第64話 桶狭間の戦い(4) 今川義元
さあ義元はすぐそこだ。俺が討つ。
「ちょっと待って!! あんた義元を討つ気!?」
俺の行くさきをユナが阻む。
「そうだけど?」
「ダメに決まってるでしょ!! 今川義元を討つのは毛利新助って決まってるの!! 歴史が変わっちゃう!!」
「知るかよ!! これは戦だ。あいつを討って俺たちが勝つ。それだけだろ?」
「あんた、だいぶこっちに染まってるわね」
こっちは生まれも育ちも戦国時代だからな。
「お前も織田軍として参戦してんだろ? なら止めんなよ。それともお前、俺たちの敵なの?」
「そうじゃないけど・・・・・・、歴史が変わっちゃう・・・・・・」
「知るかよ。歴史は今生きてる奴らが作るもんだ。未来の事情で過去を強制するな」
「ッ!? あなたは未来人だから今生きてる人じゃないじゃない!!」
「いや、それが違うんだよ。俺は転生者だから」
「えっ!?」
「これでわかっただろ? もう邪魔すんなよ!!」
俺はそう怒鳴りつけ、再び義元の方へ足を向ける。
「・・・・・・て、転生者?」
残されたユナの呟きだけがその場に響いた。
「直盛が、討たれたのか」
「ああ、次はお前の番だ」
「この私を殺すと?」
「そうだ」
「やれるものならやってみろ!!」
そう叫び、刀を抜く義元。俺も刀を抜く。
「我こそは駿河の支配者!! 今川義元である!! 織田の若き将よ!! かかってくるがいい!! 源氏の血を引く武士の中の武士のこの私自ら叩き切ってくれるわ!!」
「坂井大助、参るっ!」
俺は大きく踏み込み、連撃を仕掛ける。それを刀で上手くいなす義元。
ちゃんと上手いな。歴史漫画とかだと顔が白いデブみたいな描かれ方してるけど全然そんなことはない。しっかり鍛えられてる体。見事な剣の腕。顔もイケメンだ。確かに化粧はしてるみたいだけど。
剣だけだと分が悪そうだな。一度下がるか。
「甘いッ!!」
「わおっ!?」
「”一之太刀”!!」
俺が下がろうとした瞬間、義元が大きく踏み込み、早く、的確な縦切りの一撃が振るわれる。それをとっさに刀で受ける。刀は当たった部分が見事にへし折られ、左肩に深めの切り傷が入る。そういえば剣聖は駿河に行ってたな。
「チッ!!」
「まだまだ!!」
続けて連撃を仕掛けてこようとする義元。俺は折れた刀を横に振りかぶり、
「お返しだ!! ”一之太刀”ッ!!」
「なっ!?」
義元は咄嗟に刀で受ける。刀にヒビが入る。だが、折れるまではいかない。
「マジかよ?」
「これは私の愛刀、義元左文字だからな!! そう簡単に折れはせん!!」
やばいな。もうこれ銃で遠距離から弾幕張るしかないんじゃないか? そんな武将らしくもない戦い方していいんだろうか。あんまり望ましくはないよな。
「ふーーっ」
一度深呼吸して折れた刀を構える。左手にはリボルバーを持つ。
「行くぞっ!!」
「こいっ!!」
走りながらリボルバーを3発、連射する。刀で弾かれた。そりゃそうだよね。剣聖の弟子だもん。
「ハァァァ!!」
ゼロ距離まで近づいて、リボルバーを顎下に突きつける。
「んッ!?」
義元は咄嗟に顔を上に向ける事で弾丸を回避。だが刀で腕に一撃入った。さらに続けて刀で義元を追い詰めていく。
「舐めるなッ!!」
「うおッ!?」
やられっぱなしではいられないと反撃に出る義元。
「まだそんな動けんのかよ」
「まだまだこれからだ!!」
そう言い、刀を上段に構える義元。その姿は間違いなく名将そのもの。間違いなく強敵。さっさと討って脱出するつもりだったがそんな簡単な仕事ではなかったようだ。そして何より、この勝負をどこかで楽しんでいる俺がいる。
「ああ!! 行くぞ!!」
俺は叫び、再度義元との剣戟を始める。火花が散り、鮮血が飛ぶ。
「ハアァァァ!!」
「ガアアァァァ!!」
ただひたすらに剣を振る。気を抜いた瞬間に首が飛ぶ。それは義元も同じ。極度の集中状態の二人。だがそれにも決着の時は訪れる。
「これで!!」
「決める!!」
