第111話 銃と弓の一騎打ち

「助けに行くって言ってもこっち側の岸を確保しておくだけで十分なはずだ。それだけしておけばあの二人なら撤退できるはず」

「え? あ、そっか」


 思いっきり戦いに乱入して敵将二人の首取るつもりだったよ。ってことはこっち側の岸にいる安藤守就しか討てないか。まあ、それで十分ということにしておこう。


「行くぞ!! 目の前の敵をたたく!!」

「おお!!」


 俺と利家の2隊合同で尾張側の川岸を守る安藤守就に攻撃を仕掛けようと動き出したその時、その目標に動きがあった。


「え?」

「な、なんで、川岸から離れていくんだ?」

「わからない、わからないけど好都合だ!! 川岸を確保しろ!!」


 利家は好機だと言って川岸の確保に動く。だがおかしい。何故だ? 何故川岸を離れた? ここで岸を守りながら川にいる勝家、長秀を攻撃しつつ俺達からの攻撃を受け流すのが敵の最善策のはずだ。岸を離れる理由がない。もし離れるとするならば川に入って美濃側と合流するべきだ。川から離れるなんて愚策だ。敵が川を離れたなら俺たちは川岸を確保して……

 ……俺たちは川岸を確保せざるを得ない。ゲームの嵌め技のように俺たちは今行動を敵の思い通りに動かされている。


「待て、利家!! 一旦……あ」

「なんだ……え?」

「あ、あ……」

「ほ、包囲が……!!」


 俺と利家の隊が川に寄ったのを見計らって敵の安藤守就とさっきの氏家直元が川岸を確保した俺たちを包囲し始めた。俺たちの後ろは川、まさに背水の陣ってやつだ。逃げ道は無くなった。


「「エイ!! エイ!! オオオオォォォ!!!!」」


 俺たちを包囲し、川岸に俺たちを追い詰めた形になった安藤守就と氏家直元の部隊は盾をたたいたり槍で地面をたたいたりして威圧しながら俺達との距離を詰めていく。つまり、どんどん追い詰められていく。


「おい!! 利家、まずいぞ!!」

「わかってる。どうする?」

「鉄砲隊と弓隊で応戦するしかないだろう。川にいる長秀隊と勝家隊の兵士には後方の稲葉良通の相手をするように伝えてくれ。正面の2隊は俺達で相手をする」

「了解!!」


 だがこんなのは時間稼ぎだ。ずっと続けていたらジリ貧になる。信長様たち本隊から援軍が来るのを待つしかない。


「「エイ!! エイ!! オオオオォォォ!!!!」」

「撃てェェ!!」


 俺の号令で鉄砲隊の火縄銃が一気に火を噴く。敵が怯んだ。


「絶え間なく撃ち続けろ!! 弓隊も敵が間合いに入り次第撃て!!」


 無理に攻め込んだりせずに、ここで迎撃し続けることが最適だ。たぶん。

 だが……


「一点突破しろ!!」


 敵は戦闘に重装備の騎兵を並べて一点突破を狙ってくる。当然、俺の隊の攻撃はそこに集中するが、広く展開していたため想定以上に攻撃が集まらない。


「まずい、抜かれるぞ!! あの一点に利家の近接部隊を集めろ!!」

「もう行ってる!! 宗行、先頭の重装騎兵を止めろ!!」

「ハッ!! お任せを、利家様!!」


 利家の先遣部隊が敵の戦闘にぶつかる、直前だった。ヒュッっと矢がどこからか飛んできた。そしてその矢は戦闘の宗行と呼ばれた男の脳天へ見事に突き刺さった。


「おお、って感心してる場合じゃねえ。どっから飛んできた?」

 

 俺から見える範囲に弓を持っている敵兵はいない。じゃあまさか……敵陣からか?

 

「あるじ様、あそこ」

「え?」


 氷雨が指さしたのは今攻撃してきている敵、ではなく一歩引いたところでこの戦いを見ている敵本陣。そしてその本陣のあたりに確かにうっすら人影が見える。


「あ、あれか!?」

「ん、間違いない。ん、今、弓引いてる」

「え?」

「狙われてるのは……あれ」


 氷雨が指さしたのはさっき脳天を撃ちぬかれた隊長の隊の副将。俺がそれを認識した瞬間、その副将の男の眉間に矢が突き刺さる。


「マジかよ……!! 本当にあの距離から狙ってやがるのか!! ここまで軽く100メートル以上はあるんだぞ!!」


 弓の射程はだいたい約50メートル。すごく良い弓だったりすれば、多少変動することもあるがそれでも70メートルくらいだろう。100メートル以上から的確に撃ち抜く奴なんて今まで見たことがない。


