第109話 殺すべき相手

「じゃあ、行ってくるよ。お腹に子どもがいる祈を置いて、本当に悪いと思ってるんだけど……」

「いえ、それが旦那様の役目、旦那様にしかできない役目ですから」

「できるだけ早く帰ってくるようにするから」

「はい、待っています」

「じゃあ、行ってきます」

「はい、旦那様。ご武運を」


 俺は北伊勢侵攻で負傷した兵士を除いた1500人ほどを率いて清洲から出陣した。そしてその翌日には信長たちの待つ小牧山城に入城した。


「信長様、お久しぶりでいきなりですが聞きたいことがあります。なぜこんな急に上洛しなくてはならないのですか? 北伊勢で死んだ俺の部下たちは無駄死にですか?」

「大助と一益には悪いと思ってる。だが美濃との同盟があるうちに義秋様の権威を利用して上洛し畿内での影響力を強めたい。幕府の力を利用すれば天下はぐっと近くなる」


 つまりは、天下のため、夢のためか。なら仕方ない。そもそも伊勢侵攻は美濃攻略のとき、憂いを無くすためだ。その美濃を素通りできるのだから急いで伊勢を攻める必要は無くなった。せめて北伊勢を完全に攻め取るまでは待ってほしかったがこっちも斎藤龍興がいつまで同盟を守るかわからない。こっちを優先するのは仕方のないことだろう。


「そうだ、お前にも紹介しておこう。義秋と俺の連絡係だったが、つい先日、正式に俺の家臣になった」


 そう信長が紹介し、メガネが似合いそうで優しそうな男が前に出る。


「明智光秀です」


 明智光秀!? こいつが信長を殺す男!! 俺は本能的に懐からリボルバーを抜き、明智光秀を名乗る男に向ける。


「大助!?」

「何を!?」


 引き金を引く直前で利家によりリボルバーを弾き落とされた。


「落ち着け、大助!! いったい何だってんだ!!」

「あ」


 利家に怒鳴られて正気に戻る。信長が、利家が、俺に厳しい目を向けている。光秀は何が何だかわからないといったような顔だ。ここではこいつを殺せない。


「おい!!」

「悪い。ちょっと出る」


 俺は落ちたリボルバーを拾い、部屋から出て別室に入る。少し一人になって考えたい。明智光秀を殺さないと信長の夢はかなわない。だが今は殺せない。どうやって殺す? 事故に見せかけてとか? 武将なら基本は側付きが離れない。無理だ。どうする、どうする?


「……助!! 大助!!」

「え?」


 目の前で利家が大声で呼びかけている。全然気づかなかった。


「利家」

「やっと気が付いた。お前さっきから様子がおかしいぞ」

「あ、ああ。悪い」

「どうしたんだよ。いきなり明智殿に銃を向けたりして」

「ああ、いや……」


 信長が本能寺で明智光秀に殺されることは、言えない。未来の情報を言うわけにはいかない。……なんで? なんで俺は未来の情報を言うのを躊躇う? すべてを信長と利家に明かして光秀を家臣団から辞めさせればいい。それできっと、歴史は変わる。まあ、信じてもらえないだろうな。俺だってそんなことを言われたら信じない。かつてユナに言ったように「歴史は今生きている奴が作り上げていくものだ」って言うだろう。


「なんでもない」

「なんでもないわけないだろ!? いきなり銃を向けるなんておかしいに決まってる!!」

「本当に、なんでもない」

「……どういうことだよ……」


 何も言おうとしない俺に利家は諦めたようだ。


「あとで謝っとけよ。これから長い付き合いになるだろうからな」

「……ああ」


 どうすればいい? 信長様と俺たちの夢のため、信長様を守り抜くためにはあいつは危険すぎる。……そうだ、あいつに相談してみるか。



 俺が相談に行ったのはユナの所だ。ユナは猿の側近としてサルの家に住んでいる。


「サル!! ユナはいるか?」

「大助様!! ユナなら中におりまする」

「悪い、少しあいつに話があるんだ、ちょっと借りて行っていいか?」

「何故……いえ、わかりました。ユナ!! 大助殿がお見えだ!!」


 ユナは唯一、未来のことを知る人物だ。何か良い案を持っているかもしれない。そう思い、俺はユナに事情を話した。


「……なるほどね。あんたの考えはよくわかるわ。確かに、明智光秀がいなければ織田信長は天下を統一していたと思うわ」

「だったら……!!」

「でも、その段階まで織田信長が行けたのはそれも明智光秀の力があってこそなのよね」

「……え?」

「織田信長の天下統一に大きく貢献した織田信長の家臣は信長四天王と呼ばれているわ。丹羽長秀・滝川一益・柴田勝家。そして、明智光秀。ここに数えられているだけでも彼が信長の天下にどれだけ貢献したのかがよくわかるわ」

「じゃ、じゃあ……明智光秀がいなかったら……」

「そもそも織田信長は本来の歴史ほど勢力を広げられない可能性があるわ」

「……じゃあ、俺はどうすればいいんだ。あいつを殺さないと本能寺の変が起こって信長様が死ぬ、でも殺したら信長様は天下統一できない……」


 八方塞がりとはまさにこのことだ。殺しても殺さなくても俺たちの夢はかなわない。


「お前は、どうしたらいいと思う?」

「……私は、生かしておいた方がいいと思うわ。あなたが今から本能寺の変が起きる1582年までの約16年間で明智光秀が本能寺の変を起こさないように仕向ければいいと思うわ」

「仕向ける……?」

「明智光秀が本能寺の変を起こした理由っていうのはいくつか説があるけどどの説にしても明智光秀が織田信長に不満を持っていたことは確かだと思うの。そういうのを極力なくせば、必然的に本能寺の変は起こらないわ」

「……難しいな」

「難しくてもやるしかないでしょ? それに失敗しても明智光秀を殺すのは1582年になってからでも遅くないわ」

「そうか、そうだよな。ありがとう、ユナ」

「助けになれたようで何よりだわ」

「あ、そうだ。一応明智光秀の歴史での詳しい経歴を教えてもらってもいいか? お前ウィキ使えんだろ?」

「……明智光秀はわからないことが多いみたい。あんまり詳しくは載ってないわ」

「……? そうか。わかった。明智光秀は生かしておく方針でやってみるよ。じゃあ、今日は助かったよ。ありがとう、またな」

「ええ、また」


 この時、ユナが恐ろしい笑みを浮かべたことにまだ俺は気づいていなかった。

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