第113話 奇襲の結末と次の作戦

 1566年、織田信長は上洛に向けて足利義秋の調停で美濃の斎藤龍興と同盟を結び、京へ向けて出陣した。だが美濃との国境である木曽川で同盟したはずの斎藤軍に奇襲を受けた。敵の用意した狩場で激しい攻撃を受け、増水した川でおぼれる者も多数いた。後に河野島の戦いと呼ばれるこの戦いは織田軍の被害多数で大敗北という結果に終わったのである。


 斎藤との同盟が破綻し、足利義秋を伴い上洛するのは美濃を織田領にしてからではないと不可能になった。つまり、稲葉山城を落とし西美濃を攻略する必要があるのである。というわけで信長は斎藤との同盟成立で中断されていた西美濃攻略の作戦を再び立て始めることになった。


「やはり西美濃三人衆は厄介ですね。一人一人が優秀な武将な上、率いている軍も強軍ときた」

「光秀殿、何か彼らについて知っていることはありますか?」


 一益、長秀の質問にもと斎藤氏配下だと光秀が美濃の内情についての話をする。


「彼らとは道三様配下の時は同僚でした。彼らは道三さまが美濃を乗っ取る前の領主、土岐頼芸殿のころから美濃を支えていました。道三さまと義龍さまの戦った長良川の戦いのときは義龍さまについていたので私と戦うことになったのです。その時戦ったのは稲葉良通ですがボコボコにされました」

「戦うのは得策じゃないか……」


 今の話を聞いた限り美濃三人衆は斎藤龍興に忠誠があるというよりは美濃という国に強いこだわりがあるように見える。かつて斎藤道三が土岐頼芸から美濃国を簒奪したとき、あっさりと道三側についている。そして長良川の戦いは圧倒的な兵力だった義龍側に味方した。なら……!!


「美濃三人衆をこちらに引き込みましょう。そうすれば美濃攻略は容易くなります」

「悪く無い案だが、できるのか?」

「さあ? ですがやってみる価値はあるでしょう」

「お前が交渉に行くのか?」

「俺は交渉には向かないと思いますよ。銃で脅したら何とかなるかもしれませんが……それはよくないでしょう?」

「……そうだな。交渉が得意なものは居ないか?」


 銃で脅すのは今後のことを考えてもあまりよいことではないだろう。信長は俺に頼むのは諦めて家臣団の面々を見渡す。


「殿!! この重要な役目、ぜひこの猿めにお任せを!!」


 沈黙を破ったのはサルこと木下藤吉郎。信長はサルを見極めるように目を細めるとサルに問う。


「お前にできるのか?」

「ハ!! お任せを」

「失敗すれば首を刎ねるぞ」


 厳しい……!! サルは一瞬迷ったがそれでも「お任せを!!」と威勢のいい返事をした。


「あと美濃侵攻を再開させるなら先に北伊勢を占領する必要があります」


 北伊勢侵攻は美濃を安全に攻めるために行っていたが一時的に斎藤と同盟を結んだため中断されていた。再び美濃侵攻をするなら北伊勢の占領は必須となる。


「ああ、わかっている。一益と大助、そして光秀に北伊勢の侵攻を命じる」

「ハハッ!! お任せを」


 

 そして翌年二月、滝川一益を大将に副将・明智光秀、坂井大助で第二次北伊勢侵攻が始まった。蟹江城に5000超の織田軍が集結し、作戦会議をしていた。


「最初に言っておきますが今回はあまり戦をしない方向で行きたいと考えております。前回の伊勢侵攻で北伊勢は大きく弱体化しています。大軍で押しかければ降伏するところも多いでしょう。私の見立てでは8割強の城が攻撃しなくても落ちると踏んでいます」


 おそらく一益の見立ては正しい。前回より数の多い俺たちに戦続きの北勢四十八家に対抗する力があるとは思えない。でもまあだからってあっさり降伏するかって言われたら当然拒否するところもあるだろうし、北勢四十八家の中でも赤堀なんかは力を残しているだろう。


「それならば交渉に相応しい人物が私の配下にいます。その者に交渉を任せていただけませんか?」

「ちなみにその者とは?」

「勝恵という僧です」

「僧? 僧に武人の戦の交渉ができんのか?」

「ええ、その会話術は天下一です。私が保証します」

「まあ、任せてみたらいいんじゃないですか?」

「失敗したら武力で攻めるだけだしな。降伏してきたらラッキーってことで」 


 あまり期待せずに、戦はある前提で動くということで話はまとまった。だが交渉に応じない小領地を攻めるだけなら光秀と一益で事足りる。なら俺は父上の仇を取りに行く。


「俺は赤堀を攻める。おそらく赤堀は降伏に応じないでだろうからな」

「赤堀なら私の方が……去年戦っていますから」

「いえ、赤堀は3城を持つ大領地です。城攻めになるならこの中で最大兵力の俺がふさわしいはずです」

「私は大助殿を支持します」

「まあ、大助殿なら勝率は7割といったところです。ここから私が情報を渡していけば9割弱といったところでしょう」


 一益の計算にあまり信用はないが俺に行かせてくれるならいい。赤堀以外を二人に任せて俺は父上の仇である赤堀に専念する。

 翌日に一益率いる織田軍5000は蟹江城を出陣、長島を迂回して伊勢国に侵入した。そこで一益、光秀と別れ、俺たちは揖斐川沿いに進み桑名城を交渉で落とした。明日には赤堀の中野城に到達するだろう。


「ん、あるじ様、報告。赤堀、出てきた」

「出てきた?」

「浜田赤堀氏頭領の浜田元網、中野城主の中野秀盛、そして赤堀氏頭領の赤堀宗近。赤堀のほぼ全軍」

「わお、まじかよ」


 分家も総出で迎撃に出てきたか。じゃあ明日ぶつかるな。

 ようやく、ようやくだ。明日、父上の仇、赤堀氏を滅ぼす。ついでに日光川のとき大将張ってた浜田も討つ。覚悟しておけよ。


 

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