第77話 開戦前夜

 俺は掴んだ兵糧の量の情報を持って夜中の間に上杉の本陣である妻女山に戻った。


「兵糧の量はかるく2週間分以上はありました。兵糧が無くなるより武田が動く方が先だと思います。まだ策は決まっていないようでしたが軍議は今日も行われましたし明日も行われるそうです」

「そうか、大助はまた明日の軍議にも潜入して情報を探ってくれ。それまではここで休んでいくと良い」

「わかりました。失礼します」


 政虎に武田の本陣で調べたことをすべて政虎に報告する。今晩は久々にゆっくりと休めそうだ。

 俺が借りている天幕に戻り、装備を外していると籠を持った祈が入ってきた。


「おかえりなさい、ご主人様。戻っていると聞いたので食事を貰ってきました」

「ありがとう、助かるよ」

「任務は終わったのですか?」

「いや、また明日の夜に潜入する」

「そうですか。それにしても祈たちは戦を見に来ただけなはずなのになんでこんなことになっているのでしょう?」

「ま、まあ報酬もたくさんもらえるし良いんじゃない?」

「そうですね。尾張に帰ったら屋敷も天守閣のある城くらいにはなるでしょう」

「い、いやそれはさすがに無理じゃないかな? できたとしてもちょっとイイ感じの屋敷くらいじゃないかな。でももし家を改修するとしたらでっかい風呂をつけたいな」

「お風呂!! いいですね! 陣営には風呂がありませんから少し体がペタペタしてきちゃって……」

「俺も。よし! 帰ったら家に日の本一の風呂を作るぞ!!」


 風呂、いいな。夢が広がる。戦国時代は温泉が湧いていてそれを利用したりしている人がいたり、無理言って作った俺みたいな例外は除いてだいたいの人は蒸し風呂なんだ。


「まあそれも生きて帰らないといけませんから。また潜入するなら体力を回復させた方がいいでしょう。もう遅いですしそろそろ寝ましょう」

「だな、お休み」

「はい、おやすみなさい」


 度重なる潜入捜査の疲労感に加え、祈の優しい声色がとどめとなり俺は深い眠りに落ちた。



「ご主人様!! 起きてください!!」

「ぇ?」

「政虎様が出陣するそうです!! ここに取り残されてしまいます!!」

「大助!! 起きろ! もうみんなほとんど用意を終えてる!!」


 利家と祈の慌てる声に叩き起こされる。外はまだ暗い。4時間くらいしか練れてないんだけど。目をこすり詳しく聞いてみる。


「……出陣?」

「ああ!! 武田が動いたらしい!!」

「……なわけないだろ。武田はまだ策が全然決まってなかったはず。あれからまだ半日も経ってないんだぞ?」

「それはわからんがとにかく政虎様が出陣する!! 早く荷物をまとめろ!!」

「わかったよ……」


 一体全体どういうことだ? 武田はまだ動かないはずだけど。そもそも戦いに行くんだったら俺達行かないほうがいいんじゃないの? そんなことを考えながらも俺は寝惚け眼をこすりながら荷物をまとめる。たった4時間前に外した装備を再装着し天幕を出る。

 外はさっきと同じように天幕が多数立ったままだった。そして濃霧が立ち込めていた。


「なんだよ……皆いるじゃんか」

「天幕は残していくらしい。皆もうあっちに集まってる!!」

「?」


 天幕置いてくってどういうことだよ。戻ってくる予定があるってこと? 

 とにかく小走りで利家を追いかける。そしてたどり着いたところには上杉軍全軍が集合していた。一番前で馬に乗ってこっち側を見ているのは政虎だ。


「これより山を降り、下にいる武田軍を殲滅する!! 移動中、足音、物音を一切立てるな!! いいな?」

「「は!」」


 山を下りたところに武田軍? そんなわけない。武田は全軍で海津城にいるはずだ。


「今日、長年の因縁の相手・武田信玄を討つ!! 皆、私に力を貸してくれ!!」


 家臣たちが右腕を天高く突きあげる。声は全く出ていないのに士気が跳ね上がったのがわかる。


「全軍、出陣だ!!」


 そう政虎が宣言し、騎馬隊から順に山を降っていく。

 マジで今から戦なの? 武田にはそんな様子全くなかったのに。どういうことだよほんとに!  

 だがそれより今から戦が始まるんだとしたら俺と利家、祈はここに居てはいけない。参戦はしない。俺たちはあくまでも観戦しに来たんだ。


「利家、祈、いい感じの所で上杉軍を脱出するぞ」

「いい感じの所ってどこだよ!?」

「わかんねぇけどこのままここに居たら戦に巻き込まれる。それは信長様一の家臣の俺とその妻の祈、二番の利家的にはまずい展開だ」

「勝手に1番を取るな!! だが言ってることはわかった」

「ですが政虎様にも良くしていただきましたし……」


 確かに政虎にも短い間だったが良くして貰った。何も言わずにバイバイというのは確かに気が引ける。


「わかった、ちょっと政虎様に話をつけてくる。それで堂々と抜けさせてもらおう」

「わかった」

「了解です」

「じゃあちょっと行ってくる」


 俺は単身、先頭の政虎の所へ向かう。俺の速度ならあっという間だ。


「政虎様」

「大助か」

「我らは信長様の家臣ですのでこれ以上政虎様に同行するわけにはいきません」

「……ああ、そうだな。報酬だが……」

「いえ、武田の策を何も掴めなかったので。今回は結構です」


 さすがに武田の策を何も掴めなかったのに報酬を受け取るなんて図太い真似は出来ない。食事も寝床も用意してもらったのもあわせてチャラだろう。


「いや、働いてもらったことは確かだ。払う」

「食事や寝床も提供していただきましたし……」

「それは気にするな。私の善意でやったことだ。そもそも越後から軍に入れて連れてきたのは私の判断だしな。少なくとも大助の任務とは別件だ」

「でも……」


 信玄の二重スパイもしてたのに報酬を貰っちゃうのはさすがに悪い……!! 自分の仕事に満足もしていない。


「……わかった。本来私の流儀に反するが今は時間もない上、そこまで固辞するというなら」

「では、本当にお世話になりました!!」

「ああ、私もそなたたちと話すのは楽しかった。また越後に来る時があれば知らせるがいい。歓迎する」

「はい! またお会いできるのを楽しみにしています!」


 俺と政虎が話しているうちに山道は終わり、川にぶつかった。


「この川を渡って少しした所に武田軍が布陣している。つまりこの先は戦場になる。ここでお別れだな」

「はい」

「そなたたちの今後の活躍を祈る。では、達者でな」

「政虎様も、ご武運を」


 そう拱手をしながら言う政虎。最後までカッコいい人だな。俺もポーズまねして返事しておいた。

 そして俺は政虎と別れ、祈と利家と共に上杉軍を後にした。


 

 上杉軍は音を立てずに川を渡る。濃霧の奥にうっすらと武田の旗印が見える。警戒はされていない。

 先頭の政虎が後ろの1万3千の兵を振り返り、刀を高くつきあげる。


「信玄の首はすぐそこにある! お前達、準備は良いか?」

「「おおおぉぉぉーーーー!!」」

「ここで必ず信玄の首を取る!! 全軍、突撃だァァ!!!!」

「「おおおォォォーーーー!!!!」


 政虎の号令で1万3千の上杉軍が武田軍に襲い掛かる。


 第4次川中島の戦い。またの名を八幡原の戦い。歴史に残る甲斐の虎・武田信玄と越後の龍・上杉謙信の直接対決が今、始まった。


 

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る