第19話 利家の槍
静かな足音がゆっくりとこっちに向かって近づいてきている。明らかに足音を消そうとして歩いている感じだ。ここは那古野城内、池田恒興の襲撃の後は特に何もなく那古野城に入場できた。ここは面会までの控室。そんなここに足音を消して歩いてくる人物。警戒しない理由はない。
「父上、念のため下がっていてください。護衛の皆さんは父上の近くに」
「なんだ?何かあるのか?」
「誰かが足音を消して近づいてきています。相手は一人です。襲ってきたら僕が相手します」
銃に弾薬を装填し、近づいてくる足音に意識を集中させる。足音はこの部屋の前で止まった。
「父上、多分襲ってきます来ます。隣の部屋にでも移動してください」
「わかった。千代松、武運を祈る」
父が立ち上がり、隣へつながる襖に手をかけた時、足音が止まった側の障子が勢いよく開かれた。
障子が開け放たれると同時に現れた人影に即座に発砲する。
「うおっ!?」
まじか!?弾かれた!?的確に入ってきた男の脳天をぶち抜いたはずだった俺の弾丸は男の持っていた槍に見事に弾かれた。
「坂井大膳の護衛か?見事な腕前だ。降参すれば命は助けてやるぞ?」
その声には聞き覚えがあった。それを確認すべく男の顔を注視する。口元は隠されてるがそいつは……
「利家?」
「え?」
名前を呼ばれ今度は利家が俺の顔を注視する。
「ち、千代松?」
「久しぶりだな、利家」
「な、なんでここに?若殿に言われて伊賀に帰ったんじゃ?」
なるほどね。俺がいると父上を殺すのが困難になるからそのまま伊賀に帰るように言ったのか。俺を使者として使うのに帰ってこなくていいとか何かおかしいと思ったんだ。
「父上が襲われる可能性を考慮して護衛としてついてきた。実際、それを狙ってたんだろ?」
利家が気まずそうな顔をする。そして観念したように話しだした。
「ごめん、千代松。信長様が尾張を統一するには坂井大膳ははっきり言って邪魔なんだ。だから」
「でも暗殺は違うだろ」
利家の言葉をさえぎって言った言葉に利家が息をのむ。俺は続ける。
「正々堂々、戦で戦って決めるのならまだわかる。それならまだ仕方ないって思えるさ!! でも暗殺は違うだろ!!お前も!恒興も!!」
「千代松、恒興は?殺したのか?」
ああ、こういうところだ。利家は本当にいい奴なんだ。こんな状況でも他人の心配をするような奴なんだ。
「殺してない。っていうか殺すわけないだろ?友達だし」
「そ、そうか」
利家は安心したように息を吐く。
「それで、どうする?」
「え?」
「俺を殺すのか?」
「……殺さない。」
「でも父上を殺すのが利家の役割なんだろ?」
「……ああ」
「お前が父上を殺すというなら俺はお前と戦わなくちゃいけない」
「ああ。わかってる」
「それで、どうするんだ?」
利家に静かにもう一度問う。
「千代松は引いてくれないんだよね?」
「ああ」
そして利家は決断する。
「俺は信長様の命令に従う。これはもうずっと前に決めたことなんだ。俺はあの人についていってあの人と同じ景色が見たいんだ」
同じ景色?どういうことだ?
「信長様はいつかこの日本を統一する。その時、信長様の隣に立つのは俺だ。そのためにこんなところで躓くわけにはいかないんだ」
信長の天下統一。
「その天下統一への第一歩が暗殺?馬鹿にすんなよ?お前と信長様はそんなやり方で天下統一するつもりか?各国の有力武将を暗殺していって天下統一ってか?」
「違う!!だがこういう時もあるんだよ」
「そもそも父上は信長様に降るためにここに来た。なんで殺す必要がある?」
「坂井大膳を清洲で勢力を持たせておくわけにはいかない!」
「裏切るからか?」
「ああ、そうだ!天下を目指すなら身近に憂いを残しておけない」
「……そっか」
銃にペンキ弾を装填する。これがペンキ弾だと悟らせないように、利家に見えないように。利家が槍を構えなおす。
「利家、残念だけどここで死んでもらう。父上は殺させない」
そう堂々と虚勢を張る。
「千代松、残念だよ。お前とは一緒に信長様の天下を支えていけると思ってたのに」
そう利家も鋭くこちらをにらんだ。
利家を殺す、そう虚勢を張ったのはいいものの、利家は強敵だ。さっきだって不意打ちの射撃を槍ではじいて見せた。そんなことができたのは今まで剣聖・塚原卜伝だけだ。利家も剣聖には劣るだろうが間違いなく強敵だ。
まず実弾が入っている銃で利家の足を狙い撃つ。もちろん軽く弾かれた。さっき弾いたのも偶然じゃないみたい。だがこれで俺が本当に利家を殺すつもりでやっているように見えるだろう。俺は今撃った銃を投げ捨て、再びペンキ弾の入った銃を構える。左手には忍者刀。
