第85話 地に落ちた二匹の鯱とスナイパー
会議の陣幕の外には武田から連れてきた4人の新しい側付きが待機していた。
「お、お待たせ」
「いえいえ、とんでもねえっす! 当然のことっす!」
「まさか組長が一つの戦を動かす大将になるとは……でもちょっと誇らしいとこもありますね」
「お前らはあの天守見てもあんまり動揺しないんだな」
「そうっすね、確かにすごいっすけど」
「異様さで言えば甲斐の躑躅ヶ崎館も負けてない」
「そーだそーだ」
「どっちも、どっち」
「ふーん、でも他の兵士の士気が本当に落ちてるんだよね。何かいい策ない?」
「そうっすね……」
「……やはり俺らは兵を指揮した経験がないので」
「そーだそーだ」
「……永久、底辺」
悲しいこと言うなよ……でも聞く相手間違えたっていうのは否めない。
「まあ……明日までに自分で何とかするよ。一応明日開戦の予定だからお前らもしっかり休んでおけ。今日はここでいいぞ」
「は!」
「了解っす!!」
「そーだそーだ」
「睡眠、大事」
その後は布団に入ると天井を見ながらひとりで考えた。士気を上げる方法。稲生の時は父上と信長様の話をした。あの時は隊結成してすぐの初陣だったこともあって父上からの時の兵士に対して信長様に仕える理由なんかを話した。
浮野の時は一緒にがんばろーって感じだったよね。あとは銃で敵の戦闘を撃ちぬいて……それ、ありじゃね? 人じゃなくて天守の一番上についている
布団を飛び出し、持ってきた木箱を開ける。入っているのは狙撃銃。銃身が他の銃よりもとても長く、弾丸も他より大きい特注品だ。スコープに望遠機能はついていないけど見た目は完全にスナイパー。ここだけは忍術体育祭の時から変わってないじゃないかって? ガラスの加工って難しいんだよ!! 透明にできないんだよ!! 別にスコープなんてなくても俺の腕なら当たるはずだ。きっと、たぶん。
……不安だからちょっとだけ練習しとく? 思い立ったが吉日。早速スナイパーをもって一人自陣の外に出て、少し離れた小高い丘へ登る。
スナイパーを取り出し、ライトアップされた犬山城の頂点にある鯱の右側に狙いを定める。ライトアップのおかげで夜でも標的は良く視認することができた。
スナイパーは扱いの難しい武器である。遠距離で動いている人を当てるにはまずその人の行動を予測したうえで、弾速や弾道、風向きや風速などを計算して撃つ。もちろん使う銃によって癖やらなんやらも変わる。銃の整備を欠かせば弾は思うように飛ばなくなる。とにかく気にしないといけないことが多い厄介な銃なのである。
だがロマンはある。エアガンを握ったことがある人はもちろん、FPSゲームをしたことのある人やアニメや漫画でスナイパーを見た人も憧れる人は多いだろう。
そして今の俺はみんなの憧れるスナイパー、動かない鯱くらいなら暗視も望遠もないスコープでも当てて見せる。まあ今は練習で明日の朝一で当てられればいいんだけど。
とにかく狙いを定め、引き金に指をかける。そしてゆっくりと引き金を引いた。
バァァァアアァァァーン!!!!
リボルバーや火縄銃とは比べ物にならない銃声が鳴り響き、敵の太鼓の音をかき消す。そして肝心の弾丸は……鯱と城の屋根の結合部あたりに命中。そして鯱がゆっくりと屋根からずり落ちていく。
「あ、あれ? もしかして……」
鯱が一段目の屋根から落ち、その後は勢いに任せて屋根の瓦を壊し散らしながら地面に落ちていく。轟音がすると共に、犬山城の方から悲鳴やらなんやらが聞こえてきた。
「……や、やっちゃった?」
この後、轟音に飛び起きた彦三郎や常道が慌てて飛んできたのは言うまでもない。
翌日、俺の隊の1500の隊員は昨日の士気の低さはどこへやら、天守閣を見る前以上の士気の高さになっていた。け、結果オーライ。
今から飛ばす檄なんていらないんじゃないかと思うほどである。でも昨夜鯱を壊したのは俺だっていうのは知られてないからそこははっきりさせておきたい。さらなる士気の上昇も期待できるしね。
「お前たち!! 知っての通り、昨夜俺は犬山の天守閣の頂点についている鯱を破壊した!! この新兵器を使ってな!!」
俺はスナイパーを高く掲げる。兵たちの反応としてはなんだあの鉄パイプって感じだ。それに誰も俺が鯱を壊したとは信じていない様子。好都合だ。人ってのはまさかあり得ないって思っていることが起きると、発生した事象に対して必要以上に驚き、印象に深く残るのだ。
「よく見てろよ」
俺はそう言うと昨日同様スナイパーを鯱に向け、狙いを定める。
そして……
バァァァアアァァァーン!!!!
轟音が鳴り響き、弾丸は鯱に命中する。鯱は昨日同様、屋根からずり落ち瓦を壊しながら地面に落ちた。犬山城の方から悲鳴が聞こえたところまで同じ展開である。
昨日と違うのはこっちの陣営。兵たちは今起きた現象に頭がついていっていない様子だったが、10秒ほどして理解したものが現れ始めると、こっちの陣営は歓声に包まれた。
「「うぉぉぉおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」
おう、想像以上だ。だがこの好機を逃す手はない。
「こんなすげえ力を持ってる俺とその配下のお前たち、こんな最強の面子が揃っていて戦に負ける道理はねぇ!! そうだろ? お前ら!!」
「「オオオォォォ!!」」
「行くぞお前ら! さっさと倒して、今晩は犬山城で祝杯を挙げるぞ!!」
「「オオオォォォ!!」」
「全軍、出陣だァァ!!!!」
士気は最高潮。これがスナイパーパワー、略してスナパワー。
俺たち坂井大助隊の1500名は犬山城攻略に向けて一斉に動き出した。そして犬山城はこの僅か数時間後には落城することになるのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます