第9話 カフェバー・マリオネット
優斗のカフェバー「マリオネット」はオフィス街にあるので日曜の夕方には割と空いている。閉店時間もいつもより早めなのでそれを知っている常連客は日曜は避けるので藍を連れていくのは今日が最適な気がした。
「今日は優斗さんいるんでしょ、何飲もうかなぁ楽しみ~」
「さぁ、あいつのことはよく分からないからなぁ、言っておくけどカクテル作ってくれるのは圭吾さんっていう人だからな」
「優斗さんは作らないの?」
「あいつはスイーツしか作らないよ」
「そうなんだ。へぇ~」
「酒は飲めないらしいぞ」 多分だけど。
「嘘だー」
藍は何を根拠に言っているのか知らないがあり得ないという顔をしていた。優斗も見た目だけでいろいろ決めつけられて可哀そうだなと思った。そういう僕も優斗の事は知っているようで知らないが。
そうこうしているうちにマリオネットに着く。夕方の店内は外から見ると少し暗く落ち着いた雰囲気だ。藍は少し気後れしていたが入ってみると思ったより明るくてお洒落な内装に安心したようだった。お客さんはテーブル席にカップルが一組いるだけだ。
「圭吾さん、こんばんは」
僕がカウンターにいる圭吾さんに挨拶すると振り返って軽く会釈を返してくれる。横にいる藍をチラッと見たので、すかざす「妹の藍です」と僕が先に紹介した。別に誤解されるのはいいけど妹を彼女と思われるのは避けたい。
「こんばんは」と笑ってはいないけど優しく圭吾さんが言うと
「ひゃっ、カッコいい」と藍が僕の後ろに隠れながら呟いた。まぁ仕方ない、カッコいいもんな。
圭吾さんが「どうぞ」とカウンターの席を勧めるので藍を座らせてから回りを見まわして聞いてみる。
「優斗さんは今日は出てるんですか? 昼間は用事があるとか言ってましたけど」
「俺ならいるぞ、なんだ会いたかったのか?」
カウンターの奥から優斗がぶっきらぼうに言いながら出てくると僕と藍は同じタイミングで息をのんだ。
髪を後ろになでつけてしっかり縛った髪は昼間のようなゆるさがなく、きりっとしていて隙がない。藍が「ぱねぇ」と言ったような気がして思わず肘でつつく。
「なんだよ」
僕らの反応に照れたような、いや、すねたような顔をした優斗が何だか可愛く見えてしまいゴシゴシ目をこすってしまった。
「今日、何があるんですか? 凄く、その、」
藍が言いたいのは分かる。どう見てもこれからパーティーに行く格好だ。背の高い優斗がタキシードを着こなしている様子はどこかの高貴な人みたいだった。
「ちょっとしたパーティーだよ、うちの家はまぁ、そういうのが好きな家系に縁があってな、兄貴がいないから、仕方なくだ。めんどくせぇ」
優斗は一気にまくし立ててから
「清人、悪いな。藍ちゃんも、せっかく来てくれたのに相手できなくて」
僕は清人と呼ばれて驚いた。いつもは「おい」とか「お前」なのに。僕は恥ずかしくなって目をそらしてしまう。
「べ、別にいいですよ。カクテルを飲みに来ただけですから、な、藍」
僕は優斗にも無意識に敬語でしゃべっていた。気が付くと藍は椅子から飛び降りてスマホを掲げている。
「優斗さん、写真撮っていいですか?」返事を待たずに撮りまくる藍に僕はあちゃーっとなった。
「あっ、圭吾さんも入って下さい。うわー、二人並ぶと破壊力が~~」
案外ノリのいい優斗は圭吾さんの横に並ぶ。背の高い二人が並ぶと絵になった。何だか、いけないものを見ている気分になる。圭吾さんは無表情だけど素直に藍の方を向いている、これもサービスの一環なのかな?
