第6話 クッキー甘いかしょっぱいか

「お邪魔しま~す」

 

 千早は元気よく母さんに挨拶してから2階にある僕の部屋に上がる。明るくて屈託がないところは大人にも受けがよく、うちの家族はみんな千早が好きだ。

 家に帰るまでカバンを持ってくれるし今もそっと座らせてくれたりと毎度のことながら優しい。

 

 僕は自分のカバンの代わりに千早あての紙袋を持たされたけど。ほんと、モテるよな。ふふっと笑っていると千早が僕のおでこに手を当ててくる。


「具合はどうだ? おばさんに言うの忘れてたけど」


「あっ、ああ、なんか治ったみたい」


 僕はすっかりお腹が痛いという事を忘れていた。千早の手が冷たくて気持ちいいなと目を伏せたらすっと手を外される。


「なぁ、千早の好きな子って誰? 僕の知ってる子?」


「えっ、な、内緒」 千早は少し動揺したように返事をした。


「えっ、何で?」


「なんでも」


 僕は質問を変えてみる。


「その子とは両想いなんだよね? 相手の子も千早が本命みたいだし」


 千早は目を見張る


「なんで本命だって思うんだ?」


 あっ、しまった、本命ってなんで僕が知ってるんだ? おかしいだろ。


「あっ、いやその、手作りっぽかったから、ほら、本命にはそういうもんだろ」


 千早は納得したように、「そうだといいな」と笑った。


 笑顔が眩しくてなんだか僕が照れてしまう。くそっと思ったのもつかの間、

母さんの声で血の気が引く。


「清人ぉ~、このクッ」


「わぁあああああ」僕はとっさに声を上げて部屋から飛び出した。


 ダダダダダダッ


 電光石火の勢いで階段を駆け下りてクッキーを乗せたお皿を持った母さんを制止する。母さんが持っているのは千早が今持っているクッキーと同じものだ。


「ど、どうしたの? これ千早くんにと思って、清人が焼いたクッ」


「わーー、もう、黙って黙って」


「なんなの?」


「千早は甘いもの食べないから」


「ええっ、昔から甘い物出してたじゃない?」


「大人になったんだよ、だから、お煎餅と緑茶がいいと思うんだ」


「それ、一気に年取ってない?」


「あいつ、ああ見えて結構年寄りくさいんだよ」


「そ、そうなの?」


 困惑している母さんからお皿を奪って僕はクッキーを食器棚に隠す。


「後はやるから、大丈夫だよ」


「分かったわ、じゃあ後はお願いね、私はちょっと出てくるから」



 僕は緑茶を淹れお煎餅と一緒に部屋へ持って上がった。


「ごめん、待たせた」


 一応涼しい顔をしてるつもりでテーブルの上にお煎餅とお茶が乗ったお盆を置く。


「大人になったって何?」


「えっ、聞こえてた?」 僕は焦ってお茶をこぼしそうになる。


「おっと、危ないなー、火傷するぞ」


 千早は素早く手を出して僕の手をかばうように湯呑を取り、心配そうに


「お湯かかってないか?」と聞く、本当にいいやつだ。


 千早は普段からこんな感じで誰に対しても同じように気遣いと優しさをみせる。

 そして、知らないうちにどんどんとファンを増やし今や天然タラシと言われているのだが本人はそのことを全く知らない。


「ん? ああ、大人ってとこだけな、それより、キヨもクッキー食べないか?」


 千早は袋から例の瓶を取り出してクッキーを一つ摘まみだした。なんで今ここで食べようとするかな? 家で食べたらいいのにと思いつつ、僕が作ったクッキーは美味しいと言ってもらえるだろうかと、そっちの方が気になっていた。


「いやダメだろ、一人で食べなよ、その、彼女に悪いじゃん」


「そうか、少しくらいいいだろ?」


 そう言いながら自分の口に一つ放り込んでサクッと食べる、小さいからすぐに溶けてなくなるのが見ていて分かる。

 僕は心配でチラチラとその様子を見てしまう。そんな僕をどう思っているのか分からないが千早は横目で見ながら2つ目も口に放り込んだ。


「マジ上手いぞこれ、いくらでも食べられる」


「良かっ、ゴホゴホッ、良かったな」あぶねー、喜ぶところだったよ。


 千早はにんまり笑いながらまた一つ取り出して今度は僕の口に押し付けてきた。


「キヨも食べろ、はい、あーん、おい、口開けろよ」


 なんだこいつ、やけに強引だな。僕はギュッと口を閉じて抵抗してやった。

 その時、階段を誰かが上がってくる音がする。きっと藍だろう。


「あっ、あ、」すぽっ


 僕が藍と言おうとして開けた口に千早の指ごとクッキーが押し込まれた。ちょっ、なに考えてんだこいつ、ゆ、指、僕は咄嗟に頭を後ろに引いて千早から離れた。


「お兄ちゃ~ん、誰か来てるの? 食器棚にあるクッ」


「わぁあああああああ」また僕は叫んでドアに一瞬で飛びつき素早く部屋の外に出て後ろ手でドアを閉める。


 そして藍の口を手でふさぎながら一緒に階下に降りて行った。訳が分からないまま連れて行かれた藍は下までくると僕に蹴りを入れてきた。


 ボゴっ、

 痛ってーーー。


「何すんのよ、変態」


「ごめんごめん、食べていいけど部屋に持って行ってからな」


「分かった。それよりお兄ちゃん、友達来てるんじゃないの? 出さないの?」


「出さない!」


 僕がきっぱりそういうと藍は目を丸くしたけど何か言われる前に千早の元に戻ることにした。それにしたって何で僕がこんなに気を遣わないといけないんだよ。

 

 千早にクッキーを渡した本命って一体誰なんだ? ますます僕は知りたくなった。



つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る