第108話 撤退と新しい命

 それから2日後、俺は西の戦線に復帰した。俺の復帰に合わせ西の戦場では反転攻勢に出た。前線を大いに押し上げ、明日には本陣にも迫る勢いだった。東の戦場は中央側の守りを突破し、それにより中央もこちら側が優勢となっていた。そのような各部隊長の報告を聞き、明日、勝つということで復帰初日の軍議は終了した。


 

「報告、報告です!! 第7部隊が正面の敵を突破したと!!」

「よしっ!! 天弥に押し込ませろ!! このまま敵将の首を取る!!」

「ハ!!」


 さすがに前線で戦うほどは回復しなかったため俺は本陣で指揮を取っている。戦況は大いに有利、敵将の首を取れと天弥に命令を下す。氷雨の方や他の部隊からも次々と勝報が届く。


「このまま押し切れそうっすね」

「ああ、今日中に決着をつけよう」


 一益殿の方も戦いを有利に進めているという報が届いているし、この戦に勝てばいよいよ北伊勢は制圧したも同然、残すは南伊勢の北畠氏だけとなる。そうすればついに何の憂いもなく美濃に侵攻できる。


「ここに大助様はいらっしゃいますか!?」

「ここだ、どうした?」

「信長様からの手紙を持ってまいりました!!」

「信長様から!?」


 突然、俺の陣に信長の使者を名乗る男が乱入してくる。その男が出した手紙には確かに信長の花押が。


「珍しいな」


 信長は滅多に手紙なんて寄こさない。こちらからはちょくちょく報告書を出していたが何か緊急の要件がない限りあちらからは連絡してこない。

 何か緊急の要件なのだろうか……そんなことを考えながら手紙を開く。そしてその内容をみて驚愕する。


「は!?」

「隊長、どうかしたっすか?」

「何、事?」


 手紙の内容を要約すると、中美濃を制圧完了し、足利義秋の仲立ちで美濃との同盟が成立したので京に向かって侵攻する。だから今すぐに北伊勢侵攻を一時中断して上洛の軍に参加せよ、とのことだ。


「……戦をやめて、尾張に戻れってさ」

「はぁ!? 俺たちが勝ってるっすよ!?」

「理解、不能」

「京に行かないといけなくなったらしい」

「京っすか?」

「何故、都?」

「説明はあとだ!! まずは天弥を呼び戻せ!! 鉄砲部隊中心の防御陣形に切り替えろ!!」

「えっ? は、ハハッ!!」

「彦三郎や他の隊長にも伝令を出せ!! 彦三郎の隊を東側に配備させ、長利の隊から撤退させろ!! 殿は俺たち4番隊と1番隊でやる。2番隊と5番隊も長利に続いて撤退させろ!!」

「ハハッ!!」



《一番隊・彦三郎、長利》


「な!? 撤退だと!? 何かの間違いではないのか?」

「我が主からの使者の話によると信長様から緊急の手紙があったらしい。それが関係しているのだろう」

「ッ!! これまでの苦労はどうなる!?」

「仕方あるまい。よほど緊急の事態なのだろう」


《二番隊・五番隊・大吾、悠賀》


「はぁ!? 撤退? んなわけねえだろ!! こっちが勝ってんだぞ!?」

「落ち着いてください、大吾。何かあったのでしょう。若様は聡明な方です。当然、何の意味もなく撤退などとは言いません」

「わかってるわ!! だが、なぜ!?」

「僕にもそれはわかりかねますが……指示には従いましょう」

「それもわかっておるわ!!」


______________________________________



「全軍撤退!! 全軍撤退だ!!」

「長利たちを先頭に2番隊と5番隊は先に撤退しろ!! 最後列は俺たちの鉄砲隊がやる!!」


 俺の2000人強の部隊が一気に撤退を開始した。最後尾に鉄砲隊を集め、追撃してくる北伊勢軍に大量の銃弾を浴びせる。


「撃ちまくれ!! 弾をすべて撃ち尽くしていいぞ!!」


 負けてないのに追撃されるってこれ如何に。むしろ勝ってたのに。保正と戦って、もう少しで敵将の首を取れたのに。信長にあったら文句言ってやる!!


 数日間、尾張側に向かい走り続けた。蟹江城で俺たちと同じように戦の最中で帰還命令が出された一益と合流し、尾張に戻った。清洲を経由し、小牧山城へ向かうことになっている。本当は清洲に寄る余裕はなかったけど、京に行くとなれば祈と会えない期間が長くなるということで会っておくことにしたのだ。


「ただいま、祈」

「旦那様、おかえりなさい。ご飯もできてますよ」

「助かるよ。メニューは?」

「今日は帰ってくると聞いていたので豪華です! メインは天ぷらで……」

「天ぷらなら早く食べないとな」

「はい、そうですね。あ、あと一つ、大事なお話があります」

「? お、おう。わかった」


 久しぶりに祈と二人で食事をする。ご飯、味噌汁、いくつかの種類の天ぷらにサラダ。まさに絶品だ。伊勢侵攻の時の保正との戦闘などの話をしながら楽しく食事をした。そして一段落がついたところで俺は祈に尋ねる。


「それで、大事な話って?」

「その、あの、先月からアレが来ないんです」


 アレ、というのは女の子の日的なアレだろうか。ということはつまり……? 


「お、お腹に、俺たちの、赤ちゃんが……?」


 祈がコクンとうなずく。確かに3回目の伊勢侵攻の前にできることはした、不思議なことはない。だがまだ理解が追い付かない。そしてそれが追い付くと……ぎゅっと強く祈を抱きしめた。


「だ、旦那様?」

「な、なんかうまく言葉にできないんだけど……すごく嬉しい、ありがとう、祈」

「いえ、私も嬉しいです」

「これから大変になるよな。お手伝いさんとか雇った方がいいかな? 赤ちゃんに必要なのは子供服と、他に必要なものは……」

「旦那様、落ち着いてください。気が早いですよ」

「あ、そうだよな。ごめん」

「もう、旦那様ものすごいソワソワしてますよ、今でこの状態なら生まれてくるときにはどうなってしまうのでしょうか」

「仕方ないだろ。そっか、ここに新しい命があるんだな……」


 そう祈のお腹を優しくなでる。祈はくすぐったそうにしながら、


「そうですね、何か不思議な心地です」


 と笑って答えた。

 

 

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