第10話、桃太郎、予期せぬ遭遇をする
「おはよう、桃ちゃん。よく眠れた?」
カグヤのモーニングコールで目覚める。
「……あのさあ、ここどこよ?」
「町の宿屋、その部屋」
「……なんで、同じベッドで寝てるんだ?」
「ベッドが部屋に一つしかないからよ」
「なんで、オレもお前も裸なん?」
「服を着てベッドに普通入らないでしょ?」
「そりゃ……そうだけどさぁ」
寝間着とか、そういえば用意していないんだな。旅は荷物は最小限、余計な物を持たないのが鉄則。……なんだけど。
まあ、オレも現世じゃ女だし、カグヤと何かあったとか、そういうことはないからいいとして――
「オレ、宿屋にきた記憶ねえんだけど?」
「冒険者ギルドで飲んで、その後、この宿屋の一階の酒場でしこたま飲んだからでしょう?」
「……ああ、そうか」
オレ、昨日冒険者ギルドで、ハラスメント野郎どもを腕倒しで蹴散らしたんだっけ。それで賭け対象の武器ないしお金を手に入れ、その金で自分含めて冒険者たちに還元して飲みまくったんだった。
カグヤがベッドから出ると、下着を身につけた。
「水はいる?」
「あー、そうだな、喉が渇いた」
昨夜のことを思い出す。
『すみませんねぇ、先輩方。強すぎちゃってぇ! オレ、冒険者は初心者ですけど、昔から魔物退治やってて、腕には自信があるんですよー』
……煽ったなぁ。ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「二日酔い?」
「いや、昨日のことを思い出して、ちょっと」
額を押さえたオレを見て、二日酔いと勘違いしたらしい。
「酒には強いから、酔っちゃいないんだけどな。昨日は煽り過ぎたかもしれん」
「かなーり、煽ってたもんねぇ」
「……だよなぁ」
カップを受け取り、水を一口。カグヤは椅子に座った。
「ま、いいんじゃない。スケベ親父たちの前で啖呵を切ったんだもの。たまにはいい薬になったんじゃない」
「どうかなぁ。物事ってのは、何事もほどほどってのが一番なんだ。たとえ自分が正しくても、やり過ぎちゃあいけないんだ」
「そうなんだ」
「そういや、冒険者先輩方からゲットした戦利品ってどうなった?」
「ほい」
カグヤが人差し指で宙に円を描けば、ボトボトと剣やら武器が出てきた。
「おっ!? 魔法か?」
「収納魔法。……昨日、説明してあげたわよね?」
「おぼえてねえ……。悪ぃ、今思い出すわ」
確か、冒険者ギルドフロアで、勝負を挑んでくる奴を次々に倒して、武器を獲得。どれが使い勝手いいか、持ってみてぶん回したりした。……そうそう、見ていた冒険者たちも驚いていたなぁ。オレがドルダンの大剣を片手で振り回した時とか。
明らかに両手持ちの超重量剣だったもんな。
で、それら武器を、どうやって持って帰ろうかってなった時、カグヤが収納魔法があるって、しまってくれたんだっけか。
「思い出した」
「それはよかった。その歳で、ボケが始まってなくて」
「そういや、カグヤは歳いくつなんだ?」
月面人って、不老の薬とか持っているって竹取物語で読んだ覚えがあるんだけど。
「それは……秘密よ。女の子に歳なんて聞いちゃ駄目よ」
「あっそ。まあ、いいけどさ」
知らなきゃ死ぬわけじゃねーし。どうでもいいことだ。少なくとも、オレは気にしない。
戦利品を改めて検分。昨夜は軽く振り回した程度で、すぐ酒を飲みにいったからな。あの場にいた何人かの冒険者たちと一緒に飲んだ記憶がある。
「……見事に武器ばかりだなぁ」
「そりゃあ、あなたとギルドにいた冒険者たちとは、体格が違うもの」
「せいぜい小盾か小手くらいか……」
防具は手に入れたいな。特に胸当てとか。兜はともかく、最低でも額当てとか。
「じゃあ、今日は防具の調達?」
「そうなるな」
冒険者たちから巻き上げた――いや、勝負の報酬金もそこそこある。武具は高いものだが、まあ、当面使える防具くらいは買えるだろう。
「ん――?」
何か、妙な気配を感じた。カグヤもまた感じたようで、オレと同じく視線が上がっている。
「何だ?」
「何か、よくないものが――」
言いかけたカグヤの声を打ち消すように、外で激しく何かが崩れるような轟音がした。とっさに窓の外を見れば、大きな岩――外壁の破片が飛んでいくのが見えた。
そして次の瞬間、獣の巨大な咆哮が轟き、オレは思わず耳を塞いだ。
「んなーっ、何だよこれっ!」
カグヤもまた耳を塞ぎ、縮こまる。咆哮が途切れ、オレはさっと大剣と盾を掴むと、窓から外に飛び出した。
「ちょ、桃ちゃん!?」
後ろでカグヤの声がしたがとりあえず無視。この町に、デカい何かがきやがったぞ! 外壁を吹っ飛ばし、辺り一面、声だけで人間をビビらせる何かが!
町の人々が逃げ惑う。オレはそいつを見上げる。んだ、コイツ……! クソでけえ。全身毛で覆われた四足の獣――狼だ。しかしそこらの民家の高さくらいあって、狼と呼ぶにはデカすