第2話 取り調べ


 明石と僕、それにミステリー研究会のメンバーと、なぜか中学生の佐山美久までもが、星野さんの案内で彼女のアパートまでやって来た。


 現場はアパートの2階の部屋だという。


「サークルメンバーはわかっていると思うが」明石がみんなに言う。「現場げんじょう保存のために、階段の手すりや外壁に触るのは厳禁だから、みんなは下で待っててくれ。僕と星野さんだけで中に入る」


 明石が僕を誘わないのは、僕が死体が苦手なのを知っているからだ。サークルメンバーは納得していたが、なぜか中学生は不満そうだった。



 二人がアパートの中に入ってから約5分後、二人して外廊下に出てきた。


「包丁で刺されて死んでいた」明石がみんなに説明する。「これから警察を呼ぶから、みんなは余計なことに巻き込まれないように、一旦帰ってくれ」


 僕が残るのは、暗黙の了解だった。僕はワトソンの役割だから。


「状況から考えて君が重要参考人、つまり容疑者ということになる」明石が星野さんに言った。「だが君の犯行じゃないというのなら、あとは僕に任せてくれ」


 それから明石はスマホで電話をかけた。

「明石といいますが、捜査一課の田中管理官をお願いします」

 所轄署じゃなく、直接県警本部の田中管理官にかけやがった。まあ、その方が話が早いんだが。



 1時間後、僕たちは所轄署の取調室にいた。

 重要参考人の星野さんが取り調べの対象になっていて、テーブルを挟んで向かい側に所轄署の刑事、その後ろに田中管理官と明石と僕が座っていた。


「何が起こったのか、順を追って話して」

 刑事に促され、星野さんは説明を始めた。それによると、事の次第は次のとおりであった。



 昨夜8時頃、彼女はアメフトの練習を終えた彼と落ち合い、彼女のアパートへ向かった。二人ともお腹がすいていたので、途中でスーパーに寄って惣菜を買った。


 アパートに入って晩ご飯を済ませた後、二人でソファーに座り、動画サイトの動画を観ていた。その時に、彼が冷蔵庫から冷やしておいたカフェオレを出してきて、二人で飲んだ。


 その後、急に眠くなってしまい、寝落ちしたようだ。目が覚めたのは次の日の午後だった。


 そのとき、ソファーの上に血のついた包丁が転がっていて、彼の方を見たら、胸を刺されて死んでいた。それでどうしたらいいのかわからなくなって、明石に助けを求めに来た。



「それは変だよね?」刑事が追及する。「被害者は君の彼氏なんだろう? 救急車を呼ぼうとは思わなかったのか?」


「だって、明らかに死んでいたんですよ」星野さんは泣きそうになっている。「大量の血が流れていたし、顔色は血の気がなかったし・・・」


「彼氏が殺されているのに、なぜ警察に連絡しなかったの? 明石君に助けを求めに行ったってのは、『保身』と見られてもしょうがないんじゃないの?」

「だって、状況からして私が疑われるのはわかりきったことだから・・・」

「彼氏が死んだ悲しみというのが、全然伝わってこないんだけどね」


 星野さんは黙り込んでしまった。


 僕も彼女の行動と説明が腑に落ちなかった。最愛の人が死んだというのに、自分のことしか考えないのか。それに説明も落ち着きすぎた感じだった。


「カフェオレの成分分析を待つ必要がありますが」

 明石が突然口を挟んだ。

「睡眠薬が混入している可能性が高いんじゃないですか?」


 刑事はムッとして振り返り、明石に言った。

「現場の状況は、完全に密室だよ。少なくとも犯行時はね。どこからも第三者が侵入した形跡がない。誰がどうやって睡眠薬を入れるっていうんだ?」


「まあまあ」田中管理官が刑事をなだめる。「彼はオブザーバーとして来てもらっている専門家だ。あえていろんな意見を述べてもらっている」


 取り調べをしている刑事は40歳代のようだが、明石のことはよく知らないらしい。それにしても田中管理官、明石を『オブザーバー』と説明するとは。


「『密室』と言いましたが、誰が合鍵を持っていたのか確認できているんですか?」

 うわっ、また明石が無遠慮なことを言ってる。僕の方が冷や汗をかいてしまうよ。


「今確認するところだよ」

 刑事が吐き捨てるように言うと、聞かれる前に星野さんが答えた。

「私のほかには、彼と不動産屋さんと大家さんだけです」


「容疑者が2人増えましたね」

だから、そんな皮肉を言うなって明石。


「ところで」明石は急に思いついたように尋ねた。「星野さん、鍵をなくしたことはないですか?」

「いえ、ないです」

「彼氏は?」

「そういえば先日、私のところへ鍵を忘れていってないかって、彼から電話がありました。その後、見つかったって連絡がありましたけど。あっ、でもこれは彼のアパートの鍵のことでした」


「事情聴取をしてるのは、こっちなんだけどね」

所轄の刑事は、だいぶイライラし出していた。



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