第8話 スイートポテトチーズケーキ

「今回はサツマイモでスイートポテトチーズケーキを作ろうと思います」


 にこやかに言う茉莉子さんは今日も綺麗だ。


 今日は日曜日の午後で本来なら僕は参加しないのだが、助手の優斗が来られないので僕が代わりに助っ人に来た。


 茉莉子さん一人でも大丈夫なのだけど、優斗は茉莉子さんの事となると本当に心配性なので僕で良ければと引き受けた。僕はどうやら優斗から信用されているらしい。


 昼間は真夜中と違ってほとんどが女性の生徒さんだ。今日に限って男は僕一人、半数くらいは知らない人なので肩身が狭い。何だか視線を感じて硬直していたら見知った二人組から声をかけられた。


「こんにちは、清人くん、今日は助っ人なんだね」黒髪ロングの京子ちゃん、同期の可愛いメガネっ子。


「ちわっす、西澤、よろしくなっ」ベリーショートの祥子さんは営業部の先輩、さっぱりした性格の美人である。


「うん、よろしく」


 二人は会社の同僚で仲良しだ。僕の紹介で今年の1月に教室に入ってきた。何度も参加しているのでもう手慣れたものだ。僕は彼女たちに「後でね」と声をかけると二人とも小さく頷いてくれる。


 他の生徒さんは優斗がいないと知りがっかりしていたが茉莉子さんが僕を皆に紹介してくれると和やかな雰囲気になったのでとりあえずほっとした。歳とか聞かれるとちょっと恥ずかしくなる。


 いつもは藍から貰ったうさぎのエプロンをつけているのだが今日は優斗がこれにしろとしつこく押し付けてきた黒いサロンエプロンを身に着けている。我ながらちゃんとして見えたのでこれにして正解だったかもしれない。

 茉莉子さんからも「良く似合ってるわね」と言って貰えたので嬉しかった。


「では始めましょう」

 

 まずは生徒さんにレシピと手順が載ったプリントを渡して茉莉子さんが手短に説明をする。質問はないようなので皆それぞれに取り掛かってもらう。


 サツマイモは前もってふかして柔らかくし生クリームと混ぜてペースト状にする。常温にしたクリームチーズと砂糖、卵を混ぜた中にサツマイモのペーストとカスタードクリームを入れて混ぜ、その後にコーンスターチを入れてさらに混ぜる。


 僕と茉莉子さんは生徒さんの様子をそれぞれに見て回る。僕は初めて会った生徒さんにも気軽に話しかけられて世間話なんかもした。と言っても大半は優斗のことを聞かれるのだけど。


「優斗さんのカフェバーには行った事ありますか? 凄くお洒落でランチも美味しいですよねぇ。いつもいっぱいだけど」


「はい、何度か行った事ありますけど気取ってなくて居心地がいいですね。ただ昼間は混んでいるのでゆっくりできませんけど」


「そうそう、夕方早めとか深夜ならゆっくりお酒を楽しめるけどランチは混んでるから私はもっぱら遅くに行ってるわ、一人でも気楽だし」


「深夜なら優斗さんもいるしね~」


「優斗君もいいけど、私はバーテンダーの圭吾さんのファンよぉ、あの無口で大人な雰囲気。出してくれるカクテルがこれまた極上なのよ~」


 優斗のカフェバーは亡くなったお兄さん、つまり茉莉子さんの旦那さんの斗真とうまさんが経営していた店のひとつだった。相続の際に店舗はほとんど売却して現金にしたが一つだけは残して優斗が継いだというのをチラッと聞いたことがある。

 

 ただ他にも株やら不動産はあるらしくて茉莉子さんが困らずに生活できるだけの蓄えはあるようだ。それが心配の種を増やしている原因でもあるのだろう。


 話に出てきた圭吾さんというのは、お兄さんがオーナーだった頃からいるチーフバーテンダーだ。物静かだけど色気のある大人の男という感じで歳は確か35とか言っていたような気がする。

 

「ちょっと、圭吾さんの話は止めておいた方がいいよ」と、一人の女性が言った。


「あっ、そうだね」と、もう一人の女性は茉莉子さんの方をチラッと見ながら口に手を当てて黙る。


 僕はなんだろうと少し気になったけれど深く追求するのはいけないような気がしてやめた。




「皆さん、生地ができあがったら型に流し込んで焼きましょう」


 茉莉子さんが言うと生徒さんはそれぞれケーキ型に生地を流し込む。余熱したオーブンに入れ30~40分焼いたら出来上がりだ。しかし、ベイクドチーズケーキは一晩寝かさないといけないので粗熱が取れたら各自持ち帰って冷蔵庫で寝かせることになる。


 なので今日の試食はきのう茉莉子さんが作っておいたスイートポテトチーズケーキを皆でいただくことになった。


 僕は京子ちゃんと祥子さんと一緒に座ってスイートポテトチーズケーキを堪能する。チーズケーキというより、しっとりしたスイートポテトという感じだ。濃厚だけどただのスイートポテトより軽くて食べやすい。


「美味しい~~」京子ちゃんは少しずつ上品に食べながら嬉しそうに言う。可愛いなぁ。

 

 僕も一口食べてみたら「おいひい~」と間抜けな声を出してしまい、祥子さんがゲラゲラと僕を指さして笑った。恥ずかしい。


「ところでさぁ、優斗さんのカフェバーに新しいバーテンダーが入ったじゃない?」


 祥子さんが当然知ってるよねっていう風に聞いてきたけどあいにくと僕は知らなかったので、


「いや、僕は知らないです」と答えると、


「あ、そうなんだ。最近、新しい人が入ったんだけどさぁ、これがイケメン爽やか君なのよぉ。ねっ、京子もそう思うでしょ?」


「ああ、はい、凄く素敵な方でした」


 へぇ、そうなんだ。優斗とはそんな話はしないので全く知らなかった。実は今日の夜、藍を連れてカフェバーに行く予定になっているけど、そんな話は聞いていない。


 そういえば一人辞めてから忙しくて大変そうって茉莉子さんが言ってたな、これで少しは優斗も楽できるのかなと、ふと思う。まぁ僕にはそんな話はしてこないので気にしても仕方ないことだけど。


 それよりも、茉莉子さんがスイートポテトチーズケーキをお土産にくれたので母さんや藍が喜ぶだろうなと、そっちの方に気を取られていたので新しい人のことは余り気にならなかったのが本音だ。





つづく

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