第73話 越後の龍と示現流
「ん」
「あ、お目覚めですか」
目を開けるとそこには祈。顔が近い。こ、これは膝枕? いや、夫婦だから。落ち着け。動揺することは何もない。
「……俺、なんで?」
「ご主人様、大丈夫ですか? ご主人様は定満様との戦いで眠り薬を使われて眠っていたんです」
「あ、そっか。勝負は?」
「ご主人様が倒れたのは勝敗の宣言の後だったのでご主人様の勝ちですね」
「そっか、勝ったのか。勝ったんだったな。それにしても強かったな」
「ええ、さすが上杉軍の忍者の長ですね」
攻撃をあてることに特化した戦闘スタイルと毒の組み合わせ。さっきのような遮蔽物のない場所ならまだしも森や町のような遮蔽物のある場所ではお話にならないだろう。強かった。
「そういえば利家は?」
俺は祈にこの場にいないもう一人の旅仲間の所在を尋ねる。
「利家様は……見たほうが早いですね。起きられますか?」
「ああ、おかげさまでな」
「なら膝枕したかいがありました」
そう笑顔で言う祈に思わず目を逸らさざるを得なかった。
祈に連れてこられたのは俺がさっきまで定満と戦っていた試合会場。多くの上杉軍の兵士に囲まれたその中で今、槍を持った利家と同じく槍を持った将が試合をしている。
「利家様の相手をしている方は
「そうなの? 聞いたことないな」
「高広殿は良い意味でも悪い意味でも有名な人なんです。良い意味というのは内政面で卓越した手腕を振るい、武勇面でも上杉軍で5本の指にはいる実力者です」
めっちゃすごい奴やん。
「で、悪い意味って?」
「いつも裏切りを画策しており、一度本当に武田方へ寝返ったことがあると」
最悪じゃねえか。すごい奴が裏切るのが一番怖いんだよ。
「ですが政虎様もその高い能力に免じて許されたようで今では奉行の地位にいると」
裏切られたのに重要職に置いてんのか。それだけ高広がすごいということか。
「あ」
「ん?」
祈が急に素っ頓狂な声を上げる。祈の見ている方向を見ると利家が高広の首に槍を突き付けているところだった。
「勝者・前田又左衛門!!」
政虎の宣言に会場が沸く。
「やっぱ利家はすげえな。5本の指の1人倒しちゃったよ」
「ですね。さすが利家様です」
「ふふ、奴は5本の指の中でも最弱……! だが定満も高広も負けたとなると上杉軍の顔が立たんな」
「あ、政虎様」
奴は四天王の中でも最弱……!みたいなことを言いながら俺たちに話しかけてきたのはこの軍の大将、上杉政虎御本人。
「大助、起きたか。体に異常はないか?」
「はい、問題なさそうです」
「よし、ならもう一度試合をするぞ」
「え?」
「このままでは軍の士気にもかかわる。お前たち二人にはこの私が直々に相手をしてやろう!!」
政虎と、俺たちが試合? へえ、面白そうだ。今を代表する武将、いや戦国時代を代表する武将の1人と直接剣を交える機会なんてそうそうない。
「はい!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!!」
俺に続き、利家もそう返事する。それに政虎は満足そうにうなずくと、剣を抜き衝撃の一言を発する。
「うむ、いい返事だ。では二人まとめて相手する。二人とも試合会場に出ろ! 義清! 審判を任せたぞ」
「は!!」
二人同時? 俺と利家を? 橋本一派の認可、”特別上忍”の称号の2つを持ってる俺と戦国でもトップクラスの槍の使い手の利家を?
さっきまでの試合を見てそれが言えるのか。絶対の自信が政虎にはある。その自信、俺と利家が打ち砕いてやる。
「利家」
「ああ、皆まで言うな。勝つぞ」
「おう」
お互いに互いの背中をたたき、会場に入る。
「準備は良いか?」
「「おう」」
俺と利家の重なった声に政虎は満足そうにうなずくと義清に視線で合図を送る。それを見てうなずいた義清が
「これより政虎様と坂井大助、前田又左衛門の試合を始める」
と宣言し俺と利家、政虎が各々の武器を構える。
「では、始めっ!!」
義清の合図で全員が同時に動き出す。俺は出来るだけ気配を消し、政虎の背後へ。利家は俺が動きやすくなるようあえて政虎に正面から戦いを挑む。政虎はその利家を迎撃すべく前に出た。
初めに攻撃を仕掛けたのは利家。必殺の槍の連撃で政虎に迫る。
「ほう、なかなかいい腕をしているな」
「何ッ!?」
何かつぶやきながらでも軽々と利家の連撃を片手でいなす政虎。利家の攻撃をこんなに楽々といなすことには驚いたが、俺たち二人を相手にするという自信からこんなこともあるかと予想はしていた。
俺と利家の二人をまとめて相手することの恐ろしさをまだ政虎は知らない。
利家が作った隙を見て今度は俺が後ろから政虎を急襲する。リボルバーを撃ちながら突進する。
「火縄銃、連射できるのは恐ろしいな。我が軍にも鉄砲隊を作ることを検討するか」
「はぁ?」
ふざけたことを言いながら、いや真面目な話かもしれないが、軽々と避けて見せる政虎。完全な死角からの攻撃だったはずなのに。
だが俺の攻撃はまだ終わっていない。火遁を地面にたたきつけ視覚と聴覚を一時的に奪ってから刀を振るう。
カキンッ!!
