第5話 チョコチップクッキー

 僕は小学生の頃から料理が好きで特にお菓子作りに興味があった。中学生になると一人の時でも火を使うのを許してもらえたので料理本を参考にあれこれ作ってみたり。なかでもクッキーは簡単で美味しいのでよく作るようになった。


 妹の藍は料理にはあまり興味がなくバレンタインに友チョコを配る時くらいしかお菓子は作らなかった。定番はカップケーキ、しかも割と適当だ。


 今年のバレンタインに僕と一緒に茉莉子さんの料理教室に行ったのは美味しいマフィンが作りたいという建前で実のところは茉莉子さんがどんな人なのか興味があったに違いない。


 だがしかし、そこで会った優斗の方が強烈に印象に残ったようで優斗のカフェバーに連れていけと煩い。次の日曜日にでも連れて行ってやろうと思っているが今は内緒にしておこう。


 僕は粗熱のとれたチョコバナナマフィンにラップをして冷凍庫に入れる。食べない分は冷凍しておけば好きな時に食べられる。


 それにしても、あの時のバレンタインは酷かったな……。




 それは僕が高2の時のバレンタイン前日だった。同じクラスの仲のいい女子でお菓子作りが共通の趣味である紗友里さゆりから僕に大至急チョコチップクッキーを作って欲しいと電話がきたのだ。


 理由を聞くと紗友里の友達が本命相手のクッキーを焼いた後に入れる予定だった瓶の口がサイズに合わずクッキーが入らないとパニックになっている。だけど新しく焼くには材料もないし、気力もないと紗友里に泣きついてきたらしい。


 当の紗友里はというとこれまた自分のことで手一杯で余裕がない、材料を持っていてすぐに作れるのは清人しかいないと僕に白羽の矢が立ったのだった。


 普通ならなんで関係ない僕が作らないといけないんだとすぐに断っていいと思うのだが、紗友里には弱みを握られている。


 それは僕がお菓子作りが趣味というのを皆に内緒にしているからだ。紗友里とは製菓専門のお店でばったり会って意気投合したといういきさつがある。


 電話の向こうで「お願いお願い」と何度も言って頭を下げている様子が想像できて紗友里の友達の事は知らないけど紗友里が気の毒になって僕は了承した。


 凄く喜んでくれたけど、クッキーにチョコチップを入れろの円形でサイズは直径3センチ以内でとか、やたら注文が多くて初めから僕が作ると想定していたような準備のよさが癪に障ったのを覚えている。


 そうして、僕は指定通りのチョコチップクッキーを作った。


 普通のチョコチップクッキーとマーブルチョコレートを入れたカラフルなものと2種類だ。サービスにちょっといたずらしてやった。

 そして出来上がった2種類のクッキーは保存袋に優しく入れて乾燥剤も忍ばせる。

 紗友里に渡すのはバレンタインの朝、すなわち翌日の朝だ。



 当日、僕はいつもより早く家を出た。教室で紗友里に誰にも見られずにチョコチップクッキーを渡すためだ。


「おはよう」

 教室に入ると紗友里はすでに待っていた。一人だ、友達はいない。まぁいいや。


「キヨ~、ありがとう」

 紗友里は申し訳なさそうに駆け寄ってくる。


「別にいいよ、はい、乾燥剤も入れておいたよ」

 僕は手提げ袋を差し出す。


「さっすがっ、キヨ、気が利く~~」

 紗友里は手提げ袋を受け取って中を見た。


「チョコチップクッキーだね、あれ? 珍しいのもあるね、可愛い。友達喜ぶよ」


「友達って誰なの?」


「あー、ごめん、ちょっと言えないんだ、ホントごめん。埋め合わせはするから」


 紗友里は僕に手を合わせてごめんなさいをするので別にいいやと僕は肩をすくめてみせる。


「欲しいお菓子の本があるから、あれでいいかなぁ」とうそぶいてやる。


 紗友里は敬礼しながら「OKつかまつる、この度は感謝する」と変な日本語を言って教室を出て行った。


 

 そして、放課後、事件が起きた。あくまで個人的な事件ではあるが。


「キヨ~~、帰ろうぜ~~」


 千早がたくさんの手提げ袋を提げて僕の教室にやってきた。うわ、この野郎、いっぱい貰ってやがる。と心の中で毒づく。


「さすが千早だなモテモテじゃないかっ」


「まだあるんだけど持ちきれないからロッカーに入れてある」


「なんだそれ、呪われろー」


「あはははは、嘘だよ、これで全部だ」


 千早はいつになく浮かれていた、毎年のことで慣れているはずだし去年なんて不機嫌になっていたくらいなのに。


「なんだ、いいことでもあったのか?」


「ああ、好きな子から初めて貰えた」


「えっ、好きな子って誰? そんな子いたの?」


 全然知らなかった、千早はモテるけどつき合っているというのは聞いたことがなかったからだ。


 「まぁな。見てみるか?」


 そう言って一つの袋から出したのは透明の瓶に入っているチョコチップクッキーだった。


 えっ? なにこれ、凄く見覚えのあるマーブルチョコレートが入った、瓶入りのクッキー。


 僕は目をこすって何度も見てしまった。これって僕が作ったクッキーとそっくりじゃないか。いや、まさか、こんな偶然ってあるか? クッキーの形、大きさ、チョコレートの配置。おまけにマーブルチョコレート入りだよ? 全部同じなんてありえない。僕は急に胃が痛くなる。


「どうした? 顔色が悪いぞ」


 千早が心配して僕の顔を覗いてきたので焦って変な声になる。


「いや、その、急にお腹が痛くなってきた、痛たたた」


 なんだよ、紗友里の友達って千早が本命だったのか! バレたらヤバい、ヤバすぎる。千早がこんなに喜んでいるのに作ったのが男だなんて、しかも僕。


 紗友里は知ってたのか? あいつ何考えてんだよ、僕と千早の友達関係が壊れてしまうじゃないか。


「キヨ、大丈夫か? 早く帰った方がいいよ、送っていくから早く帰ろう」


 僕が何も言わずにお腹を押さえているので千早が心配して僕を抱えて帰ろうとしてくれる。僕は「大丈夫、一人で帰れる」と言ったが、有無を言わさずに連れて帰られてしまった。


 どのみち家は近くなので目的地はほぼ同じだったのだが。


 そして僕の家につくと出迎えた母さんが、

「あらっ、千早くんじゃない、上がってらっしゃい」と嬉しそうに言う。


 そして千早はとびきりの笑顔で、


「はいっ、遠慮なく上がらせてもらいます」


 おいおいおい、上がるのかよ、と僕はかなり困ったことになったと本当にお腹が痛くなったのだった。



 


つづく

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