第106話 北伊勢侵攻 最強の刺客

「かかってこい、千代松。お前には悪いがここで死んでもらう。任務だからな」

「……ま、マジかよ……!?」


 交渉失敗。まさか保正がこんなに任務に忠実だとは……。っていうかめっちゃやる気じゃん。こいつが本気で殺しに来るんだったら俺は保正を殺さないようになんて舐めたことは出来ない。保正はあれからもずっと修行してるんだから絶対に前戦った時より強くなっているはずだ。死なないように本気で戦わないと。マジかよッ……!?


「じゃ、行くぞ?」

「……やるしかないか」 


 刀を抜き、左手のリボルバーのハンマーを引く。対する保正は右手に刀、左手は後ろにあって見えない。おそらく棒手裏剣か焙烙かそんなところだろう。


「シッ!!」


 刹那、保正の刀が走る。保正の最速の一閃が俺の首筋に吸い込まれるように煌めき、俺は体を反るようにしてその必殺の一撃を躱す。そのお返しとばかりに俺はリボルバーの引き金を引き絞り、保正の右足を撃ちぬいた。


「ッ!?」


 だが当然、それで終わる保正ではない。火遁でいったん距離を取り、棒手裏剣で俺のリボルバーを握っている左手を狙う。だがその程度、今の俺には問題にならない。驚くべき速度で飛んでくる棒手裏剣を避け、距離を詰める。


 リボルバーと刀で足を負傷した保正を追い詰めていく。俺のリボルバーの弾丸は俺の狙い通り、保正の手足を傷つけていく。俺も多少は攻撃を食らってはいるが有利に戦いを進めている。保正はその状況が納得できないようだ。


「クソッ! なんでこんなに実力差が……!!」

「保正、お前忘れたか? 大忍術体育祭の時、俺はハンデを背負っていた」

「ハンデだと?」

「あの時の弾丸は怪我をしないようにインクが付くようになっていた。だが今回は本物の弾丸だ」

「それがどうした?」

「あの時は頭とか胸とかしか勝敗に関係なかったが、弾丸自体は当たっていた。それが今回は本物の弾丸なんだ。お前は俺の弾丸をすべて防ぐか避けるかしないといけなかった」

「……ッ!!」


 ようやく自分が不利になっている要因に気づいた保正は自分が勝つために必要だったことを聞き絶句する。弾丸をすべて防ぐなど不可能に近い。忍者の動きの中に銃撃を織り交ぜた俺の戦闘スタイルは銃を撃つタイミングも読みずらいため、剣聖ですら全部の弾丸を防ぐのは無理、だと思う。


「さ、ほらここらへんで切り上げようぜ。これ以上はお互い……」

「なめるな、千代松。俺は伊賀の上忍・藤林保正!! この程度でやられると思うなよ!!」


 マジかよ……まだやるのか……。こいつプライド高いんだよな。このままいけば俺は負けることはないだろうしこいつが満足するまで戦って、伊勢から離反させるのが最適だ。でも余裕を持って戦えるような相手ではないんだよな。実力は言わずもがな、伊賀忍者は幼少期から走り込みなんかで体力をつける訓練をしているから、体力的にはあっちが有利だ。適当に攻撃を加えて体力差で敗れるということも考えられる。でも強すぎる攻撃で殺してしまいたくない。そこの調整が難しいな。


「はあッ!!」


 保正が一気に距離を詰めてくる。速度は初撃の方が速い。だが俺から見えない左手には明らか何かが握られている。火遁か、煙玉かその辺だと予想しリボルバーで迎撃することを選択。致命傷とならないよう、何か忍術を使おうとしている左手に狙いを定める。

 そして引き金を引こうとした瞬間、


「こっちだ!!」

「!?」


 刀を持っている右手から火遁が発動される。とてつもなく大きな破裂音が山中に響き渡り、脳が強い衝撃を受けた。

 ……俺の知ってる焙烙じゃない。明らかに音に特化されている。まだ耳の奥でキーンと響いている。耳はさっきまで聞こえていたいろんな音が聞こえない。


「〇〇〇!!」


 保正が何か言ったような気がしたが聞き取ることは出来なかった。っていうか保正はどこへ行った? ッ!? 後ろから殺気……!! と、思い、体をひねった瞬間お腹に衝撃が走った。そのお腹には刀が貫通している。


 「マジかよ!?」といった自分の声もまだ聞こえない中、俺は必死に体を動かし保正と距離を取る。だがわずか数メートル距離を取ったところで足から力が抜け、その場にうずくまった。腹からは今まで見たことのない量の血が、いや背中をショットガンで撃たれた、前世の死の時ほどの血が流れている。傷口を抑え、俺はキッと保正をにらむ。リボルバーを右手に持ち替え、その銃口を保正に向ける。保正の動向、一挙手一投足を見逃さないようじっと保正を観察した。


「○○〇〇〇〇」


 保正が何かを言いながら近づいこようとする、保正が一歩目を踏み出したとき俺は自分の危機感に従うまま引き金を引いた。弾丸は避けようとした保正の左手に命中し、その中指と薬指を吹き飛ばした。

 今度は保正が俺をキッを睨む。俺は弾が切れたリボルバーをその場に置き、地面に突き立てた刀を頼りに何とか立ち上がる。そして最後の力を振り絞り刀を構えた。保正も同様に刀を構える。


「オオオオォォォ!!」

「あああぁぁぁ!!」


 俺に斬り合いをするような力は残っていない。お腹もくそ痛いしその他もところどころ痛む。だが負けられない。負ければ死ぬ。

 まず右斜め上からの一撃、これを防ぐ。次は俺が保正の喉者に向かって全力の突きを放つ。保正に防がれた。だが俺の攻撃はこれで終わりではない。すぐに刀を戻し、二発目の突きを放つ。これは保正の刀を後方に弾き飛ばした。そして3撃目、刀を振るい、保正の首を刎ねる……直前で刀を止めた。マジの寸止めだ。


「……?」

「お、れの勝ちだな」

「ぇ?」

「この戦から手を引け、配下の忍者全員連れてな」

「お、俺を殺さないのか?」

「……殺さねえよ。お前は氷雨も天弥も殺さなかったろ。それにお前は俺の数少ない友人でもあるしな。今回は敵だったけど……おえっ」

「お、おい大丈夫か?」


 お前のせいだろ、という言葉は声にならなかった。代わりに俺の口元には血液がたっぷりだ。


「わ、り、もう限界」

「お、おい千代松!!」


 まだ言いたいことはたくさんあったのだが……。保正が俺を心配そうな必死な顔で覗き込んでくる様子を最後に、俺は気を失った。




 

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