第72話 妻女山と軒猿の首領
川中島。信濃国の犀川と千曲川の合流する三角地帯。
過去、武田信玄と上杉政虎は三度この土地で戦い、いずれも決着がつかなかった。
だが、四度目の今回、前回までと違うのは武田信玄が新たに築いた拠点、海津城があること。兵力も劣る上杉軍は厳しい戦いになることが予想された。
先に川中島に到着したのは俺たちが同行する上杉軍だった。政虎は18000の兵のうち、5000を善光寺において残りの13000を率いて海津城の南にある妻女山に入った。
「なんで海津城を攻めないんだろうな?」
「確かにそうだな。ここで海津城を攻め落とせばだいぶ有利に戦えるはずなのに」
俺の疑問に利家が同調する。それに答えたのはこの軍を指揮する政虎本人だった。
「晴信はおそらく我らがあそこを攻めたら今向かってくる軍勢で我らを挟み撃ちにするつもりなのだろう。晴信が到着するまでに攻め落とせれば確かに大きな利となるが、そう簡単に攻め落とせる城ではないように見える」
「なるほど」
もたもた城攻めはあんまり望ましくないってことね。
「焦らずとも我らはここでどっしりと構えておればよい。それがあっちにとっては一番嫌でこっちにとっては一番良いのだ」
そう政虎は言うと、おもむろに立ち上がり、
「大助、利家ついて来い。お前らの力を見定める」
刀をもって陣を出て行った。俺と利家はすぐにそれを追いかけた。
「大助は忍びで利家は武士だな? なら、”軒猿”首領・宇佐美定満!!」
「ハッ!!」
「大助の相手をしてやれ。話によると伊賀の上忍だ。心してかかれ」
「ハッ!!」
「大助。こいつは我が上杉が抱える忍者軍団、軒猿の首領だ。こいつと戦うことでお前の実力を見せてもらう。いいな?」
「はい」
政虎が連れてきたのは一人の忍び。上杉の忍び軍団の隊長……。やりがいがありそうだな。
「では、位置につけ」
政虎の指示で俺と定満が向かい合う。その周りには上杉の家臣が試合を見届けようと集まっている。
「始めッ!!」
政虎の指示で俺と定満が同時に動く。さぁ、上杉の忍者の実力を見せてもらおうか。
忍者とはそもそも真正面から戦う職業ではない。人を殺すときは暗殺が基本である。だが戦国時代になって多くの大名が忍者を使い、暗殺や諜報をするようになっていった。それに伴い忍者同士の戦いも少しずつ増えていった。そのため、伊賀の里では忍者同士の戦いの研究と訓練がされていた。その中で何よりも大切なのは相手の流派を見極めることだとされていた。それに従い俺はまず相手の流派を見極めることにした。
俺は銃を隠しつつ、刀を構える。相手は……何もせず歩いてくる!? なんだ? 挑発のつもりか? どっちにしろ歩いているだけでは流派を見極められない。仕方ない。こっちから仕掛けるか。
俺は剣術と忍術を織り交ぜ、定満に肉薄する。定満は剣で防ぐだけで反撃してこない。これなら何とか押し切れそうだ。
「ハァッ!!」
「笑止」
一気に押し切ろうと迫った瞬間、定満の刀が信じられない速度で走りすべての攻撃をはじいた。
「は?」
「なめるなよ、小童が」
今度は俺が攻められる番だ。何とか定満の攻撃を弾き、一度距離を取る。ちょっと食らっちゃった。
「ほう、今のを防ぐかよ。だが次はそうともいかないぜ?」
急接近してくる定満。これは出し惜しみしてはいられない。俺は銃を抜いて定満の胸に向けて2発、弾丸を撃ちこむ。
「んなッ!?」
定満は忍者刀と短剣で弾丸を弾く。だがその動きでわかった。
「甲賀か」
「クソッ!!」
甲賀衆。近江国甲賀の忍びの里の流派。薬術と短剣術に長ける。伊賀とはライバルと言われることもあるが実はそんなことは全然ない。
もちろん、対応もわかっている。伊賀で習った。とにかく遠距離攻撃、ただし毒の吹き矢に注意。俺の得意分野だ。
リボルバーを遠距離で連射し、リロードのタイミングは煙玉と火遁でごまかす。だがワンパターンは良くない。保正との戦いでそう学んだ。
ひたすら銃で撃ち続け、定満が近づこうとしたところを俺から急接近し、刀で斬る。
「ッ!! 上忍の我がっ!?」
