第71話 越後の龍と上杉軍

「「蟹だ――っ!!」」


 俺たちは近江を抜けて越前に到着していた。小谷城では失言をして問題を起こした利家も越前では特に問題を起こすことはなく、今俺たちは越前名物の蟹にありついていた。


「大助!! これヤバイぞ!!蟹肉が詰まってる!!」

「当り前だろ!! 蟹なんだから!!」

「ご主人様、これすごいです!! 蟹味噌が詰まってます!!」

「だろうな!! 蟹だからな!!」


 いつにもましてテンションが高い二人。はっ!? ツッコんでいたらいつの間にか蟹が5つも減っている!? 俺も食べなければ!!



 越前、加賀、越中と抜けていき、俺たちはついに上杉氏の本拠地である越後の国までやってきた。


「町がなんだか慌ただしいな」

「そうですね。きっと戦が始まるからでしょう」

「上杉軍はもう出てるのかな?」

「さぁ、どうでしょう」

「おい、お前ら!! そこをどけ!!」


 祈と町の様子について話しているといきなり怒鳴られた。慌てて道の端へ寄る。叫んだ男の方を見ると、男は道の端で跪いている。


「なんだなんだ?」

「大助、あれ」

「ご主人様、もしかして……」


 2人の目線の先には馬に乗って、白い布を頭に巻いている人物。はっきりと顔は見えないが、やせ形の美少年に見える。そしてその後ろには上杉氏の旗印である上杉笹の旗と謙信の旗印である毘の字の旗を掲げた歴戦の猛者が後に続く。


「あれが、上杉政虎……」

「なんというか、風格がありますね」

「続く兵たちも皆強そうだな」


 越後の龍の姿をこの目に移し、それぞれの感想を述べる俺たち。だが相手を見ているのは俺達だけではない。周りがみんな跪いている中、ただ近づいてくる軍を立って眺めていた俺たち3人は政虎の目にもついた。


「お前たち、この辺の者ではないな。何者だ?」

「え? え? 俺たち?」

「そ、そうなんじゃないですか?」


 突如俺たちに話しかけてくる政虎。その目は俺や利家の装備している物や祈の珍しい外見メイド服に注がれている。


「あ、旅の途中でして……」

「そうか、だが旅とは言っても貴様らは商人や町人じゃないだろう? その立ち姿は明らかに武士のものだ。どこの者だ?」


 立ち姿を見ただけで武士かどうか判断された。どこの者、という質問にどう答えるか悩む。ここで信長の名前を出した方がいいのか。だがそれは俺が答える前に利家が答えた。


「尾張の織田上総介信長の配下、前田又左衛門利家と申します」


 正直に言った。一人がこう言った以上、俺たちが嘘をついても仕方がない。


「同じく信長様配下、坂井長之丞大助」

「その妻の祈です」

「ほう、尾張の……そなたらは何故尾張からわざわざこの越後に? 旅というなら京や堺などの方が良いだろうに」

「政虎様の戦が見たくてやって参りました」


 おいーー!! そう言ったら「偵察か?」ってなるやろがい!!


「ほう、この私の戦が見たいのか。一緒についてくるがよい」


 え? ならないの? 最悪処刑コースかと思ったのに。っていうかついてっていいの? 俺たちが暗殺とかしたらどうするんだ。


「よ、よろしいのですか? というか俺たちみたいな怪しい奴がついて行ってもよいのですか?」


 思わず本人に聞いてみた。


「ああ、構わん。偵察だったとしても見られたところで私の為すことは変わらない。それに、私はそこのお前が嘘をついているようにも見えんしな」


 そう利家を指さして言う政虎。後ろの部下たちも何も言わない。


「な、ならご一緒させてもらうか」

「あ、ああ。そうだな」

「ええ、そうしましょう」


 さすがに利家もこの展開は予測していなかったようで少し驚いているようだ。


「で、ではご一緒させていただきます」

「そうか、私も話し相手が欲しかったところだ。こやつらは固くてな!!」


 そう笑いながら後ろにいたガタイの良い将をバシバシと叩く政虎。それを苦笑いで受け流すガタイの良い将。何となくこの二人の関係性が見えてきた気がする。

 とにかく、俺たちは上杉軍に同行して川中島に行くことになった。参戦はしないつもりなんだけど、大丈夫かな?



 俺たちは上杉政虎に連れられて川中島に向かっている。参戦したら問題になりそうだから参戦したくないんだけど本当に大丈夫かな? この流れで行くと絶対に上杉軍として参戦させられる気がするのだが。あとで話してみようと思う。


「この前そなたらは今川義元を破ったのだろう? その話を聞かせてくれ」


 政虎が聞きたがっているのは桶狭間の戦いの話だ。利家がそれを話し始める。


「桶狭間の戦いは今川が一方的に攻めてくるところから始まりました。家臣たちの意見は割れる中、信長様は一人寝所で”敦盛”を舞い、その後家臣たちに今川を奇襲する作戦を話しました」

「ほう、だが奇襲は敵将の位置が明確になっていないと成立しない。その上、敵に気づかれてはいけないため石膏も放ちずらい。そこはどうしたのだ?」

「それはここにいる大助にお任せですよ」


 そう利家が俺の背中をポンと叩く。


「ほう、そなたが今言った問題点を解決したと?」

「え、ええ。まあ」

「そうなんです! 大助は敵の本陣の位置を探り出すことに成功しました!!」

「しかもご主人様は桶狭間の戦いで敵将の首を3つも取ってきたんです!!」


 利家と祈が俺の功績を自慢げに話す。なんでお前らが自慢げなんだ。


「へえ、そんなこととても一人でできると思えないが……」

「そりゃあ大助は伊賀の”特別上忍”だからな!!」

「しかも”剣聖”に認められた凄腕なんです!!」


 なんでお前らが自慢げ……もういいや。


「ほう、伊賀の上忍か。しかも剣聖に認められた? 尾張にはまたとんでもない者がいるようだ」


 そんな褒められると照れちゃうよ?


「そ、そんなことないですよ。他にもすごい人はたくさんいます」

「ほう、だが”剣聖”に認められる上忍などそうそういないであろう。その実力が見てみたいところではあるが」

「え?」

「だがそんな余裕はなさそうだ。今、武田晴信が出陣したと報告が来た。我らが先に川中島に布陣したい。よってお前の実力を見るのは後回しだ」


 よく見ると山の上から狼煙が上がっている。それが合図だったのだろう。政虎は馬を急がせ、上杉軍は川中島へ。武田信玄も躑躅ヶ崎館つつじがさきやかたを出陣し、川中島へ。



 未来へ語り継がれる、第4次川中島の戦いが始まろうとしていた。



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