第76話 越後の美女と武田の策
「マジかよ……」
美しい顔と意外にも長い黒髪。祈に勝るとも劣らない美貌に思わず目が奪われ……
「うごッ!?」
「見惚れちゃだめです。……祈がいるじゃないですか」
奪われかけた所を祈が肘打ちで阻止する。からの俺の服を掴みながらの上目遣いで俺に大ダメージが入る。
「す、すみませんでした」
「わかればいいんです」
「私としてもそなたに求婚されても困るのでな。考え直してくれてよかった」
「しませんよ!」
「それで、戻ってきたということは何か収穫を得られたということか?」
「はい、もちろんです」
俺は武田本陣で調査したこと、隊律が厳しいことや出陣している武将などについて話す。
「軍容や兵力などはわかりましたが肝心の作戦がつかめませんでした。というよりあっちも上杉軍の動きを見て動く、という方針のようで……しばらく動かないなら海津城に移動すると話していました」
「ふむ……長期戦になるか。だが我らも武田もずっとここに居る訳にはいかん。他に敵もいるしな。それに兵糧の問題もある」
「兵糧というなら兵数が多い武田方が先に無くなりそうですが」
「だがこの川中島の南はすでに武田に侵食されつつある。敵の兵糧が無くなるのを待つのはあまりいい手とは言えないだろう。だが……」
政虎は考えながら俺の方をちらりと見る。
「?」
「よし。もう一度武田に潜入して敵の兵糧の残量と新たに増えるかどうかを探ってこい」
それ次第では兵糧が無くなるのを待つっていうのもありってことね。俺ももう一度あっちに戻りたいので好都合。
「了解しました。政虎様はまだしばらく動かないのですね?」
「ああ、そのつもりだ。海津城に移動するところを攻めてもいいが信玄は隙を見せないだろうしな」
「……高く評価してるんですね。武田信玄」
「少し癪だが、これまで3回戦いあの者の戦の強さを知った。あれほど兵の扱いがうまいものは他にいない。そしてその兵たちもそれに応えられている。よく統制が取れているのだろうとは思っていたがさっきの報告を聞いて納得がいったよ」
政虎は信玄のことをよく研究しているらしい。いわゆるライバル関係という奴なのだろう。余裕があったら信玄にも政虎の評価を聞いてみたいな。
「では、俺は早く戻った怪しまれないと思うのでそろそろ行きます。祈をよろしくお願いします」
「任された」
「ご主人様、ご武運を」
武田の陣の5人組にバレずに戻った俺は隊の4人にもみくちゃにされていた。
「どこ行ってたんすか組長!! 探しましたよ」
「そうですよ! 朝起きたらどこにもいないし!!」
「そーだそーだ!」
「……何、事?」
「いや、えっとその俺、じゃなくてオイラは日課の朝のランニングをしてた、だべ」
ほんっとうに喋りずらい!!
「そんな日課あったんすか!? 一緒に行動した2週間こんなこと一回もなかったじゃないすか!!」
「そーだそーだ!」
「……気分、次第」
「そう気分次第!! 今日はそういう気分だっただけ、だべ」
「「……」」
さすがに言い訳が厳しいか?
「なぁんだそういうことなら言ってくださいよ~」
「一緒に走りたかったっす!」
「そーだそーだ!」
「……明日、走る」
「お、おう! 一緒に走ろう、だべ」
チョロいなこいつら。
その日の昼頃、俺が潜入中の武田軍は海津城に入った。
その移動中、偶然俺たちの部隊は兵糧を運ぶ部隊の護衛部隊だった。その中で運ぶ兵糧の量は確認できた。軽く2週間分はありそうだ。兵糧が無くなるのを待つのはあまり現実的ではなさそうだな。まだ増えるかもしれないし。
「上杉軍はあくまでも自らは動かないということか」
「そう聞いています」
「ふむ、ならこちらから動くほかないか。作戦を考えるとしよう」
「えっと、俺出てます」
「別に聞いていても構わんぞ?」
「えっ!? 俺が上杉方に作戦を漏らしたらどうするんです?」
「その時はその時だ」
さすがに俺に対して警戒心なさすぎじゃないか? だが聞いていいって言うんだったら聞いておこう。あくまでも信玄の側付きっていう体で会話には参加しない。話自体もあまり信用はしない方がいいだろう。
「上杉方はこちらが動かない限り動かないようじゃ。こちらから動くほかなさそうじゃ。ということで何か策のある者はいるか?」
「妻女山を囲って全方面から火矢を打ち込んで火攻めにするのはいかがでしょう?」
過激ッ!? 信繁様過激だね!?
「風向き次第ではこちらにも被害が出るな。それよりこういうのはどうだ?」
「いや、それより……」
家臣同士がそれぞれの意見を言い合う。これも武田が強い理由のひとつだろうな。
「こういうのはいかがでしょう?」
一人の隻眼の武将の言葉に家臣皆が黙って注目する。空気が変わったとでもいうのだろうか。
「軍を二つに分け、一つ目の軍で妻女山の上杉軍の後方を急襲します。そして慌てて山を降った上杉軍を二つ目の軍で待ち構えて殲滅します」
「ほう!」
「さすが、勘助殿!」
「なるほど。それなら万が一、二つ目の軍で殲滅できなかったとしても一つ目の軍とで挟み撃ちにできます。良い策のように思えますが、殿、如何でしょう?」
あの隻眼の武将、やり手だな。挟み撃ちなら負ける確率はだいぶ低い、それに慌てて逃げようとしたところなら半分の軍でも十分に殲滅できるかもしれない。
「勘助」
「はっ!!」
信玄が静かに勘助を呼ぶ。そして、その頭を引っ叩いた。
「このうつけが!! もう一度考え直してこい!!」
信玄の怒号に家臣皆が震えあがる。それはそうだ。いつも冷静に話す信玄が皆が良い考えだと思う策を出した勘助を怒鳴りつけててまで出したのだ。
「も、申し訳ありません」
「今日はこれで解散じゃ!! 明日また軍議を行う、それまでに各々策を考えておけ!!」
「は、ははっ」
「「は!!」」
家臣たちが去って行った。信玄は残った俺に話しかける。
「見苦しい所を見せたな。今見た通り我らはまだ何も決まっておらぬ。そなたはこれからどうするのだ?」
「しばらく上杉と武田を行き来しようかと考えています」
「そうか、政虎が欲しがっていた情報は手に入れられたのか?」
「そうですね、今回は兵糧の量だったので」
「そうか、では今晩も政虎の所へ戻るがいい。明日一日上杉方の策を探り明後日の早朝に戻ってこい」
「了解です」
こうして俺は再び上杉の陣営へ。
こうして武田と上杉を行き来していた俺だったが、甲斐の虎と越後の龍の直接対決までもう時間がないことを当時の俺はまだ知らなかった。
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「勘助、先程の策、素晴らしいものだ。敵の間者がいることを考慮してあんな仕打ちをしてしまった。許せ」
「と、殿。お顔を上げてください」
「明日の早朝、先程の策で上杉軍を急襲する。部隊の編制等すべてお前に任せる。いいな?」
「は!! お任せください!!」
「明日、長年の因縁の相手、上杉政虎を討つ!! そなたの力、存分に生かしてくれ!!」
「もちろんです、殿!! 政虎を討ち、明日の夜ここで祝杯をあげましょうぞ!!」
上杉政虎を討つ算段はたてられた。あとは実行するのみ。決戦は明日。
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