「俺は伊賀の”特別上忍”だ。”特別上忍”がどんな称号か、お前ならわかるだろ? 服部や百地なんかの”上忍”との違いは自らの実力で勝ち取ったという点だ。俺の場合は上忍を3人倒してこの称号を手に入れた。”特別上忍”は上忍を超える上忍だ。俺はそんじょそこらの上忍ごときに負けない」
かなり盛ってるが戦いにおいて相手をビビらせることは重要である。実際かなりフカした俺の発言にムキになって
「言ってくれるじゃねえか!! 舐めるな小童!!」
と言い返してくる。っていうか結構いいダメージ入ったと思ったんだけどな。ピンピンしてやがる。
短刀を構える定満。その構えには先ほどのダメージなど微塵も感じさせない。だが確実にダメージは蓄積されているはずだ。そう信じる。俺の銃の使った戦い方が見切られる前に仕留める。
「ッ!!」
無言で一気に距離を詰め、刀で襲い掛かる。それをとっさに短刀で防ぐ定満。さすが甲賀の上忍といったところか。
いや、上忍にしては遅い。本当に上忍ならこんなに俺の思い通りに戦局が動くはずがない。俺が今まで見てきた上忍ってのは本当のバケモノたちだ。俺の脳裏に浮かぶのは保正とさくら、そして丹波。あの3人に比べたらこいつは弱い。上忍にしては弱い。というのが正直な感想である。
「お前、本当に上忍?」
「我はまだ本気は出してない、とだけ言っておこう」
なんやねん本気出してないって。子どもの言い訳かよ。
「そんなこと言ってる間に倒してやるよ!!」
再び距離を詰め、銃と刀の手数で押し切ろうと試みる。定満は何とか対応しているという感じだ。頑張れば押し切れそうだ。こいつ本当に上忍か?
「仕方ない、か。我も本気を出すことにする。模擬戦では使わぬことにしていたのだが……。お前、死ぬ気で避けろよ。これは毒だ」
定満が取り出したのは毒の塗ってある短刀。
こいつが上忍たる所以は毒か。なら納得だ。こいつは致命傷を負わせるのは苦手なようだが、当てることだけに重点を置くならば今まで戦ってきた人の中でもトップクラスだ。毒を前提とした戦い方なら納得がいく。
今度は一気に距離を詰めてくる定満。今度は一発でも食らったら負けだ。近距離はあんまりやりたくないな。
詰めてくる定満に対し、大きく下がって距離を取る俺。
「おいおい、逃げるのか?」
「俺にはこれがあるからな!!」
下がりながらリボルバーを構え、二発、発砲する。
「むッ!?」
定満の腕に赤いインクが付着する。保正の時もそうだったがこれでは勝負がつかない。攻撃を頑張って掻い潜ってもうちょっと近づいて撃った方がいいな。毒は嫌なんだけどさすがに模擬戦で死ぬような毒は使わないだろう。使わないよね? 使わないって信じてる。マジで頼む。
リボルバーを連射しながら突っ込む。
ヒュッ
吹き矢!? 大丈夫、当たってない。
「動きがでかくなってるぞ」
「おわっ?」
俺が吹き矢を避けたところを定満が短刀で狙ってくる。毒に意識を持っていかれすぎた。短刀はとっさに避けたが体勢が崩れ、隙が生まれる。もちろん上忍がそれを逃すはずがなかった。短剣を目にも止まらぬ速さで振るい、毒の刃が俺の喉元に迫る。
それは死ぬって!! なんとかギリギリ避けて、リボルバーで反撃する。そのまま近距離の剣戟にもつれ込んだ。
毒のプレッシャーがやばい。一撃でも食らったら負け。短剣の動きに細心の注意を払いながら定満に攻撃を加える。
そのまましばらく剣戟を続けていて、気づいたことがある。毒が塗ってあっても当たらなければただの短刀。警戒はしつつも単純な武器としてはリーチも殺傷力も低い。要するに、ビビりすぎていた。
それに気づけばあとは押せ押せだ。ひたすら連撃で反撃の隙を与えない。
「これで、終わりだ!!」
連撃からの完璧な一撃が定満の首に……。
ヒュッ
「なっ!?」
右肩に吹き矢が突き刺さる。吹き矢なんてどこに隠していやがった!? だが毒なんかが効く前に俺の一撃が……!
「”一之太刀”!!」
「んなッ!?」
俺の一之太刀が定満を捉える。定満は吹き飛び、意識を失った。
「勝者、坂井大助!!」
政虎の宣言。
「か、勝った……」
そうつぶやくと同時に体から急に力が抜ける。
(ね、眠り薬かよ……)
俺の勝利に観客が声援を上げる中、俺も意識を失った。
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