刀で受けられた? 馬鹿な!?
「人が一番気を抜くのは己の攻撃した直後だそうだ。それはお前も例外ではないようだな」
「ッ!!」
政虎の剣閃が俺の首に吸い込まれるように動く。やっべえ、避けきれない。
「大助ッ!!」
利家が槍を振るいなんとか攻撃を逸らし、俺はギリギリで避けることに成功する。そのまま一度距離を取り、上がった息を落ち着かせる。
「利家、助かった」
「ああ。それにしてもマジでつええな。どんな攻撃にも対応してくる」
「ひょっとしたら剣聖より強いんじゃ……」
あくまでも体感だが、剣聖と戦わせたら結構いい勝負しそうだ。
「忍術は多分通じねえ。搦め手とかも多分無理だろ。なら正面からやるしかないけど」
「それは自殺行為だろ。大助はなんかとっておきの術とかないのか?」
「ねえよ。忍者はそもそも正面から戦うものじゃないんでな。本来は暗殺や諜報が仕事だ。それに二人で絶え間なく攻撃を浴びせ続ければ絶対に隙は出来るはずだ。いや、そもそも人間として隙が無いわけがない。とにかくそれを探してそこをつくぞ」
「おう」
再び利家が槍で攻撃を仕掛ける。俺はそれに追随する形だ。利家の槍が振られる直前に俺がリボルバーを撃ち、政虎の意識を分散させる。
結果、弾丸は避けられ利家の攻撃はさっきと同様に防がれた。だがそんなことはわかっている。人数が多い俺たちが手数を増やして対応しきれなくしてやる。
利家の槍と俺の剣が交互に政虎に向けて振るわれる。まだまだ政虎は余裕がありそうだ。なら、
「利家、ギア上げてくぞ!!」
「おう!!」
さらに速度を上げる。政虎の顔に余裕の笑みが無くなった。だがまだ未だに一度も攻撃は当たっていない。だがさっきまでと違って政虎も反撃に出てこない。
「畳み掛けるぞ!!」
「ああ!! いけるぞ!!」
「”一之太刀”!!」
「ハァァ!!」
俺の”一之太刀”と利家の必殺の連撃が同時に政虎を襲う。
「お前達、私を誰だと思っている。示現流”雲耀”」
「は?」
「えッ!?」
政虎が何かかっこいいことを呟いた、と思った瞬間には負けていた。俺と利家は観客のいるところまで吹き飛ばされ、利家は気を失い俺は何が起きたのか理解できないまま義清の「勝者・政虎様!!」の宣言を呆然と聞くしかなかった。
「あの技は示現流の奥義だ。知らない技だっただろう?」
「はい、そもそも示現流というのが初耳です」
俺たちは試合後、政虎のもとを訪れて主に最後の技について聞いていた。
「示現流は確かタイという国の剣術を日本風に変えたものだ。近頃は南蛮人が多く来るようになっただろう? その中にいた者に教えてもらったのだ」
示現流というのは海外の流派らしい。どうりで知らないわけだ。さっきの技は一振りだったから”一之太刀”に近いものだと思うが真相は定かではない。政虎も詳しくは教えてくれないようだった。俺たちは諦めてお礼の言葉を述べてから陣幕の外に出ようとすると俺だけが政虎に声をかけられた。
「待て、大助。お前の忍びとしての実力を見込んで頼みがある」
「俺たちは見に来ただけなので戦に出て欲しいとかは勘弁ですよ?」
「ああ、大丈夫だ。戦闘はさせないと約束しよう」
「聞きましょうか」
「お前はこれから武田軍に潜入してその情報を私に伝えろ。もちろん、依頼料は払う」
俺を忍びとして雇いたいってことか。まあ、情報収集くらいなら引き受けても良いかな? 俺は上杉軍のことをあまり知らないし、万が一武田に見つかっても拷問して上杉軍の情報が出ることはないと踏んでのことだろう。俺も少し武田軍は見ておきたかったし好都合ではある。
「伊賀の上忍は高いですよ?」
「構わん」
「わかりました。受けましょう」
「そうか、では明日の明朝、川中島に向かって進軍中の武田軍に潜入しろ。伝達役は用意しておく」
「了解です。利家の祈は?」
「利家と祈の安全は保障する。安心していいぞ。それよりお前は任務の方を頼むぞ。情報は重要だからな。この戦はお前の働きによって勝敗が決まると言ってもいい」
「は、はい……」
これ、もう十分上杉方なのでは? 参戦した判定なのでは? そんな不安が頭によぎるのを振り払いながら俺は政虎に任務の詳細を聞いていくのだった。
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