第3話 浮気


「田中管理官、凶器の包丁から星野さんの指紋は出たんですか?」

 明石が問うと、

「確認してみよう」

 田中管理官はスマホで鑑識課に電話をかけた。間もなく鑑識課の人が、タブレット端末を持ってやってきた。


「参考人の指紋と一致しました」

 タブレットの画面を示して、鑑識課の人は言った。


「ほかの人物の指紋は出なかったのかね?」

田中管理官の問いに、鑑識課の人は頷いた。


「もう自白した吐いた方がいいんじゃないか?」

 刑事の追及に、星野さんは泣きながら首を横に振って否定した。


「彼女の包丁だから、彼女の指紋が出るのは当たり前なんですがね」明石が食らいつく。「不自然な点はないですか? 例えば検出された指紋が少なすぎるとか」


「どういうことだね?」

 田中管理官が尋ねると、明石は答えた。

「真犯人がいたとしたら、手袋をして犯行に及んだ場合は別として、指紋を丁寧に拭き取るでしょう? それから彼女に握らせる。すると指紋はつくけど、その前に日常使っていた彼女の指紋は拭き消されているので、やけに少ない数の指紋しか検出されない」


「いや、そういう不自然さはないですね」

 鑑識課の人が答えると、今度は取り調べの刑事が噛みつく。

「だから、そもそも二人しかいない密室で、真犯人もくそもないだろうってんだよ」


「それではもう一つ」

 明石は刑事を無視して鑑識の人に言った。

「マグカップの内側と被害者の胃の中から睡眠薬が検出されないか、それとアパートのドアノブのロック部分の指紋も調べてください」


「検死は今やってる最中だから、まだどうなってるかわからないけど、ドアノブの指紋ならもう確認していて、被害者と容疑者のもの以外は検出されてないよ」

鑑識課の人はそう言って、タブレット端末でドアノブから検出された指紋を見せた。


明石はそれを見て、

「これがドアノブの内側のロック部分から検出された指紋ですか? 指紋が重なっているように見えますが、最後に触ったのが被害者と星野さんのどちらなのか、わかりますか?」

「この重なり具合だと、最後に触ったのは被害者だね」


 そのとき、星野さんはハッとした表情で言った。

「それは変です。昨夜私は私の鍵でドアを開けて、彼を中へ入れてから、自分でドアロックしたんです。彼は昨夜はドアロックしていません」


「記憶違いじゃないのか?」

 刑事がどうでも良さそうに言う。

「後で被害者が、ちゃんとロックされているか確認したのかも知れんし。それに、そんなことはたいした問題じゃないだろう? むしろ、やっぱり密室だったことが証明されたことになる」


「細かいことが気になるのが、僕の悪い癖でしてね」

 あっ、これは『相棒』の杉下すぎした右京うきょうのモノマネだ。明石、今日はノリノリだな。

「最後にドアロックに触ったのが被害者だった。これには何か意味があると思いますよ」


 刑事はもはや呆れたような顔をしていた。そのすきに、明石が星野さんに尋ねた。

「最近、彼氏の様子に変わったところはなかった?」


 星野さんは少し考え込んで、

「最近、以前より優しくなっていたような気がします」

「それはなぜだろうね?」

星野さんはちょっと黙り込んだ後、小さな声で答えた。

「もしかしたらですが・・・彼は浮気していたのかも知れません。それを隠すために、私に優しくしていたのかも」


「何か証拠は掴んでるの?」

「・・・彼のバッグを覗いてみたことがあります。その・・・コンドームが入っていたんです」

「それは君と付き合っているんだから、普通のことなんじゃないか?」

「いえ、彼は私のアパートにストックを置いていたんですよ。だから持ち歩く必要はないはずなんです」

「・・・なるほど」


「勝手に取り調べしないでもらえるかね?」

 刑事はますます苛立っている。しかし明石はお構いなしだ。


「田中管理官、被害者のスマホは押収してありますか? できればその中の連絡先リストを出力して欲しいんですが」



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