俺は剣を横に振りかぶり、義元は大上段に振りかぶる。世界最高の剣技を発動せんと身体中の感覚を研ぎ澄ます。そして振るわれる”剣聖”秘伝の最強奥義。
「「”一之太刀”!!」」
最強奥義同士がぶつかり合い、競り合う。義元の顔には笑みが浮かんでいる。きっと俺も同じような顔をしているのだろう。力量がほぼ同じの相手。お互いがゾーンに入っている。こんな相手は滅多に出会えない。こんな戦いは二度とできない。きっと俺も義元も戦闘狂だったのだろう。こんな死闘に快感を覚えている。
そんな至高の時間は唐突に終わりが訪れる。笑みが浮かんでいた義元の顔が苦痛の色に染まり、口の端から血が流れ出る。だが俺の刀は義元の刀に抑えられたままだ。俺は何もしていない。義元のずっと俺に向いていた視線が下に落ちる。つられて俺も下を見る。義元の鎧の腹のあたりから刃が突き出ていた。
「なっ!?」
「ガフッ!!」
義元が口から大量の血が出て、その場にしゃがみ込む。そして立っている俺の視界には勝負の邪魔をした犯人の姿が映る。
「い、今川義元公。この、毛利新助が討ち取ったり!!」
「て、てめぇ」
「あ、坂井大助殿!! 義元公は私が……」
「てめぇ!!」
刀を振るう。新助の左手が地に落ちる。
「な? うわぁぁぁ!! わ、儂の腕が!! 大助殿!! 何を!!」
「何を、じゃねえ!! 俺の邪魔をしやがって!!」
「じゃ、邪魔? て、手柄の横取りというつもりか!?」
「一騎打ちに割り込むなんて言語道断!! 死んで詫びろ!!」
勝負を邪魔されたことで俺の脳内が怒りに支配される。新助に向けて怒りの”一之太刀”が振るわれる。
カキンッ!!
”一之太刀”は新助の首に届く前に刀に止められた。この場でそんなことができるのはただ一人。
「よ、義元殿?」
「だ、大助。味方を殺したら、そなたは、処分されるであろう。そなたのような、優れた、武士が、そんなことで失われるのは、とても惜しい。堪えよ」
「……」
「そなたとの勝負、最後まで、やりたかった。だがもう無理そうだ。かたじけない」
「……」
謝るなよ。お前は何一つ悪いことなんてしてない。悪いのは全部、そこにうずくまってる新助だ。
「すごく、楽しかった。あんなのは、生まれて初めてだ。最期に、我が人生の最期に、天国の、祖先にも、誇れる戦いが、できた。心の底から感謝を」
「……」
感謝なんていらねえ。俺はそんなことのために戦ってたんじゃない。
でも、楽しかったな。最後までやりたかった。
「大助、そなたは、強い。もっと鍛錬すれば、きっと、日の本一の武士に、なれる。期待、しておるぞ」
「……ああ」
「そ、そうだ。元康が、お前を探していた。何やら、家臣に加えたいと。一度、会ってみると良い」
「え? あ、ああ。わかった」
竹千代が俺を家臣に? 俺は信長の家臣だってわかってるはずだろ?
「……も、もう、限界の、ようだ。大助殿、そなたの、生き様!! しっかり、極楽浄土から見ておるからな!!」
「……ああ。わかった。…………義元殿、あなたはすごい武将だ。俺はあんまりあなたのこと知らないけど、戦って、感じた。必ず、あなたの名と武勇は必ず後世に残す。あなたは、そうされるべき人だ」
「……あ、りが、う」
義元は、涙を流しながらも笑って逝った。
永禄3年(1560年) 5月19日 駿河・遠江・三河を治める大大名・今川義元
尾張国知多郡 桶狭間の戦いで討ち死 享年42
俺は死んだ義元の首を切り落とし、布に包む。そしてそれを俺におびえている新助に渡す。
「……へ?」
「討ち取ったのはお前だ。信長様に届けろ」
「……」
「聞こえなかったか? さっさと届けろよ。お前がここにいると今すぐにでもお前を斬りたくなる」
「は、はい!!」
これで、いいんだよな? これで本来の歴史通り、毛利新助が討ち取ったことになるはずだ。俺の脳内にはモヤモヤだけが残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます