第11話、桃太郎、フェンリルと戦う


 アイバンの町に突如襲来したフェンリルらしいクソデカ狼。暴れるそいつの鼻っ柱を叩いて、怯ませている間に、町の銀髪お姉さんを抱えて後退。


「危ないから、あんたは逃げな!」


 お姉さんを解放して、俺は再び右手に大剣を持ち直し、左腕のバックラーを構える。のたうっていたフェンリルが起き上がると、オレを睨みつけて吼えた。


「おうおう、やる気か? いいぜ、相手してやんよ!」


 ぞくぞくしてきやがった。こいつはそこらの獣や魔物とはランクが違うのは、一目瞭然。血が騒ぐ!


 オレとフェンリルが飛びかかるのは同時だった。狼のデカい大口、その噛みつきを回避。一噛みで人間なんて真っ二つな迫力。さすがにあれは掠めた程度でも腕を噛み千切られそうだ! 回避から着地し、相手が反転する前に、その胴体に大剣を叩きつける。


「何が剣だ、これじゃハンマーみてぇなもんじゃねえか!」


 西洋の剣は重さでぶん殴る武器と聞いたことがあるが、日本刀のようにとはいかない。実際これ、切れ味より頑丈さ優先なんだろう。まあ、日本刀や切れ味のいい剣にはできない、渾身の打撃で打ち付けてやらぁ!


 フェンリルが痛みの声を上げる。図体でかいからダメージ通りにくいかと思ったが、案外、切れ味より打撃のほうが効果あったかもしれねえな。フェンリルの足、爪がきたが、回避からのカウンター。ちょこまかと動いて、フェンリルの攻撃を避けて反撃を繰り返す。


「おらおら、どうしたぁ!? 犬っころ!」


 挑発したものの、こいつ、タフだなぁ……! 何発殴られてもまだ向かってきやがる。やっぱ切れ味鋭い武器で、一刀両断にしたほうがいいか?


「かってぇなぁ!」


 まだ抵抗しやがる。オレを疲れさせるってんなら、大したもんだぜ犬っころ!


「桃ちゃん、飛んでっ!」


 カグヤの声が聞こえた。飛べって? 何か知らんが後ろへジャンプ!


 眩い光がよぎった。それは巨大な魔狼を照らし、耳障りな咆哮を上げていたそれが、萎れる植物のように、弱っていく。


「カグヤの魔法ってやつか……?」


 普通、戦闘の場面での魔法といったら、火の玉だったり雷だったりの攻撃魔法だと思うんだが、これはちょっと予想の外だ。……つーか、何かこっちも力が抜けるような。


 フェンリルの体が縮んだ。少しずつ小さくなって、ちょっと大きな狼程度になってきた。あいつの力を奪っているのかもしれない。


 ちら、と光の方向を見れば、カグヤが右手をフェンリルに向けていた。その手から淡い光の球みたいなものから、光が放たれているようだった。


「どんな魔法だよ、カグヤ?」

「敵愾心を奪い、力を出せなくする魔法よ。魔力の消費が大きいから乱発はできないけれどね」


 フェンリルが体を横たえる。何とか立ち上がろうとしているようにも見えるが、何とも弱々しい。先ほどより小さくなったせいか、まだ大きいとはいえ、何か可愛く見えてきた。


 あれ、ひょっとして、オレも闘志っていうか、戦闘意欲が薄れてる……?


 かぐや姫の昔話で、月面人が、姫を迎えにきた時、地上の軍勢を戦わずして戦意喪失させた術じゃねえかこれ……。


 カグヤが一歩ずつ、フェンリルに近づいていく。危ないぞ、というところなんだろうけど、フェンリルは起き上がろうともがいている風で、声にも力が入ってなかった。何か可愛いな……。鬼退治のお供のイッヌを思い出したわ。


「さ、桃ちゃん、戦意喪失している間に、倒しちゃって!」


 カグヤがオレを見た。……冗談だろう?


