第88話 犬山落城と清洲急襲
その後はもう戦と呼べるものではなかった。一方的な蹂躙だ。こちらは弓と鉄砲で援護されつつ大吾と俺の精兵が敵を倒していく。それに対し敵は弓の援護も受けられず、防戦一方。そしてそれも長くはもたなかった。
僅か半刻ほどで敵総大将・織田信清を捕え、その重臣たちはほとんど討ち取った。残った敵兵は降伏し犬山城は坂井大助率いる信長方の手に落ちたのである。
そして俺は犬山城地下の座敷牢に捕らわれた織田信清に会いに来た。
着ているものは決して安くはないもののはずなのに飛んだ血と座敷牢に入っているという状況のせいでかなりみすぼらしく見える。
「む」
「織田家家臣、坂井大助だ」
「犬山織田家当主、織田信清じゃ。儂をどうする? 殺すのか?」
「信長様次第だ。そのうち信長様がここに入城される。その時までここにいて貰う。いいな?」
「負けた者の宿命じゃ。どんな罰も受け入れよう。だが一つ聞きたい」
「なんだ?」
「儂の家臣たちのことだが……」
「降伏した者の命は保障する、この言葉に嘘はない。実際あの戦で生き残って降伏した約1000人の兵士は全員、城下町にて拘束している」
「その中に、津山家晴というものは居たか?」
「津山家晴は俺が殺した。お前の差し金だろ?」
「……そうか。……あの馬鹿、死ぬなと命じたであろうに」
「あいつはお前の名前を呟いて死んでいったぞ」
「……そうか。もういい。もう行け」
家晴の最期を聞いた信清は泣くことはなかったが、肩を震わせ、手元にあった土を強く握りしめていた。俺は言われた通り黙ってその場を去った。
俺は戦の後、彦三郎と常道、隆康を清洲に戻し、俺と大吾は犬山城に滞在した。3人の隊長を戻したのは俺の元々の役割である伊勢からの進行を防ぐ役である。そして俺と大吾が残ったのはせっかく奪った犬山城が美濃勢に取り返されるのを防ぐためである。
そして犬山城落城の約2か月後、美濃へ進行していた信長が一度戦闘をやめ、木下藤吉郎らを墨俣城に置いて、信長たちは犬山城へ入城した。斎藤軍が想像より強く、撃退するのに時間がかかったせいでここに来るのに時間がかかってしまったらしい。
「お疲れ様です、信長様」
「おう、大助もな。よく犬山城を奪ってくれた。これで俺は完全に尾張を統一したのだ」
そうか、これで本当に尾張国内に信長の敵対勢力は居なくなった。尾張は完全に信長のものになったのだ。
「行くぞ、この後会議を開く」
「は! 信清の所へは行かれますか?」
「いや、いい。信清の処遇は後で決める。今は美濃だ。捕えた信清の兵はお前に預ける」
「は!」
信長は先だって犬山城の奥へ入っていく。続いて俺に話しかけてきたのは利家だ。
「よくこの城を一人で落としたな。そんなこと出来るやつなかなかいないぞ」
「まあ、結構苦労したけど何とかなったよ。この天守閣のパワーがすごくて……」
「確かにこんな立派な建物だと士気とかにも影響が出そうだな」
「そうなんだよ……まあ俺がぶっ壊しちゃったんだけど」
そう言ってそこに落ちていた鯱を指さす。利家の顔がなんか複雑な感じに変わる。驚き4割と、……わからん。
「そ、そろそろ行こうぜ」
「お、おうよ」
なんか複雑な顔になった利家と共に犬山城の大広間に向かった。
大広間に集まったのは信長と利家、長秀と清洲から駆け付けた一益、そして俺。議題はこれからの美濃侵攻について。
「この後は一益も美濃侵攻へ参加してもらう。その分、伊勢側の対策は大助に頼ることになるが……」
「問題ありません」
「そうか。犬山城には恒興を置いていく。全軍と信清の捉えた兵を連れて明日にでも清洲に戻れ」
「は!」
「美濃侵攻は引き続き俺が率いる。だが美濃の斎藤氏は強い。目標は3年だ。3年で斎藤氏を滅ぼし、美濃を手中に治める!!」
「ですがただ攻めるだけでは斎藤氏は滅ぼせないでしょう。何か策が?」
「ああ、まずは小牧山に城を建て、本拠をそこに移す。奉行は長秀、頼めるか?」
「は! お任せを」
「城が完成し次第、主要な家臣は小牧山へ移動させる。そこからが美濃侵攻の本番だ。さらに……妹の市を浅井へ嫁がせ、同盟を結ぶ。これは斎藤へ大きな牽制となるだろう」
清洲から小牧山に本拠地を移すのはともかく、市ちゃんを道具のように扱うのは気に入らないな。だがこういう文化なんだろう。信長が決めたことだ。口出しはしない。
このような形で犬山城での会議は終わる、かのように思えた。突然、会議に乱入する者が現れたのだ。
「大助様!! 大助様はいらっしゃいますか?」
「なんだ貴様! 会議中だぞ!!」
「常道!? どうした?」
