第20話 和睦と嫁候補

「それまでッッ!!」


 俺が利家に向けて銃の引き金を引く、まさにその時だった。全員が声を発した男の方を見る。


「の、信長様」

「若殿」

「信長殿」


 この騒動の最後の主要人物、利家や恒興に俺と父上を襲わせた張本人、織田信長がそこにいた。



「利家、千代松、双方武器をしまえ」


 利家が槍を引き、俺も銃を腰にしまう。


「大膳殿、話をしよう。約束通り、和議の話だ。こちらへ。利家と千代松は怪我を治療してからこい」


 信長が父上を連れて部屋を出る。


「の、信長様!」

「ん?なんだ?」

「俺が行ったら父上が死んでるなんてことはないですよね?」


 一応の確認だ。


「ああ、心配するな。というか、そんなことしたら俺がその場で千代松に殺されるのであろう?俺はまだ死にたくないのでな」


 嘘はついていないように見える。


「信じますよ?」

「ああ、信じろ」


 そういって信長と父上は部屋を出て行った。



 俺と利家も別室に移動し、けがの治療と着替えを行う。


「いてて」


 槍の先端をつかんだ左手が痛み持っていた着替えを落としてしまった。


「大丈夫かい?千代松」


 利家が拾いながら声をかけてくれる。俺がそれを警戒しつつ受け取ると


「そんなに警戒しないでよ、俺だって千代松と戦うのは本意じゃなかった」

「それにしては本気だった気がするが?」

「それは、、千代松が想像より強くなってたから・・・加減すると負けちゃうと思ったんだよ」

「実際利家は一回負けてるしな」

「そうだね。あれが実弾だったら死んでた」


 そう笑いながらあごについたペンキを落としていく利家。


「感謝しろよ?」

「ああ、感謝してるさ。なんで実弾を使わなかったんだい?」

「それは恒興の時にも言ったろ?」

「あれ?覚えてないな?」

「言わせようとするな恥ずかしい!!」

「あはは、まあいっか。そろそろ行こう」

「ああ」


 服を着替え、けがの治療も終えた俺たちは信長と父上が待つ大広間へ向かう。



「来たか、千代松、利家。いま和睦の条件交渉をしていたところだ」

「どんな条件です?」

「千代松に伝えた条件に少々付け足していく感じだな」

「!? 大膳殿を清洲で権力そのまま置いていくということですか?それは危険です!!」


 利家が驚き膝立ちになる。それもわかる。それでは信長が常に父上の裏切りを警戒しなくてはならない。それでは天下どころか尾張近辺も支配できないだろう。


「わかっている。俺としては大膳が裏切らない確証、もしくは裏切れない状況のどちらか、もしくは両方が欲しいのだ」


 まあ当然だな。だが少なくとも後者は父上が清洲で権力を持っているうちは難しいだろう。前者はもっと難しい。裏切らない確証?そんなものはないだろう。


「信長様はそのどちらも思いついておられるのですか?」


 とりあえず聞いてみる。


「ああ、前者は例えばだが、大膳の嫁を那古野に住まわせることだ。要するに人質だな」

「母上を?」


 なるほど、確かに。それは十分な確証となりうる。自分の母親がそういう扱いを受けるというのは少々複雑な気分だが……


「もちろん、その場合、那古野で不自由ない生活を遅らせると約束する」

「他には?」

「ん?」

「例えば、とおっしゃられましたよね?ほかにも思いついているのでしょう?」

「まぁな」

「教えてください」

「千代松、お前が俺の妹と結婚することだ」

「は?」


 結婚?信長の妹?


「だからお前もあったことあるだろ?市だよ。どうだ?」

「ちょ、市ちゃんはまだ5歳とかでしょ?」


 もちろん会ったこともある。でも5歳だよ?俺が会ったときは3歳とかだったはずだ。


「珍しいことではない。数年待っては貰うだろうが・・・これなら大膳の家と我が織田弾正忠家と家の関係ができる。これも確証としては悪くない」


 いわゆる政略結婚というやつだ。っていうかお市の方ってたしか浅井三姉妹を生んだ戦国一の美女であり、悲劇の姫だって。高校で習った。

 俺が複雑そうな顔をしていると信長が


「まあ結婚となればすぐにはいかないしな。次は裏切れない状況の方だ。こっちは清洲近辺の砦や城に俺の配下の者を置く。あと清洲にも俺の配下を派遣する。大膳殿は俺の配下になるのだからな。好きに使ってもらって構わない」

「了解した」


 父上はだいぶ動きづらくなるだろうにためらいなく同意した。これは裏切らないから全く問題ないということなのだろうか?さらに加えて父上が言う。


「俺の嫁も近々那古野に送ります。くれぐれも丁重に扱っていただけますよう」


 思うところはあるが当主である父上が決めたのだ。異論はない。信長なら丁重に扱ってくれるだろう。


「もちろんだ。ようこそ、信長陣営へ」


 父上と信長が固く握手を結んだ。



 二日後、俺と祈は伊賀へ帰るため那古野港に来ていた。今回は前より見送りの人が増えている。信長、利家、恒興、父上、祈の兄の5人。

 そういえば利家と恒興に港に行く途中謝られたので気にしてないと返しておいた。二人とはこれからも友達でいられそうである。


 船が出る直前、俺と祈に話かけてきたのは祈の兄である。


「坂井千代松殿、私は祈の兄の丹羽長秀と申します。妹はちゃんとやれているでしょうか?」

「ご丁寧にありがとうございます。坂井大膳の子、坂井千代松です。祈は料理も掃除もできていつもとても助かっています」

「そうですか、それは良かったです。あの子は小さな時からいろいろな花嫁修業を受けていまして、それでもまだあの年ですから。やはり心配で」

「心配する必要はないと思いますよ。祈は僕から見たら完璧すぎる女性です」

「そうですか、なら祈を貰ってくれますか?」

「はい?」

「ちょっと兄さん!!何言ってるの!!うわっ!?」


 祈が赤い顔で兄に抗議しようと立ち上がり船から落ちそうになる。それを堤防の上にいた俺がとっさに受け止める。


「平気?」

「あ、ご主人様。申し訳ありません。ありがとうございます」

「ははは、本当にお似合いだね」

「!?」

「兄さん!?」


 その時、信長も話に入ってきた。


「待て待て、五郎左。千代松は俺の妹の市と結婚という話も出てるんだぞ?」

「ほう、殿の妹ならば仕方ない。側室でどうでしょう?」

「え?」

「なるほど、それはありだな。な?千代松!」

「え?ちょ?」


 長秀と信長が意気投合していきなり二股を進めてくる。二人の押しが強すぎて最後には「ま、前向きに検討しておきます」と言ってこの話は終了となった。


 出発の前、最後に話したのは父上だった。


「千代松、達者でな」

「はい、父上もお元気で」


 そして父上は俺の傷ついた手のひらを痛まないように注意しながら握り、頭の包帯を見る。


「今回、お前には本当に助けられた。本当にありがとう」


 そういって父上は俺に深く頭を下げる。


「父上、顔を上げてください。僕は当然のことをしたまでです」

「ありがとう。俺はお前という息子を持ったことを誇りに思う」

「僕はまだまだです。父上もこれから信長様のもとで頑張ってください」

「ああ、これからは信長様のもとで働いて、お前に誇れるような父親になっていると誓う」


 こうして父上や友達の皆に見送られながら伊賀に帰った。



 ……父上が信長様と戦をして行方不明になったと俺が聞いたのはその感動的な別れの2年半後のことだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る