「はぁぁ!!」
利家が槍を振るう。さすが利家だ。この狭い室内では槍で突くより大きく振られる方がやりずらい。ちゃんと状況を理解し、適応していると言えるだろう。その一撃を高くジャンプして避ける。忍者の里で習得した高く、滞空時間が長いジャンプ。だが、そこを狙われた。空中にいる俺に向かい利家の槍が素早く突き出される。
「もらった」
「やべっ!?」
俺は慌てて忍者刀を使い利家の槍を受け流す。が、受け流しきれずに左腕から血が噴き出た。
「どうした?千代松?忍者の里で修行してたんだろ?お前の力はそんなものか?」
うるせえな!忍者の技はだいたい殺すためにあるから今使ったらお前が死んじゃうんだよ!!とりあえず
「まだまだこれからだよ」
と返しておく。
俺は銃を腰にしまい忍者刀を両手で構える。
「千代松、俺とそれでやりあうつもりかい?」
「ああ」
そう一言返すと利家に向かって突っ込む。当然槍で応戦される。忍者刀と槍が激しくぶつかり合い、火花が散る。だがだんだんと押されていく。それは当然のことで利家は俺より4歳年上で俺と比べるとだいぶ体格差がある。現代で言うと小5と中3の喧嘩のようなものだ。
しばらく剣戟が続き押され始めたら距離をとる。これを何回か繰り返した。だんだんと俺に傷ができていくが、いまだ決め手になる一撃はお互い入っていない。俺は待っていた。絶対に弾丸が弾かれないタイミングを。
何回目かの剣戟。この時、変化が生じた。序盤はさっきまでと同じ高度な剣戟。変わったのはここからだ。今までは俺が不利になると俺が自ら後ろに下がって仕切り直し、ということを繰り返していた。今回は俺が少し押され始め、そろそろ下がるかという時に利家が大きく槍を振るった。
「おらぁ!!」
「おわっ!?」
剣で受けたのにもかかわらず後ろの襖に突っ込んだ。吹っ飛んだ先は父上がいる部屋。
「な?千代松!?」
父上の驚いた声。だがそれを気にしている余裕はない。背中がめちゃめちゃ痛い。だがそれを耐えてやらなければならない。
突っ込んでくる利家に向かって俺も突っ込む。背の低い11歳の体を生かし、床スレスレのところを走る。利家は逆に大きく飛び上がり槍を振り上げる。俺は刀を左手に持ち替え、右手で腰の銃を抜く。スライディングでジャンプしている利家の真下へ。狙いを定める。
パァァーーン!!
俺の銃から放たれた的確な一撃が利家のあごを赤く染める。だが、その直後俺の頭に強い衝撃が・・・俺は倒れた。それと同時に利家もあごにペンキ弾を受け倒れた。
「千代松?」
坂井大膳は倒れた自分の息子と息子が命懸けで倒した刺客を見比べる。刺客にとどめを刺すか迷ったが、すぐに息子のもとへ向かう。
「おい、千代松!しっかりしろ!!」
肩をたたくが息子が起きる気配はない。背中と前頭部から血が流れている。懐から手ぬぐいを取り出し、頭に巻いておく。
その時、後ろで殺気がした。慌てて振り向くと槍を持って、あごから血が流れている刺客。
「千代松もお人好しだね。俺を殺すとか言いながら使ったのはペンキ弾とは」
千代松~~~!?!?!?なんてことを!?優しい子に育ったのは嬉しいがこんな所で!!!
「さあ、死んでもらうよ、坂井大膳。千代松は殺さないから安心してほしい」
どうする?さっきの戦闘を見た感じだと俺ではかなうとはとても思えない。一歩後ろに下がる。その時、手に何かが触れた。火縄銃。さっき千代松が投げ捨てたものだ。それをゆっくりとこっちに近づいてきている刺客に向ける。
「ん?ああ、千代松の作った銃か。弾は入ってない。脅威にはならないな」
千代松を抱き、さらに下がる。刺客との距離は徐々に縮まっている。
その時だった。俺が刺客に向けた銃に俺の手の上からさらに手が握られた。その手から腕、肩とたどっていく。その手は俺の腕の中でぐったりとする息子のものだった。目が覚めたのか!!
「父上、これ」
銃を握っていたのとは反対の左手に何かが押し付けられる。
「銃の上、装填して」
それらしい穴に渡された弾丸を押し込む。
「横のレバー引いて」
言われた通りに小さなレバーを引く。
それとほぼ同時に刺客の槍が突き出される。思わず目をつむる。だがその攻撃が俺に届くことはなかった。
千代松が俺をかばった。左手で槍の金属部分をつかみ、血が流れている。そして右手の銃を刺客に突きつける。そして引き金に指をかける。
「それまでッッ!!」
その時、この一連の騒動の最後の主要人物がこの戦いにストップをかけた。
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