いきなり入ってきた常道に怒鳴る利家。俺もこんなに慌てた常道は見たことがない。
「申し訳ありません! 緊急事態なのです!!」
「よい、申せ」
信長が許可を出し、常道が話始める。
「昨夜、北伊勢の国人の連合軍が清洲に向かって進軍してきました!! その数3000!!」
「何だとッ!?」
「何ッ!?」
「ッ!」
大広間にいた面々はその言葉に耳を疑う。驚いて立ち上がったのは俺と利家。信長も思わず表情を歪めた。
最初に冷静に戻ったのは長秀。冷静に状況を分析する。
「落ち着け、清洲には林殿や大助の部隊の多くがいるはず、すぐに清洲が落ちることはない」
「……いや、林殿は犬山落城の報を聞いてすぐに那古野に戻られた。清洲を守っていたこの私も今こうしてここにいる。つまり……」
「今、清洲には伊勢軍を迎えうてる軍はいない、ということか」
長秀の分析を一益が否定し、利家が簡潔に状況を整理した。そして導き出された結論は絶望的なものだった。
「いや、正確には俺の隊と一益殿の隊が駐屯している。あわせて1500といったところか」
「兵力差は倍、それに清洲には今、その軍を指揮できる人間はいない」
そうだ。兵数も圧倒的に不利な上、指揮官がいない。彦三郎でも厳しいだろう。あれ? これやばくね?
「クソっ!! なんでこんな時に!!」
利家がドンと畳を拳で殴りつける。それに答えたのは長秀だ。
「こんな時、だからでしょう。おそらく一益殿が清洲からいなくなるのを待っていたのでしょう。今、尾張の将はほぼ美濃側へ出払っている。清州に名立たる将がいなくなる時を待っていた、と考えるのが妥当でしょう」
「それで、今誰がその1500の指揮を取っている?」
これまで黙っていた信長が常道に問う。聞かれた常道は何故か押し黙った。
「申せ。申さねばここで首をはねる」
「……先に、大助様だけに伝えてもよろしいですか?」
なぜか常道は俺だけに伝えようとしてくる。意味が分からない。わからないがとりあえず聞かなければ始まらない。
「信長様、よろしいですか?」
「うむ」
常道が俺に耳打ちする。
「今、清洲の軍をまとめているのは大膳様です」
「え?」
父上が? 今戦ってる? なるほどね、確かにそれならすぐに名前を出せないのも納得がいく。
「常道、気を使ってくれてありがとな。大丈夫だ」
「は」
「大助、どういうことだ?」
信長が俺に尋ねる。
「今、清洲で軍を率いているのは隠居した俺の父、坂井大膳だそうです」
「ほう」
信長が一人納得したような声を上げる。だがその他の者たちは当然納得しなかった。
「どういうことだ? 大助、大膳殿は死んだのでは?」
「この前、生きて帰ってきたんだ。今は俺の屋敷で一緒に暮らしてる。もちろん信長様にも許可は貰ってる」
利家は俺の答えを聞き、信長に目配せすると信長は無言でうなずいた。利家やその他の人も一応それで納得してくれたみたいだ。
「信長様、俺は今すぐ清洲に戻り伊勢軍を撃退します。もともとは俺の役目ですから」
「ああ、俺も行く。利家、お前もだ」
「ハハッ!」
「他のものはさっきの会議通りに動け。一益と長秀は美濃攻略軍に合流、恒興はここで待機だ。信清の処遇は後で決める」
「「ハハッ!!」」
「大助、利家行くぞ!!」
「おう!!」
「は!」
俺は大吾と常道を連れて、犬山を出陣した。
ここから清洲まで全力で馬を走らせて半日、攻めてきたのは昨夜。着くのは日付が変わるころになるか。父上、それまでなんとか耐えてくれ。俺はそう願いながら馬を走らせた。
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あけましておめでとうございます。今年も今作をよろしくお願いいたします。
新年早々、能登半島で震度7の地震があり、津波、火災、土砂崩れ、地盤沈下など多くの被害が出ています。この震災で犠牲となられた方々に深く哀悼の意を表するとともにすべての被災者の皆さまに心からお見舞い申し上げます。
私自身、地震発生時、新潟県にいたため震度5強の強い揺れを感じました。私は関東に戻れていますが今も家に戻れず、避難所などで生活している人が大勢います。
私も僅かながらではありますが、Yahoo基金の令和6年能登半島地震 緊急支援募金の方に募金させていただきました。少しでも被災者の方々の役に立てればいいと考えております。これを読んでいる方の中にもこの地震に少しでも関心があるという方がいらっしゃれば是非、募金してみてはいかがですか。
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