第45話 駿河の日常と友の父

「竹千代に私の”元“の字を与え、今後、竹千代は松平元信と名乗るがよい!! これからも今川の武将として励むがよい!!」

「ハハッ!!誠心誠意お仕えいたします。義元様」


 信長や千代松が稲生の戦いで信行を破ったのと同年。駿河の今川氏の人質となっていた松平竹千代は駿府にて元服し松平元信と名乗った。



 竹千代は1549年に織田氏のもとから今川氏に送られた後、太源雪斎のもとで兵法を学ぶなど、今川義元により今川の武将として育てられた。すべては今川の武将として、義元の悲願である尾張の織田信長討伐、そして京都へ入ることを助けるために。



 その2年後、竹千代改め松平元信は初陣を果たす。織田側に裏切った武将が支配する寺部城を攻めることになった。元信は寺部城を攻める拠点として生まれ育った岡崎城に入った。


「あっ」

「これは、竹千代さ、じゃなくて元信様。お久しぶりでございます」

「正信か、久しいな」


 本多正信。幼い竹千代を育てた三河武士の1人。会うのは今川氏の人質になる時に岡崎に寄ったとき以来か。


「元信様がここ岡崎から出陣されると聞いて、兵や兵糧を集めて待っておりました。皆、広忠(竹千代の父)様の時から仕えている者たちです。ぜひ、殿からお言葉を」

「うむ」


 元信は今回共に戦う1000の三河武士を見下ろし、その気迫に武者震いした。

 皆が松平家の頭領たる元信と戦えることに歓喜していた。さらに金色の鎧に身を包んだ成長した竹千代を見て感動して泣いている者もいた。


「あ、えっと……」


 こういう時何と言っていいのかわからない。兵法は習っても鼓舞の仕方は習っていない。こういう時、信長様だったらどうするのだろう?利家だったら?千代松だったら?そう考えると自然と答えは出た。


「僕が松平家頭領、松平元信だ。今回は長く父を支えてくれていた皆と一緒に戦えることを誇りに思う。まだまだ僕は未熟だから皆に助けてもらいたい。だから……その……よろしく」


 途中までは良かったんだけど、締め方がわかんなかった。だがそれでも家臣たちには十分だった。兵士たちがこぶしを突き上げ、大声で叫んだ。



 寺部城攻めは元信ら今川軍の大勝に終わった。元信の指揮、三河武士の士気の高さ、兵力、負ける要素がなかった。寺部城の他、近辺の城をいくつか取るなど戦果は大いにあった。


 その年、元信は結婚した。相手は今川義元の姪、築山殿。築山殿は可愛い、というより美しいという言葉が当てはまる美女である。元信は築山を愛し、様々な所へ連れて行った。湖、海岸、富士山を見に行ったりもした。

 その日は、駿府の街でショッピングデートをしていた。京都のような街並み。行商人もたくさん来ており様々な商品が並んでいる。2人で屋台で買った干し柿をかじり、街を歩く。


「築山、あそこによさそうな武具店がある。見てもいいかな?」

「ええ、もちろんよ」


 元信と築山はその武具店を覗いてみる。そこには本来こんな屋台に並ぶべきではないような品々が並んでいた。宝石のついた刀、金箔の施された扇、明らかに高位の武将の使う槍。ここは明らかに他の店とは異質だった。その中で元信が目を付けたのは一本の刀。宝石がついているとかいうわけではない。漆の塗られた鞘のシンプルな刀。だが他の商品とは比べ物にならない値段がついている。到底買える人なんていないような額だ。


「あ、あの店主さん。これは?」

「む、ああ。それは名刀・ソハヤノツルキだ」

「「ソハヤノツルキ??」」

「平安時代、坂上田村麻呂が蝦夷を討つときに使ったとされる”楚葉矢の剣”の写しとされている物だ」

「ほぉー!」

「元信!これいいんじゃない?」

「残念だが、これを売るつもりはない」

「え!?」

「何でよ!?」

「これは我が家の宝刀だ。尾張に帰り、息子に渡さなくてはならない。店に商品が多くある方が良いから置いてあるだけで、売るつもりはない」

「そうなんですか……。ではこの店は尾張への旅費のために?」


 置いてある商品が商人の変えるような品じゃない。訳ありなのかな?


「いや、我が坂井家の再興のためだ」

「へ?」


 坂井家?尾張。さすがに人違いだよな。


「えっと、詳しく聞いても?」

「元信?何か思い当たることがあるの?」

「ああ、ちょっとね」

「……その前に、名を聞いても?」

「松平元信だ」

「その嫁の築山です」

「松平……三河の?」

「ええ、松平広忠の息子です」

「む!?さてはそなた竹千代殿か?」

「え、ええ」

「元信、知り合い?」

「いや、知らないと思う」

「そなたになら話してもよいだろう」


 そこから元信夫妻が聞いたのは店主・坂井大膳が信長との戦に負け、命からがら駿河に逃げてきた話。それで持ってきた家財やらなんやらを売ってその金で坂井家を再興したいのだとか。持ってきたものは元織田家の家老だけあって高級なものばかり。これを売って尾張でまた戦える兵を集めるらしい。


「俺は必ず尾張に帰る!生きて息子に会うんだ!!」


 そう店主・坂井大膳は締めくくった。


「元信殿は千代松と仲良くしていただろう?協力してはくれないだろうか?」


 やはり息子というのは千代松のことだったらしい。千代松の父親、しかも尾張に行くというなら連れて行ってもいいのかもしれない。


「わかりました。千代松の父親というなら協力しましょう。尾張へはいずれ義元様が攻めることになります。その時に僕と一緒に来て千代松をこちら側へ引き込みましょう」


 信長にも恩はある。信長を攻めるのは気が引けるが、義元様にはそれと比べ物にならないほどの恩がある。だがそれでも千代松を連れてくることくらいは許してくれるだろう。


「そうか、協力していただけるか!!深く、深く感謝を申し上げる!!」


 この日、坂井大膳と松平元信は誓い合う。今川義元とともに尾張を攻め、その時に坂井千代松を手に入れる。息子と親友と再び会うために。



 元康たちの桶狭間へ続く



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る