「コイツを!? 殺せって!?」

「あ……」

「可哀想に。こんなに弱っちまってるのに……」


 オレは横たわるフェンリルの頭を撫でる。うざがるように頭を動かしたので胸いっぱいに抱きしめてやる。


「もう大丈夫だぞ。怖がんなくていいからな。誰だよ、お前をこんなにボコボコにしたやつは!」

「あんただ、桃ちゃん!」


 カグヤはツッコミ、そして左手で自身の額を押さえた。


「桃ちゃんにも効いちゃったかー、魔法が」


 おー、よしよし。お前、やっぱ前々世の犬に似ているわ。めっちゃ愛しく感じてきた。


「よし、お前は今からオレの子分だ。名前はそうだな……イッヌだな!」

「え、桃ちゃん、これ飼うつもり? フェンリルよ? 底なし喰らいの、獰猛で、神すら喰らう魔狼よ?」


 カグヤがそんなことを言っている。


「そりゃ前世で聞いた世界のお伽話の話だろうよ。お前はお前だよな? なあイッヌ?」


 撫でまくり……つーか、手が止まんねえ。なにこのモフモフ、めちゃくちゃモフモフだぞ。モフモフモフモフ。お前さっきまでつんつん毛が逆立ってたんじゃないのか?


 べろっ、とオレの頬をフェンリルが舐めやがった。ばっ、いきなり舐めんな、コイツめぇ……あははは。


 凶暴だーなんだって、こうなっちまうとやっぱ犬だなぁ! ワシャワシャモフモフ。


「……ウソだろ、あの女、フェンリルを大人しくさせやがったぞ……!」

「あり得ねえ……。町ひとつ容易く滅ぼす魔狼が」

「女ひとりに撫で回されて、大人しくなっちまうなんて……」


 何か周りが、騒がしいような……? 構うことねえ、とりあえずモフモフだ! オレは心ゆくまま、手触りのよいモフモフと戯れた。イッヌもよく懐いていた。



  ・  ・  ・



 我は狼。フェンリルと呼ばれ、恐れられてきた。


 我のこの巨大な体を恐れ、挑んでくる愚か者どもがいる。返り討ちにしていたら、余計に恐れられた。だが、そんなことは知らぬ。挑んでくるもの、我のテリトリーに入ってくるものが悪いのだ。


 ……のはずだったのだが、何だかよくわからんうちに、我は正気を失っていたようだ。


 というのも心の底から、負の感情がこみ上げてきて、周りのものを壊し、喰らいたくてしょうがなくなったのだ。


 思考がぼんやりしている中、人間のテリトリーに入った。そんなことはどうでもいい。我が牙で砕き、喰らうてやろう。衝動のままに破壊し、潰し、平らげる!


 そのつもりだったのだが……強きメス、おなごに出くわした。我を見ても平然と向かってくるそのモノ。その時点で、強者であることがわかる。面白い、神と巨人の子である我が喰らってやろう……!


 しかし現実は、一方的……いや互角以上に立ち回られた。そうこうしているうちに、我は光を浴びた。心を覆っていた闇が、きれいさっぱり流されていくようだった。我は何をしていたのだろう、と思うほどに。


 そうしていたら、強者のおなごは我を抱きしめてきた。そして撫で回してくるではないか! こやつ人間のくせに……。周りは我を何やかんや言って騙そうとしてきた。強いから、怖いから――理由はどうあれ、我を疎んでいた。


 だがこのおなごは、どうして我を撫で回すのか。触れても恐れないのだろうか。不思議な感覚に満たされる。そして思い出すのだ。ああ、これは愛だ。幼き頃、母上が我を抱きしめてくれたそれだ。


 いつからかいなくなってしまった母上。この温かさは、あの頃の――それを思うと、今我が心まで冷え切っている存在に感じた。寒いのだ。温もりが……欲しい!


『――お前は今からオレの「子」分だ。名前はそうだな……イッヌだな!』


 ああ、そうか、やはりあなたは母上だったのですね? 母上は強い。そして新しい名前までくれるなんて、母上に違いない……!


 我は久しく忘れていた母上の愛に触れ、そして誓った。我は今度こそ母上と共にあろうと。

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