第102話 北伊勢侵攻 荻野の戦い0日目

「伊勢を攻略する、つまり北勢四十八家を倒すためにまず必要なことは長島の一向一揆と和議を結ぶことです。私たちで北伊勢に攻め込んだ時に長島一揆に後ろを攻められたり、清洲や那古野などを攻められるとひとたまりもありません。そして長島一揆がそれをしてくる確率は8割以上あると思います」

「俺もそう思います。一応、長島の一向一揆を静めてから北伊勢に侵攻する策もありますが……本格的に敵対しているわけでもないですし和議の方がいいでしょう。使者を送り不可侵の盟を結んだ後、北伊勢に侵攻しましょう。使者の方はお任せしても?」

「はい、私の部下を送りましょう。交渉は私の部下に任せて、私どもは対伊勢の最前線・蟹江城へ行きましょう」

「ええ」


 一益との会談後、俺は隊を率いて対伊勢の最前線・蟹江城へ入城した。蟹江城は長島のすぐ東にある城で一益が長島一揆の備えとして築いた城である。ここが北勢四十八家攻略の拠点となる。俺と一益の隊総勢5000の軍勢がここに入城し、兵糧などの準備を始めた。あとは長島一揆との和議が成立すれば侵攻を始められる。


 約二週間後、長島一揆と和議を結び俺と一益は二手に分かれて北伊勢侵攻を始めた。一益は伊勢湾沿い、俺は鈴鹿山脈側を進み近辺の城を次々と落としていく。俺は順当に武力で、一益は上手く交渉しながら城を落としていった。だが北勢四十八家、当然48家もある。一度の侵攻ではせいぜい落とせたのは十ほど。だが依然有利に戦いを進め、少しずつ北伊勢で勢力を広げていった。


 そして年は明けて1566年、俺の軍2800人で3度目の北伊勢侵攻を開始した。今度の敵は北勢四十八家最大の勢力を誇る関盛信。それと同時期、一益も四日市付近で赤堀、長野と戦をしていた。


「敵将は関氏の頭領・関盛信。副将は神戸具盛、伊勢でも有数の有力武将たちだ。戦場は荻野になるだろう。そこで敵軍5000が待ち構えている。数字上は倍ほどだが俺は決して負けるとは思ってはいない。お前たちはどうだ?」

「無論です。鉄砲隊の利もあります。将も優秀なものが多く揃っています。むしろこちらが有利とまで言えるでしょう」

「同じく」


 彦三郎と隆康の同意も得られた。悠賀と大吾もうなずいている。まあ、大吾はあんまりわかっていなそうだけど。


「では策を立てるぞ。開戦は明日だ」

「ハハッ!!」




 翌日の午後、俺は戦場になるであろう荻野の北側・鳥井戸川を越えた丘上に布陣した。敵は南西側の丘に布陣した。荻野は北・南は丘、西は山に囲まれ、中心部は平野という戦場だ。よって東側にはいつも退路を作りながら戦わないと万が一敗れた時に東側がふさがれ全滅の危機に陥ることになる。よって俺たちは東側に1番隊彦三郎と新設6番隊の市橋長利を配備した。そんな俺らに対し、敵も東側に兵を置くと予想していたのだが何と敵は南西側を陣取った。最も脱出しずらい西側にも多く兵を配備している。これはいったいどういう意図なのだろうか。


 どういう意図なのかは知らないが西側にも兵がいるとなると、俺たちはそれに対応するため西側にも厚みを作らなくてはならない。そっち側は隆康に任せた。


 その晩、敵の布陣を見て昨夜の作戦は使えなくなったため再度軍議が開かれた。


「どういう意図でしょうか、この敵の配置。明らかにおかしい。賢い将なら負けた時のことも考えて退路を準備しているはずですが……」

「彦三郎の言う通りです。まるで自分たちの勝利を疑っていないような布陣です」


 彦三郎と悠賀が地図をにらみつけて唸る。俺にもこの布陣の意図はわからない。皆が黙りこくっている中、答えを出したのはまさかの大吾だった。


「簡単ではないか。悠賀殿が言った通り、敵将は我らに絶対に勝つ自信があるのだ。それ以外にあるまい」

「な!?」

「大吾!! これはそんな簡単な話ではないのだ!! 馬鹿はすっこんでろ」


 大吾の発言に隆康がキレる。でも俺は大吾の言ったことは間違っていないように思えた。


「大吾の言う通りかもしれないですね。この地には何か策がねり込んであって、その上であの作戦ならば、納得もできます」

「俺も悠賀に賛成だ。この地であの布陣にするには絶対に何らかの意図がある。しかも失敗すれば全滅する布陣にするくらいなのだからよほどその策に自信があるのだろう」

「……だとすればどうするのですか? この地で戦闘しないというのもありかもしれませんね」

「明日は先鋒隊だけを出して様子を見ることにする。万が一、敵の策によって全滅するようなことがあれば東に逃げればいいだけのこと。こちらには退路はある。明日は各々、大きな戦闘はせず、敵の様子をよく観察しろ」

「「ハハッ!!」」


 俺の下した決断は”様子見”だった。何をしてくるのかはわからない。だからこそじっくり観察して、敵の絶対的な自信を打ち砕いてやろう。そう心の中で意気込んだ俺だがこの日の深夜、衝撃の事件が起こるのである。


「敵だ!! 敵がいるぞ!!」

「や、夜襲だ!!」

「うわっ!? 手練れがいるぞ!!」

「こ、これは!? にん‥」


 まだ開戦すらしていない、0日目の晩、俺たちの本陣は夜襲を受け、大混乱に陥った。




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