第87話 信清の策と捕虜の働き

 犬山城主・織田信清とその一番の忠臣である津山家晴が今回の策を立てたのは敵の新兵器に鯱の一つ目が落とされて少したった頃である。


「攻めてきている信長方の将は坂井大助。浮野と桶狭間で立て続けに武功を立てた、若いですが勇猛な武将です。話によるとあの橋本一巴の育てた最高傑作だと」

「ああ、浮野の時に盛豊を討った男か」

「その通りでございます。後々のことを考えてもここで殺しておきたい武将です」

「そうじゃのう、兵力は我らの方が多い故、順当にいけば我らが誇る弓隊と重装騎兵隊で押し勝てそうであるが。問題は美濃に出て言っている信長がどれだけ早く戻ってくるかじゃが」

「ならば討つのに早さが求められますね」

「うむむ、じゃが今は謎の攻撃により天守の鯱が壊れ兵の士気が低下している。今戦うのは良くない」


 信清の頭に浮かぶのは浮野の時、坂井大助と滝川一益が敵中を突破して信長の所へ行く姿。あの戦場の中で坂井大助は一人で数百人という人を斬り、信長の勝利に導いた。明らかに異質、あれとこの状態で戦うのは明らかな自殺行為だ。


「ですが敵は明日にでも攻めてくるでしょう。橋本一巴の弟子なら鉄砲隊もいるでしょう。射程の差でこちらは遠距離戦では戦いにすらなりません」

「ならば鉄砲隊を潰さねばな。何か策はあるか?」

「……1つ、あります。この策が成功すれば敵の鉄砲隊をすべて葬り去ることができます。ただし……」

「ただし?」

「私はもうここには戻れないでしょう」

「……とにかく申してみよ。話はそれからじゃ」

「は。私が盾を持たせた歩兵と重装騎兵の一部を率いて敵の鉄砲隊を襲うそぶりを見せます。そうすると敵は近接戦闘用の部隊が出てきて私と戦おうとするでしょう」

「ふむ」

「その敵を引き付けて私は犬山城と離れたところでその敵を足止めします。その間に残りの重装騎兵や歩兵で隙だらけの鉄砲隊を襲ってください。おそらく私の隊500ほどを率いていけば敵は近接部隊のほぼすべてを出さざるを得ないでしょうから比較的安全に敵の鉄砲隊を倒すことができます」

「……なるほどのう。確かにその策ならば敵の鉄砲隊は殲滅できるであろう。じゃが敵の近接部隊をほぼすべて引き受けるそなたは討ち死にするであろうな」

「仕方ありません。ですがただで死ぬわけではありません。坂井大助が出てきたら私が刺し違えてでも殺してみせます」


 信清はこれほどに忠誠心が強い家臣を持てたことに感謝するとともに、それをここで死なせることが何よりも惜しいと感じた。だがこの策は他の者には任せられない。忠誠心がない他の者に任せたら犬山城から見えないところで大助に戦わずに降伏するだろう。ん? 降伏? アリではないか? 家晴が大助を足止めの末、降伏してゆっくりと犬山の大助の陣まで戻ってくる。その時には既に我らの勝利は確定しているという寸法だ。戻ってきた大助たちは家晴たち捕虜のせいでうまく軍を動かせないであろう。そこを襲って家晴たちを取り戻せばいい。


「家晴」

「は!」

「そなた、足止めの後、大助に降伏せよ」

「は? それは、嫌でございます。私の主人は信清様お一人だけ……」

「まあ待て。これも策のうちじゃ。~~~~」

 

 今考えたことを家晴に話す。家晴は納得したようにうなずき、続けてこう言った。


「なるほど。ですがもし我々を取り戻すときに我々を人質としたらどうしますか?」

「……その可能性もあるか。その時は……」

「私が坂井大助を殺します。その後大将不在の敵軍を皆殺しにしてください」

「……わかった。お前にこれを授ける。その時はこれで大助を刺せ」


 そう言って、短刀を家晴に差し出す。


「頼りにしておるぞ」

「は!! ありがたく。すべては信清様のために」



 それから約半日後。信清は壊れた天守から家晴が敵の近接部隊を引き付けて北東に離れていく家晴の部隊を眺めていた。残念ながら坂井大助は残ったようだ。だが今出て行ったのはおそらく敵の主力。あれくらいなら坂井大助がいても問題ないだろう。


「お前ら、出るぞ」

「「ハハッ!!」」


 そう一言だけ家臣に命令を下し、自身も角のついた兜を身に着ける。采配を握り、馬に乗って城門へ。そして丘の上から敵陣を見下す。


「む?」


 坂井大助と数百の兵が先ほど家晴たちが向かった北東に向かって走っていく。敵を引き付けて行った一の忠臣の顔を思い浮かべ思わずその名前を呟く。


「家晴……」


 だが作戦としては好都合。これは家晴の活躍を誉めるべきところだ。


「出陣じゃあ!! 無防備になった敵、鉄砲隊をここで壊滅させるぞォ!!」

「「オオオォォォ!!」」


 采配を振り、一気に丘から駆け下りる。


「味方の弓の援護を受けられる位置を走れえぇ!!」

 

 敵の意識が味方の弓隊に向いているうちに敵の鉄砲隊の横に接近し一気に横撃を仕掛ける。だが、


「射れッ!!」


 敵将の号令と同時に矢が降り注ぐ。


「ぐッ!?」

「うわッ!?」

「ギャッ!?」

 

 味方の兵が次々と倒れる。鉄砲に意識をそがれすぎていた。敵にも弓兵がいたのか。だが大した数ではない。もう敵は目と鼻の先。


「怯むな!! 進めェ!!」

「「オオオォォォ!!」」


 先頭の弓兵を自ら切り捨て、後続の道を拓く。


「一気に攻めるぞ!!」


 ここまで来れば後は近接部隊の我らが有利。ここからは我らが重装騎兵が……


 パパパァァーーン!!