「ん、狙われてる」

「おい!? マジかよ!!」


 今度、氷雨が指さしたのは利家本人。利家は先遣隊の隊長、副将が討たれたのを察知し自ら先頭に立ち、突撃してくる敵の対処に当たろうとしていた。


「利家、狙われてるぞ!!」

「は? んあ”ッ!!」


 俺が利家に警告した瞬間、利家に向かって矢が放たれる。利家は頭はかばったが左腕に矢が突き刺さる。

 慌てて利家に駆け寄り、矢の突き刺さった腕を見る。うわー……ちゃんと貫通してる……


「おい!! 大丈夫か?」

「くっ、……大丈夫だ」


 利家は矢の先端を下り、強引に包帯を腕に巻く。


「あの弓使いは危険すぎる」

「同感だ。どうする……?」

「そこはお前の役目だろ?」


 利家は俺の腰に装備されているリボルバーを見てそう笑う。腕に矢が刺さった状態で笑えるのがすげえ。

 確かに、遠距離戦は銃使いの領分だ。今回はスナイパーを持ってきていないのでこのリボルバーで勝負するしかない。リボルバーの有効射程は50メートルほどと言われている、もちろん現代ではだが。だがこの有効射程というのは狙って敵に当てられる射程のこと。弾丸の届く距離の射程である最大射程距離は300から600メートルほどだ。俺はこの銃の癖もわかっているし80メートルくらいは必中だろう。それ以上はどうだろうか。その時の風向きなども関係するからな。銃の中では遠距離向きじゃないリボルバーでは心許ないな。

 でも、ま、やるしかないよね。他にできる人いないし。

 

 俺は周りの兵に離れるように伝え、リボルバーを構える。所劇は相手が俺に狙われていることがわからない。最初にして最大のチャンス。

 大きく深呼吸し、引き金に指をかける。そして、


パァァーーン!!


 銃声が鳴り響く。弾丸は風にあおられ、敵の弓使いスレスレを通り過ぎて行った。


「クソッ!! 外した!!」


 悪態をつきながらもう一度リボルバーを構える。敵も俺の脅威を認識し、弓を構えた。

 さっきより大きく深呼吸する。今度はお互いに命を狙いあっている。これは一騎打ちだ。心臓がぎゅっと縮むような感覚。だがそんな身体とは裏腹に頭は冷静だった。さっきの弾の軌道は頭に入っている。構えを修正し、もう一度深呼吸をしてから狙いを定める。


 パァァーーン!!

 パシュッ!!


 ほぼ同時に矢と弾丸が放たれる。俺は大きく後ろに下がり矢を避ける。矢は俺のつま先スレスレに突き刺さった。

 敵の方は家来に台から突き落とされることで、なんとか腕に掠るだけで済んだようだ。右腕に当たったようなのでしばらくは満足に矢を放てないだろう。


「利家、ひとまずは大丈夫そうだ。殺せはしなかったが、弓は引けないだろう」

「よし! あとは俺たちが……」

「待て待て、お前はけが人だろ? 俺に任せろ、お前は休んどけよ」

「い、いや、でも……」

「片手で槍を扱えるわけねえだろ。いいから座って休んでな。お前は全体の指揮でもしててくれ。俺が前線に出る」

「……わかったよ」


 ということで俺は最前線の敵が一点突破しようとしている戦場に入り、利家の兵を率いて戦った。だが利家の兵を俺が率いるのでは士気も上がりきらず、敵もかなりの強軍だ。

 時間にして一時間ほどたった頃にはかなり前線も押し込まれ、こちらの軍は満身創痍となっていた。


「そろそろ、援軍が来てくれないと厳しいぜ……」

「ん、あるじ様。来た」

「おっ、やっとか!! 噂をすればってやつだな。旗印は?」

「水色の旗に桔梗の門……」


 そんな旗印の奴いたか? 


「大助殿!! 利家殿!! 助けに参りました!!」

「ッ!!」

「明智殿!!」


 助けに来たのは明智光秀。俺は思わず歯噛みし、利家は歓喜の声を上げる。


「奥の丹羽隊と柴田隊は?」

「ほぼ全軍が合流しています」

「わかりました。では皆様こちらへ。退路は我ら明智隊が確保致します故」

「助かる!!」

「ああ」


 こうして俺たちは明智光秀の援軍により、窮地を脱したのである。

 


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