二人を遠慮なくパシャパシャ撮りまくってから僕に顔を向けた藍は
「お兄ちゃんと優斗さんが並んだとこ撮りたい」と恐ろしいことを言いだす。
僕は嫌ともいいとも言えずに藍を見て固まっていた、その時だ
「優斗さん、そろそろ行かないと遅れますよ」
唐突に誰かの声が割り込んできた。それは聞き覚えのある声だった。
「あ、ああ、そうだな。もうそんな時間か」と、優斗が振り返った方を見るとそこに千早がいた。
「千早っ?」
パリッとしたダークスーツに身を包みどこかの御曹司みたいな出で立ちの千早はすっと優斗の側に付いた。
一体何がどうなっているんだ? 僕はあんぐりと口をあけて間抜けな顔をしているに違いない。状況が呑み込めないのは藍も同じようだった。
「えっ、千早くん、こっちに帰ってきたのは知ってたけど、えっ、どういう事なの?」
「千早は俺の、いや私の秘書だよ」
優斗が自分の事を私って言った。初めて聞いた。急にかしこまった態度になった。というか千早が優斗の秘書だって? 意味が分からない。二人が並んでいるのがとても嫌だ。
何だろう、優斗の雰囲気と話し方が知らない人みたいで嫌なんだ。
きっと僕が知らないもう一つの顔。
僕は見ていられずに二人から視線を外すと藍がスマホで写真を撮った音がした。きっと二人を撮ったのだろう。
「優斗さん、遅れます。行きましょう」
「ん? ああ、じゃあ、藍ちゃん楽しんでね、清人も」
清人と言われて目の端で二人をとらえると千早が嫌そうな顔をしていた。怒っているみたいだ。なんで千早が怒るんだろう。あんな顔するんだ、僕は心臓がシュンと縮まった。
二人がいなくなった後、圭吾さんに促されてカウンター席に座った僕らはそれぞれにカクテルを作ってもらう。何だか凄く飲みたい気分だ。
そういえば優斗の苗字って曽野宮だったな。ひょっとしたらあの曽野宮グループの? まさか、優斗って? それとなく圭吾さんに聞いてみようと思ったら藍が先に口を開いた。
「優斗さんってこのお店のオーナーだけじゃなくて他にも何かやってるんですか?」
「はい、曽野宮グループ系列の飲食チェーンの社長です。斗真さん、亡くなったお兄さんの後を継ぎました。まだ若いのに頑張ってらっしゃいます」
「そうなんですか、凄い人なんですね。で、お兄ちゃんは結構長い付き合いなのに知らなかったんだ?」
「そんな話、しないし。会うのは教室の時だけだし」
「ふーん」
藍はしらーっとしてさっき撮りまくっていた写真を確認し始めた。僕は気になっていたことを圭吾さんに聞く。
「優斗さんと一緒にいた千早のことはご存知ですか?」
「ああ、千早くんは先月かな、面接を受けに来たのは。優斗さんが気に入られて秘書にしたって言っておられました。彼はカクテルの知識もあるのでこちらでバーテンもたまにやってますよ」
あの爽やかなバーテンダーっていうのは千早のことか! なるほどな。それにしたって何で僕に何も言ってくれないんだ。
「藍、千早と連絡とってたって言ってなかったか?」
「うん、お兄ちゃんと優斗さんの話はしてたよ、でもまさか優斗さんの会社に転職したとは知らなかった、びっくりだよね」
転職先の事は藍も知らなかったのか。千早のやつ……。あんな、昔からの知り合いみたいな雰囲気出しやがって。幼馴染は僕じゃないのか。
優斗も優斗だ、何だあれ? くっそ、今日は飲んでやる! ブツブツいう僕を横目に藍がスマホの写真を見ながら憐れそうな顔をして言った。
「お兄ちゃんってバカだよねぇ」
「はぁあ?」
はぁー、と溜息をつく藍を見ながら、溜息つきたいのはこっちだよ!と
2杯目のカクテルを呷る僕だった。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます