第103話 北伊勢侵攻 夜襲

「ふあっ」


 何故だろう、まだ外は暗いのに目が覚めてしまった。今日戦が始まるからだろうか。もう一度布団にもぐってみるも寝られそうにない。二度寝は諦めて上着を羽織って天幕を出た。天幕の外を見張っていた遼太郎と小二郎をお供として連れて陣を出る。陣のあるところよりもさらに少し高い場所に行き、今日戦場になるであろう場所を見渡す。


「組長、あれ」

「え?」


 遼太郎の指差した先、そこでは山火事が起きていた。場所は俺たちの陣の西、そう、ちょうど隆康たち4番隊がいるあたり……


「結構燃えてるっすね」

「小火、注意。冬、空気、乾燥」

「気になるし行ってみるか」



 俺たちは3人で隆康の陣に到着した。陣の入り口あたりは特に昨日と変わりない、だが兵たちは明らかに慌てて動き回っている。俺はその中の1人を呼び止めて何があったのか詰問する。


「おい! 何があった!!」

「え、えっとまだよくわかっていないのですが何やら敵襲を受けたようで……」

「なんだと!?」

「若様!!」


 俺が事情を聴いていたところに慌てて走ってきた悠賀が合流する。


「悠賀!! これは……?」

「まだ僕もよくわかっていませんが……とにかく現場へ急ぎましょう」

「ああ」


 走りながら詳しい状況を聞いた。火事が起きたのは西側の天幕。半刻ほど前、敵の小隊、というかわずか数人が4番隊の野営地に襲撃してきたらしい。だが兵たちの中でも情報が錯綜しており何が起きたのかイマイチわからない。味方の裏切りになのか、内通者がいて陣内に敵を招いたのか。とりあえず隆康に聞いてみよう。

 そして隆康の天幕についたのだが……天幕の護衛の兵が倒れており、顔に布がかけられている。すごく、嫌な予感がした。


「た、隆康?」

「隆康殿、失礼いたします」


 悠賀が躊躇いなく天幕の中に入る。俺も続いて入った。


「ッ!?」

「お、おい、嘘だろ?」


 中にいたのは短刀を持って果てている隆康だった。激しく争った跡があり、肩口、手足など様々な所に切り傷がある。一応、手首で脈を測ってみたが当然、脈動は感じられない。体もすでに冷たくなっていた。


「あ、あ、あ”あ”あ”あ”ああああ!!」

「……何故このようなことに……!! おい!! 間者は!! 捕らえたのであろうなッ!!」

「い、いえ……というか見た者がほとんどおらず……」

「愚か者がぁ!!」

「ひっ!?」

「主が斬られておいてその仇の顔すら見ていないとは何事か!! 今すぐに出ていけ!!」


 俺は絶叫し、悠賀は怒りのまま刀を振り、報告の兵士の横スレスレ地面に突き立てた。その兵士は冷や汗を流し、慌てて天幕からでた。


「……若様、お辛いとは思いますが……」

「皆まで言うな、わかってる。戦だ。……そう、これは戦なんだ。よく顔の見知った相手が唐突に死ぬこともある。わかってた、はずなのに……」

「若様……」


 隆康は稲生の後から俺に仕えていた、俺の隊の中でも古参なほうだ。大吾とケンカして面倒ごとを起こしたこともあったけど俺の言うことは聞くし、隊も上手くまとめていた。戦となればあまり目立つ活躍はしなくても陰ながら支えてくれる俺たちにとって必要不可欠な存在だった。なのに、こんな所で……!!

 その悔しさに俺は唇を強く嚙み、握りしめた拳からは少し血が流れていた。でも俺はこの死を乗り越えて、戦わなくてはならない。


 最後に俺は隆康の手を握り、


「ありがとう。今まで、本当にっ」


 涙を流して、感謝を述べた。そして手を合わせ、目をつむり隆康の冥福を祈った。

 俺たちの今後を天国から見ていてくれ、隆康。


「悠賀、付いてきてくれ。火事の現場も確認しておかないと、犯人の特徴がわかるかもしれない。せめて、再発は防がないと……隆康も報われない」

「はい。わかりました」


 火事があったのは陣の西側、ここで小規模の戦闘があったときに篝火が倒れ、陣幕が燃え、森に燃え移ったらしい。


「若様、血痕が残っています」

「ああ、辿ってみよう」


 血痕をたどり陣の外に出る。血痕は西側の山へ続いている。でもこれ……怪しいな。もし俺が傷ついて敵陣から逃げるとしたら……あ、


「こっちだ」

「え? 血痕はこっちに……」

「そっちは釣りだ。ほら、こっちの草が踏みつぶされてる。血痕だけそっちに付けたんだろ。相手に逃げた方向を誤認させる常套手段だ」

「なるほど……よくご存じですね」

「伊賀で習ったんだよ」

「ほー」


 ……でもこういうことをするのはただの武士じゃない。こういうことが死にかけてる状況で冷静にできるというのは普通の訓練をしていては出来ない。でも俺はこういう教育をしている場所を知っている。あそこで教育された者なら隆康の本陣に単身で乗り込んで討ち取ったというのも納得できる。むしろそういうのが本職の奴らだ。そしてそこで育った本職のやつなら俺たちに追いかけられていることを察したら撒くか、撃退しにくる。おっ、噂をすればだな。


「悠賀、伏せろッ!!」

「え? うわっ!?」


 俺は悠賀の頭を押さえつける。その頭スレスレを棒手裏剣が飛んで行った。あの木の上だな。俺はリボルバーを抜いていると思われる場所に二発連続で弾丸を撃ちこんだ。


「わ、若様、敵は何者ですか?」

「忍び……いわゆる草の者です。おそらく俺の修業していた伊賀の忍者でしょう」

「く、草の者? 大丈夫なのですか?」

「問題ありません。俺は伊賀の上忍ですから」

「そうでしたね。お任せします」

「家来としては減点ですよっと!!」


 迫ってくる棒手裏剣を弾きながらそう返事する。棒手裏剣の筋は悪くないけど狙う位置がよくないな。こういう時はまず足を狙わないと。いきなり首なんて狙っても当たるわけがない。いや、そこらのただの武士なら当たるか。相手の力量を見間違っちゃいかんなあ。たぶん中忍とかだろうな。

 リボルバーを連射しながら距離を詰める。忍術は距離を詰められると使えなくなるものが多い。強い奴は詰めさせてくれないけど。


「ッ! 火遁!!」

「甘い!!」

「な!?」


 火遁の目くらましを正面突破し、刀を振るう。敵は刀で受けたが後方に吹っ飛び、木にぶつかって意識を失った。


「悠賀、連れてけ。尋問する。どうせ何もしゃべらないだろうけどな」


 金で雇われた伊賀忍者は基本的には雇用主の情報を話さない。伊賀忍者全体の信用にかかわるからな。金を積まれれば別だが。だが隆康を殺したやつにそんなことをするつもりはない。拷問だ。忍びといえども人間、痛覚は当然ある。敵の配置からその内容まで全部吐くまで死んだほうがマシと思えるような拷問をしてやる。……大吾が。

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