第10話 千早と優斗
「面倒臭いな~、なんで招待状の返事出したりすんだよ、無視すりゃいいのに」
車の後部座席に足を組んで座っている優斗は右手を頬に当てて上目遣いに後ろから千早に話しかけた。千早はそらきた、と思ったが眉一つ動かさずに答える。
「本社の社長から大事な取引先の主催だから出席するようにと釘を刺されていませんでしたか?」
「ああ、親父か、そういえば言ってたかも」
優斗はだるそうに窓の外を流れる景色を見ながらボソッと言う。窓に映った優斗は何やら思案顔で眉間にしわを寄せている。
パーティーには取引先のご令嬢もたくさん出席しているので今夜もまた優斗の周りには若い女性からご婦人までが一斉に集まるだろう。千早は優斗の秘書になってからまだ2か月しか経っていないが秘書課の先輩からいろいろと話には聞いていた。
独身で眉目秀麗な優斗にはその手の縁談話が後を絶たない。過去には付き合った女性もいたらしいが長続きはしなかったようだ。
兄の斗真さんが亡くなってからは引き継いだ仕事に専念していたせいもあり浮いた話はなかったと聞いている。
千早はその原因が清人にもあるのではないかと思えてならなかった。藍とのSNSのやり取りで清人と優斗が共通の趣味で意気投合しているのを知ってから、もう過去の事だと諦めていた感情がまたムクムクとよみがえり居ても立っても居られなかったのだ。
千早も優斗と同じく女性と付き合ってはみたが誰とも長続きしない。その原因は清人に対する想いがあるからだ。
清人が女性と付き合って結婚するならまだしも、何かの間違いで男と関係を持つようなことがあるなら、俺でもいいじゃないか、いや、俺じゃないと我慢できないと千早は思う。
「で、見城千早くんは西澤清人くんとはどういう関係?」
考えていたことを見抜かれたのかと思うタイミングで清人の名前が出たのでわずかばかり動揺した。
「幼馴染ですよ、仲のいい」
仲のいい、余計な一言だとは思うが言わずにいられなかった。修行が足りないなと自省する。
「と、言っても高3になる前に私は転校しましたから会うのは9年ぶりです。連絡もしてなかったですし」
ルームミラー越しに優斗と目が合う。
「連絡とってなかったんだ? 仲良しなのに?」
「まぁ、いろいろありまして」
「いろいろって?」
「いろいろです」
優斗は目をすがめて千早を見る。
「本人に聞こうかな」
「気になるならそうしてください、キヨからは何も出てこないと思いますけどね」
当たり前だ、キヨは何も分かっていないのだから。聞かれても同じように仲のいい幼馴染としか答えないだろう。
「それにしても意外でした。優斗さんは他人に余り興味がないように見えたんですがキヨのことは気になるんですね」
「気になる、か。多分あいつが羨ましいんだと思う。自分の好きな事を好きだと言える自由があって、楽しそうにお菓子を作って美味しそうに食べて。いつまでも子どもみたいな、それでいて芯はしっかりしてたり」
ああ、分かる。清人の真っすぐな性格は昔からで裏表がなくて純粋なんだよ。よく分かってるなこいつ。
「俺もあんなふうに好きなスイーツを作っていられたなぁって時々思ったりするわけ、今日みたいな出たくもないパーティーに、なぁ、どっかばっくれねぇ」
「何言ってるんですか、ばっくれるとか、下品な言葉は止めて下さいね」
いつになく素直に自分を出す優斗に千早は少し戸惑いながらも出来るだけ穏やかにたしなめると優斗がため息まじりに言う。
「俺も清人と飲みたいなぁ」
「一緒に飲んだことないんですか?」
「ないよ、お前あるの?」
「ないですよ」
「じゃあ、俺が先に一緒に飲む、決め、わぁあ、危ねーな、おい」
千早はハンドルをわざと左右に振って車を揺らした。
「失礼しました。ウサギが飛び出して来たので」
「嘘つけ、首都高にウサギが住んでるわけないだろ」
千早はそれには答えずにまっすぐ前を見据える。
「もうすぐ着きますのでお行儀よくして下さい」
「俺は幼稚園児か」
後部座席できちんと座りなおしながら文句をいう優斗が面白いのでつい立場を忘れて軽口をたたいてしまう。
「なんだかんだ聞き分けがよくて上司というのを忘れていました」
「おまっ、ふざけんなよ」
「ひょっとして私の事が好きなんですか? なるほど、それで清人とのことが気になるんでしょう、腑に落ちました」
「お前バカなのか? やっぱり清人の友達だけあるな、思考が斜め上過ぎて理解できねぇわ」
「褒めていただきありがとうございます。私と清人は通じ合っていますので、って痛い痛い」
ガンガンッ 優斗が運転席のシートを後ろから蹴りまくる。
「うわっ、あなた何するんですか、正気、かよ、このっ」思わずいつもの言葉になってしまう千早。
「仮にも社長に向かってその口はいただけないな、お前がお行儀よくしろ」
う~、千早は眉と目を一緒に吊り上げながら冷静さを何とか取り戻しその後は無言でホテルの駐車場に入る。
「着きましたよ、社長」
「分かった」
二人は何事もなかったかのように社長とそれに付き従う秘書に戻る。
優斗はパーティー会場に行くエレベーターの中で今から葬式にでも行くかのような顔をしていたが千早は見なかったことにした。
今夜のパーティーでも優斗はきっと注目の的だろう。車の中とはまるで違う貴公子のような優斗を後ろから眺めながら千早は心の中でため息をついた。
つづく
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