第101話 チョンマゲがダサいなんて言える訳がない

 

「大助、お前そろそろ髷を結え」


 竹中半兵衛が稲葉山城を奪う事件の少し後、桜が散り、だんだん陽射しが強くなり、現代人が冷房をつけ始めるころだった。中美濃侵攻については犬山城を足掛かりに鵜沼城・烏峰城・猿啄城をそれぞれ丹羽長秀・河尻秀隆・木下藤吉郎らが攻めていた。

 そんな状況であるにもかかわらず信長と俺は小牧山城にて囲碁で遊んでいた。その最中だった。信長がそんなことを言ってきたのは。俺は衝撃のあまり変な手を打ってしまい、信長が「まだまだだな」なんて言っている。だが今の俺は囲碁なんてどうでもいい。丁髷なんんて断固拒否、まずはその意志をはっきりと伝えよう。


「絶対嫌です」

「何故だ?」


 ここは戦国時代。髪型といえば前方ハゲ、後方で結んだいわゆる月代、丁髷が一般的である。それに対し今の俺は総髪という後ろで結んだだけの髪型である。村人や町民ならともかく武士である俺が丁髷を結っていないのが珍しいらしい。でも嫌だよ。だってあれ、変じゃん。今はもうだいぶ慣れたけど小さい頃は町行く人がみんな丁髷で笑いをこらえて街を歩いたものだ。


「絶対に嫌です。信長様の命令でも嫌です」

「だから何故だ?」


 だってダサいじゃん!! なんてその髪型をしている主人に言える訳もなく、俺は厳しめな目で信長を見るだけに留まる。


「う……とにかくお前が丁髷が嫌だということはわかった。だが正式な場では丁髷にしてもらうしかない」

「な……!? せ、正式な場とは?」

「先日、このような手紙が届いた」


 信長が取り出したのは一通の手紙。信長に手渡された手紙を開いてみると、まず宛て名は織田上総介殿、送り主は……足利義秋。どっかで聞いたことある名前だな、確か室町幕府の最後の将軍の名前じゃなかったっけ。で、内容は……この義秋の兄の13代将軍義輝が京で松永久秀と三好三人衆に殺されたので自分が将軍になりたいから力を貸せ、とのこと。それにあたり今戦闘中の斎藤氏と和解し、協力して上洛せよ、と。


「つまりこの松永久秀らに奪われた幕府を再興するために斎藤と協力して京に上れ、と」

「京の松永と三好は義栄を14代将軍として立てたそうだ。まあ、問題はそこではない」

「斎藤氏と和解、ですか」

「ああ、もうここ数十年織田と斎藤は戦闘状態にある。いきなり和議といっても難しい、だが足利将軍の意向となれば無視することもできない」

「ですが今は中美濃の拠点3つを同時に攻撃している最中です。せめて中美濃をすべて奪ってから和議にしないと……」


 和議の条件として美濃から織田勢の撤兵などを求められ、今までの犠牲が無駄になる。


「無論だ。だからこその3軍同時の強硬策に出たのであろうが。竹中半兵衛は城を返し隠居した。今美濃で厄介なのは西美濃三人衆だがこれは中美濃に来るには時間がかかる。もう数週間で中美濃は取れる」


 竹中半兵衛は城を僅か16名で奪ったかと思えば3月で城を龍興に返し、その咎で隠居した。織田としては厄介な敵が勝手に引っ込んでくれたということで嬉しい展開なのだ。そこにさらに朗報が届いた。


「丹羽長秀・河尻秀隆・木下藤吉郎ら3将により鵜沼城・烏峰城・猿啄城が落城!! 

さらに木下藤吉郎殿が加治田城の佐藤忠能を織田側に寝返らさせたと!!」

「よくやった猿!! あとは関城と堂洞城だけだ!!」


 中美濃の重要拠点3つに加え、加治田城という中濃3人衆の一城がこちらに寝返った。中美濃制圧は近い。


「犬山の勝家に使いを出せ。中美濃制圧の援軍だ」

「ハハッ!!」


 伝者に信長が指示を出す。そして俺に向きなおると、


「中美濃制圧、そして斎藤と和議を結び、義秋殿とともに京へ上る。幕府の権力を利用すれば天下を目指せるかもしれぬ。将軍様の前に出るときにその髪型ではいかんだろう? とにかくその時までに髷を結っておけ」

「……俺は将軍様の前に出ることはないのでは?」

「上洛するのにお前の力は必要だ。直々に官位を賜ることもあるかもしれぬ。ずっと会わぬ訳にはいかんだろう」

「……その時に考えます……、それより斎藤龍興は和議に応じるのでしょうか?」


 チョンマゲの話は一旦保留、ということにしてこの話が自然消滅するのを待とう。数年したら俺の髪型が今の感じで定着して織田家内で認められるようになっている、はず、そう信じたい。


「次代の将軍様の命だ。従うだろう」

「和議を結んでも禍根は残ります。特に斎藤氏とは先代の頃から戦っている関係ですし。そのことを努々忘れないよう」

「わかっている。和議を結んでも警戒はしばらく解かぬつもりだ。それに将軍様を京へ送った後、最初に滅ぼすのは美濃だ」

「もちろん、それに異論はありません。美濃の奪取は天下に向けての第一段階、必須でしょう。ですが美濃を攻めるには伊勢を取ってからの方が良いかと」

「伊勢だと? 何故だ?」

「美濃を攻めているときに後ろを攻められるからです。先日の日光川の戦いは美濃の斎藤、犬山の信清、そして伊勢の北勢四十八家が連動して動いてきました。前回は父上がいたから何とかなりましたが次はどうなるかわかりません。さらに伊勢長島には一向一揆がおり、これも友好的とは言えません」

「……一理ある。だが今は美濃で手いっぱいだ。余裕がない」

「俺が行きます。行かせてください」

「清洲の守備はどうするつもりだ?」

「尾張には一兵たりとも通さずに北伊勢を制圧してみせます。東は元康がいますから大丈夫ですよね」

「……わかった、伊勢の最前線には一益がいる。協力してきた伊勢を制圧しろ」

「は! ありがとうございます!」


 やっと……3年越しに父上の仇を討つ機会が訪れた。千種、浜田、そして赤堀。3年前尾張に攻めてきた家とその首謀者。父上を殺したんだ。全員、ただで死ねると思うなよ。

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