第11話 シュークリーム

「あっ、だめっ、千早、強いって」


「このくらい平気だろ、ほらもうこんなになって」


「それ以上はダメだって、あーー、もーー、やめろって、

泡立て過ぎだよ、ボソボソになったじゃないかっ!」


 僕は千早からハンドミキサーを取り上げると千早は不満そうにボールの中で固くなっている生クリームを見る。


「キヨがつんと立つまで泡立てろって言ったんじゃん」


つのが立つまでって言ったの、やり過ぎ、雑なんだから、もう」


 僕と千早がボールを覗き込みながら喧嘩してると、突然ゲホゲホと大きな咳払いが聞こえる。振り向くと優斗が凄い顔で睨んでいた。


「ほらちゃんとしろよ、優斗さん怒ってるよ」


 僕が小声で耳打ちすると千早がくすっと笑ってチラッと後ろを振り返る。すると優斗はますます眉間にしわを寄せた。


いてるんだよ、そっとしておいてやれ」


「? シュー生地はもう焼き上がって粗熱とってるよ」


「そうじゃなくて、いや、もういい」


 千早は呆れたような顔をしてから何かを思いついたようにニヤッと笑ってハンドミキサーについたクリームを指でなぞる。


「味見して?」と僕の口に手を伸ばしてくると、いつの間にか横にきていた優斗が千早の手を取ってクリームのついた指にパクっと食い付いた。


「「えっ」」 千早と僕は一緒に驚いて声を上げる。


「あなた、何してるんですかっ!」 千早が秘書モードに戻って優斗に抗議した。


「味見してやったんだよ、これも助手の仕事だからね」 


 優斗はしらーっとして続けて言う、


「ボソボソになったホイップクリームは液体の生クリームを少しずつ入れてゆっくり全体を混ぜるといいよ、甘さが足りなくなるからまた味見して」


 味見して、のところは僕に向かって言ったので思わず頷いてしまう。そのあと優斗は千早の肩を叩いて「ほどほどに」と言って元の場所に戻る。


「そうだぞ千早、混ぜすぎなんだよ、ほどほどに、だぞ」 


 僕が追い打ちをかけると千早はちっと舌打ちしてから


「ほんと分かってないなキヨは」と僕のおでこを指ではじいた。


「痛てっ、お前だろ」と、僕はおでこを撫でながら言い返す。ほんと、何言ってんだ千早は。


 どうしてこうなったのか。事の起こりはこうである。


 カフェバー・マリオネットに行ってから約2週間後の今日は土曜日、深夜のお菓子教室の日だ。


 僕の他には同僚の京子ちゃんと祥子さんが参加している。深夜に来るのは珍しいのだが今晩は祥子さんちに京子ちゃんがお泊りをするそうでこの機会に深夜の部を体験してみたいという事らしい。


 そして教室が始まる前に優斗と一緒に来たのが千早だったのだ。千早は秘書として優斗の仕事は全て把握しておきたいと無理矢理ついてきたらしく仕事熱心なやつだと感心する。


 正直、驚いたけど千早とゆっくり話が出来ると内心嬉しかった。


 優斗は女子二人のサポートについて、僕と千早は茉莉子さんのサポートで一緒にシュークリームを作ることになった。

 

 優斗さんがつきっきりになってくれるというので女子二人ともテンションが上がっていたのだが千早の事も気になるようで二人はたまにチラッとこちらを見てはクスクス笑って話をしている。


 僕は千早に聞きたい事が山のようにあったので作業をしながら少し話そうかと思ったがシュークリームは工程が結構面倒なので世間話はほとんどできず、千早の雑さに唸りながら二人で悪戦苦闘することになった。


 茉莉子さんのサポートで何とかシュー生地は完成したのでオーブンの見張りは優斗に任せた。その間にカスタードを作り生クリームをホイップしようとしたら千早がやり過ぎて失敗して今ここに至るわけだ。



 そうこうしているうちに何とかシュークリームが完成したので一息つこうと思った矢先、同僚の二人が話しかけてきた。


「ねぇねぇ西澤君、このイケメン君とはどういう関係?」 


 いつもなら僕を呼び捨てにしているのに何故か君付けで聞いてくる祥子さん、顔が少し赤い気がするのはライトのせいだろうか。


「あら、私も知りたいわ」と、茉莉子さんまでが興味津々で綺麗な瞳を輝かせる。


「幼馴染で親友の千早です」 僕は改めて千早を紹介すると、


「はい、とても仲のいい幼馴染です」 千早は爽やかな笑顔を振りまいた。


「ふふふ、本当に仲良さそうだったわね」 


 茉莉子さんが口に手を当てて笑うと後の2人の女子も同じように笑う。


「幼馴染かぁ、それで仲がいいんだね」と、祥子さんは納得したようだった。


 優斗はその間、腕を組んでテーブルに寄りかかりながらぶすっとしてこちらを見ていて、何かいいたそうな顔をしていたが黙っている。


「千早さんはマリオネットでバーテンもされてませんでしたか?」と、京子ちゃんが聞くと


「最初はバーテンとして雇ってもらおうと思ってたんですが社長に秘書にならないかと言われて、驚きましたがいい話だったので断る理由もないですからありがたく受けることにしました」


 へぇー、そうだったのかと僕は知らなかった話を今まさに千早の口から聞くことができて女子のみんなに感謝した。


「あらそうだったのね。じゃぁ優斗さんはどうして千早さんを秘書に抜擢したの?」


 茉莉子さんが不思議そうに優斗に聞く。僕も知りたいと思った。


「俺? 千早の経歴を見たらバーテンにしておくのは勿体ないと思ったのと、あとはまぁ、秘密」


 優斗が千早を見て意味ありげに笑う。すると京子ちゃんが両手を口にやってキャっと声を上げ興奮気味な声で言った。


「秘密って何ですか、何だか禁断の匂いがしますっ」


 京子ちゃんってこんなキャラだったんだとちょっと驚いたけど言いたいことは何となく分かった。


「ふふふ、社長と秘書なんだから秘密くらいはあるでしょ」と茉莉子さんは特段気にならないようだ。


 僕はというと、意味ありげに言って目配せする二人が気にならないといえば嘘になる。二人だけの秘密というなんだか甘い言葉が胸に刺さった。


 しかしながら、二人の間に入れなくても千早とは友達だし、優斗とはお菓子好きな同志だ。少し寂しいけれど時間はいろんなことを変えてしまう。

 

 社長と秘書の関係で、たまにマリオネットでバーテンもして、今はお菓子教室にまで一緒に来ている。こんなにべったりなら仲良くなって当たり前だしそうでないとやっていけないと思う。


 子どものころ、仲のいい友達が他の子と仲良くなって僕と遊んでくれなくなったことを思い出した。悲しくて泣いた苦い思い出だ。この気持ちも多分同じ、仲のいい友達を取られて落ち込む子どもと一緒、それ以外に何かあるとは思えない。


 なのに、何故か不安になるのはどうしてだろう。

 

 僕は普段通りにできているだろうか、鏡があれば今どんな顔をしているのか見てみたいと思った。

 




 つづく


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