 連続した銃声、周りの重装騎兵が次々と馬から落ちる。自身も頭に衝撃が走り、二本ある角の一本が折れた。


「クソッ!!」

 

 近距離でも弓と銃だけで対応してくるのか。だがここまで来て退却なんてしようものなら後ろから弓と銃を撃ちまくられるだけだ。それに家晴の覚悟を無駄にすることは出来ない。


「構うな、ここでこいつらを全員屠ってやれェェ!!」

「「オオオォォォ!!」」


 そう意気込んだ信清軍に対し、大助側の彦三郎は……


「一度引け」


 あっさりと受け流し再び距離とをった。彦三郎からしたら大助が戻ってくるまで耐えればいい。弓と鉄砲で攻撃して敵の数を減らし、近づかれたら距離を取る。

 そしてそんなことを何度かしているうちについに、


「あれが敵将・織田信清だ!! 一斉にかかれェェ!!」

「「オオオォォォ!!!!」」


 異変を感じ取った坂井大助と大吾が到着してしまったのである。



______________________________________


「何かさっきから銃声が連続で響いてないか?」


 捕虜を伴い、犬山の自陣まで帰還している途中のこと。


「そうですね。急いだほうがいいでしょうか? いまあっちに近接部隊はほぼいないでしょう?」

「彦三郎と常道なら白刃戦まで近づかれることはないだろう。それに敵も800も近接部隊を出してきているなら大した数じゃないだろうし。任せて大丈夫だろ。家晴、だっけ? お前らの他に近接部隊はどのくらいいるんだ?」

「……」


 先程からずっと捕虜の大将である家晴と名乗った武将は黙ったままだ。幸福はしたが俺たちに情報を渡す気はないらしい。でもそれは捕虜としての態度としては減点ですね。


「大吾、吐かせろ」

「任せぃ! おらぁ!!」


 大吾が後ろ手で縛られた家晴の腹を思いっきり殴る。うわー痛そう。


「喋る気になったか?」

「……」

「強情だな。大吾、もう一発」

「任せぃ、おらぁ!!」


 もう一発モロに入った。痛そう。


「……わかった、ゲホッ、話す。話すからやめてくれ」

「よし」

「我らの、重装騎兵は……だ」


 声がかすかすで聴き取れん。大吾に殴らせすぎたか。聞き取ろうと耳を近づける。


「……この時を待っていた。坂井大助ェェ!!」

「ッ!?」


 突如、短刀を取り出し俺の首を切り落とそうとする家晴。っていうか腕は縛ってただろ!? なんとかギリッギリでかわす。そして俺は反射的に銃を抜いてそのまま発砲した。

 弾丸は胸に命中。家晴の口から血が流れる。


「……無念、信清、様……」


 そしてすぐに息絶えた。主人の名を呼んで死ぬなんて武士の鑑みたいなやつだな。


「殿!? 大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。油断したな」

「申し訳ございません」

「俺の油断が原因だ。気にするな。それよりさっきから銃声や歓声が大きくなってる。この約400の兵が捕虜になって俺たちの足を鈍らせるっていうのも作戦のうちなんだとしたら信清たちにはまだ何かある。とにかく急ぐぞ。隆康はここで捕虜の見張りだ」

「了解」

「大吾、行くぞ!! 騎馬隊は全力疾走で行くぞ!! 歩兵も走ってついて来い!! 」

「は!」


 そして俺たちは馬を全力で走らせわずか10分ほどで戦場に到達した。

 そこで俺たちが見たのは重装騎兵を率いる敵大将・織田信清が俺たちの弓、鉄砲隊を襲う所。彦三郎たちは何とか持ちこたえているようだ。いや、上手くいなしているというべきか。だが彦三郎たちが俺たちを待っていたことは間違いない。そして目の前には大将首。 俺は兵たちを振り返り、刀を上に掲げて叫んだ。


「あれが敵将・織田信清だ!! 一斉にかかれェェ!!」

「「オオオォォォ!!!!」」


 この戦の勝敗が決した瞬間だった。



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 年内更新ラストです。

 今年は様々なことがありました。7月に今作を書き始め、投稿開始して1週間で前作のPVや評価を抜いてビビったことは今でも昨日のことのように思いだせます。

 今年最後ということで毎日投稿しようと思っていたのに全然出来ていないことをここで懺悔させてください……

 連日投稿してる時もあれば2週間空いたりしてる時もあって、待っている皆さんには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。なんでこんなことになっているかというとこの作品、全くストックがないんですね。基本的に書いたらすぐ(だいたい翌日の朝)に投稿しているので他の予定なんかでその日書けないと翌日の投稿が無くなるんですよね。かと言ってストックを作れるほど書く時間は無くてですね……多分来年も今年同様、不定期な投稿になるとは思いますがこれからも応援してくれると嬉しいです。

 この作品ですが皆様のおかげで投稿開始から約半年でフォロワーさん842名、ハート3196個、★418個、PV132000を記録しました。また、小説家になろうの方でもほぼ同数の評価をいただいております。

 ほんっとうにありがとうございます!! まだ描き始めて日が浅く、未熟な作者ではありますが、こんなにも応援してくれる人がいて感謝の気持ちでいっぱいです。これからも応援、何卒よろしくお願いいたします。


 では、皆さんよいお年をお迎えください。   


 

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