第13話 私を飲みに連れてって

 僕たちが飲みの話でワイワイやっていると祥子さんがいつの間にか僕の真後ろに立っていた。


「西澤く~ん、私も飲みたいなぁ~、ねっ、京子ちゃんも行きたいよね~」


 祥子さんは後ろから僕の両肩を掴んで、有無を言わさない力で揉んでくる。どこからこんな力が出るのだろうと思うくらい痛かった。京子ちゃんは向こうのテーブルで笑っている。


 僕は男3人で飲むつもりで話していたけど優斗と千早はどうだろうと伺うように二人を交互に見た。

 すると優斗も千早も少し口角を上げて僕を見てくるだけで二人とも何も言わない。ダメだというわけではないようだが何も言ってくれないので僕も黙ってしまう。


 すると「優斗さん、ダメですか?」と祥子さんができるだけしおらしく聞こえるように尋ねた。

 優斗は少し息を吐いて、「俺はいいけど、千早が」と千早に矛先を向ける。言われた千早は「私は何も言っていませんが」と穏やかに返した。


 やれやれという感じで「じゃあ、何も問題はないな、みんなで行こう」と優斗がニコっとして言ったので祥子さんは大喜びして僕の肩をゆすり「やったっ」と言って小さく拳を握って見えないところでガッツポーズをした。この人はもぅ、と思ったけど黙っている。


「西澤、ありがとう」と言われたけど僕は何もしていない。



 

 僕たちは茉莉子さんに「いってらっしゃい」と玄関まで送られ、人数が増えたのでタクシーに分乗してマリオネットに向かう。


 深夜のオフィス街は営業している飲食店も少なく人通りも少なかった。


 マリオネットは夜の部も終わり戸締りをした後のようだ。優斗は裏口の鍵を開けて先に入り電気をつけてからみんなを誘導した。


「明日は10時からでしたっけ? カフェのチーフが泥棒が入ったのかとびっくりするんじゃないですか?」千早が心配そうに優斗に言うと、


「さっき連絡しておいたから大丈夫」


「いつの間に、そういうの抜け目ないですよね」と千早は目をすがめて言った。


 人気ひとけのない店内に入ると照明が薄暗くて何だか悪いことをしているような後ろめたい妙な気分になる。カウンターに京子ちゃん、祥子さん、僕と並んで座ると何故か優斗さんが僕の隣に座った。


 あれっと思っていたら千早がカウンター内からおしぼりを優斗の掌にポンポンと叩きつけながら

「あなたこっちじゃないんですか?」と嫌味っぽく言う。


「気が変わった、清人の隣で飲むことにした」と頬杖をついて千早を見上げている。


「変なことしないで下さいよ」


「何のこと?」


「自分の胸に手を当てて考えて下さいね」


 千早がそういうと僕の手を取った優斗が自分の胸に僕の掌を当てて


「どうお?」とおかしなことを聞いてくる。


「いや、意味分かりませんけど、固いです」と僕が率直な感想を言ったら何が面白かったのかゲラゲラ笑いだした。


「ほら、そういうとこですよ」と千早は呆れたような口調で言って「はい、これ」と、僕の手を優斗の胸からはずしておしぼりを押し付けた。

 

 その後、千早は僕の横で笑っている女性陣の前に移動して二人にはとても丁寧におしぼりを広げながら渡す。


「京子さんはキツイの苦手でしたよね、今日は甘口のファジーネーブルにしてみますか?」


「えっ、はい、それでお願いします」京子ちゃんは目を見開いて千早を見た。


「祥子さんは中甘辛口でアルコール高めでも大丈夫でしたね、この前来ていただいた時に美味しいと言っていただいたニューヨークでいいですか?」


「ええもう、感激。一度きただけなのに覚えて貰えてるなんて」

 祥子さんは今にも椅子から体が発射しそうな勢いで前のめりになっている。


 そして千早は追い打ちをかけた。


「もちろん、お客様の好みはお顔と一緒に覚えますよ」


 爽やかな笑顔と共にすらすらと恥ずかしいことを言ってのける。女性陣二人の頭から湯気がでるのが見えたような気がした。


「タラシだ」


「出た天然タラシ」


「千早って昔からああなの?」


「それはもう子どもの頃から天然タラシでした」


 僕は優斗と顔を寄せ合ってヒソヒソと小声でささやき合う。気が付けば優斗の綺麗な顔が近くて慌ててしまう。僕は少し体を引いて離れたが薄暗い照明の下、頬杖をついてこちらを見ている優斗に目が離せなくなる。


 そこへ、ドンっと水の入ったグラスを二つ千早が僕と優斗の間に置いた。


「ど う ぞ、奥に材料を取りに行くので大人しく待っててくださいね」


「俺たちには何作ってくれるのかな?」と優斗が言うと「お任せでいいですよね?」と千早は僕にウィンクしながら奥に入って行った。うわっ、キザなやつと優斗が言った。


 千早がいなくなると京子ちゃんと祥子さんはお花を摘みにと言ってトイレに行ってしまったので僕と優斗の二人になってしまう。何だか落ち着かないし静かになって間が持たない。


 しばらくすると、優斗が頬杖をやめて僕に向きなおり、


「お前さぁ、俺のことよく見てるよな、あれ自覚あるの?」と真顔で見つめてきた。


「えっ、僕が優斗さんを、そんなに見てる?」僕は頭が真っ白になってしどろもどろになる。


「見てるよ、よく目が合うだろ」


「そ、それは、僕は綺麗なものが好きで、それでつい見てしまうんだと思う、多分」


「それ、本気で言ってる?」


 あれっ、僕は何を言ってしまったんだろう、答えを間違えたんじゃないだろうか?

顔が急激に熱くなって冷や汗が出てくる。


 焦ってグラスの水を飲もうとしたら、優斗がじっと僕を見て言った。


「なぁ、お前って、男としたことあるの?」 


 ぶーーーーーっ、げほっげほっ

 

 思わず盛大に水を吹いてしまう。


「し、したことって?」


 何言ってんだこいつは、僕が何で男と、それじゃあまるで僕がゲイみたい……、

あっ、そうだった。僕はゲイだと嘘をついていたんだった。


 すっかり忘れていたことを今思い出した。



つづく

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