」

「マジかよ……あれが裏切ったらもう美濃は簡単に落とせるって聞いていたけど」

「ああ、おそらく信長様は今回の戦で稲葉山城を落として美濃を手に入れるつもりだ。美濃を手に入れれば天下はぐっと近くなる」


 そう目を輝かせる利家。たしかに美濃を取れば足利義秋様を京へお連れして室町幕府の権力を利用して天下を取るプランが一気に現実味を帯びてくる。それと同時に俺は天下を取るという夢が初めて現実味を帯びたように感じた。


 その後の軍議で信長は宣言した。


「今回の戦で稲葉山城を落とし、斎藤を滅ぼす!! そして俺たちは父・信秀の頃からの念願の夢、美濃国を手に入れる!!」



 士気は高い、兵力も武将の質も断然こっちが上。竹中半兵衛も美濃三人衆も失った斎藤になす術はない。その軍議の3日後には俺たちは稲葉山城を包囲した。稲葉山城は金華山の山上にある山城で非常に守りやすく、攻めずらい城だ。それに対し信長は城下町を焼き払い敵の奇襲策を封じつつ、全軍で囲った。


「稲葉山城は堅固だな」

「ええ、ですがそう長くはもちません。敵がここから勝ちにくるとすれば城から出撃して信長様の首を狙うくらいしか」

「籠城してもはいずれ落ちますからね」

「ええ、ですから信長様が後ろにいる限り私たちが負けることにはならないでしょう」


 そう長秀が結論付ける。俺も「敵が来れば守るのは私たちの役目ですからね」と返す。そんな話の中で何気なく信長の陣がある後方を見ると……信長の隊が500ほどで前進していくのが見えた。


「は!? 信長様、なぜ前に……」

「えっ……前に出てくる理由はないはず……どういうことだ?」


 長秀も信長の意図がよくわからないらしい。長秀にも言ってないとなると信長の思いつきでの単独行動か? いや、まさかこんな大事な戦でそんなこと……。いや信長は大蛇が気になって沼に飛び込んだりする奴だ。ありえなくはない。


「止めないと……」

「いや、きっと何か意図が……」

「とりあえず使者を……いや、俺が一番早い。何かあったときに俺なら守れる。長秀殿、俺の隊のことも頼んでいいですか。すぐに戻りますので」

「はい、信長様をよろしくお願いします」


 俺は長秀に隊を任せ、単身信長の元へ向かう。走っている途中で気が付いたけど信長の動きは敵をおびき出しているように見える。囮ってことか? でもおびき出したところで誰がその敵を倒すのだろうか。

 とにかく俺は信長の隊に行き、信長に話を聞くことにした。


「信長様!!」

「ん? ああ、大助か。どうした?」

「どうしたじゃないですよ!! なんで前に出てきてるんですか? 何も聞いてないんですが!!」

「すまん。今、城にいる斎藤軍をおびき出しているところで……」


 やはり信長の目的は斎藤軍をおびき出すことらしい。だがおびき出したところでどうするのだろうか。


「おびき出して、どうするのです? 周りは斎藤軍だらけ、信長様のみが危険にさらされるような策ならば俺は全力で信長様を止めますが」

「そんなことにはならん。これが最速でこの戦を終わらせる策だ」

「聞いてもよろしいですか」

「ああ。あそこで斎藤軍に紛れているのは稲葉良通と安藤守就。あっちは氏家直元だ。おびき出したところであいつらに斎藤龍興を討たせる」

「……確かにその策なら斎藤龍興を討てるかもしれません。ではなぜ俺や長秀殿にも伝えなかったのですか?」

「……この策は斎藤龍興を討つこと以外にも目的がある」

「それは?」

「……今、この状況は美濃三人衆が敵に寝返れば俺を討てる状況になっている。美濃三人衆がこの状況で俺か、斎藤か、どっちにつくのか試しているのだ」

「裏切られたらどうするんですか!!」

「後方にはお前や長秀が控えている。俺が襲われればお前たちは指示がなくても動くだろう? 最も信頼しているお前たちをあの配置にしたのはそのためだ」


 こんな信頼の仕方ありかよ……!! でもまあ信長なりの考えがあることはわかった。じゃあ俺は陣に戻るか。


「わかりました。念のため俺と長秀の隊を少し前に出して警戒しておきます。では……」

「待て、せっかくここに来たのだ。お前はここで戦え。お前が近くにいれば俺は絶対に死ぬことはない。そうだろう?」


 そんな言い方されたら断れねぇよ!! 俺はため息を一つつきながらも、ここまで信頼されていることに少し口元が緩んでいる気がする。そんな俺の答えはひとつ。


「もちろんです。お任せを。信長様には傷一つつけさせません」

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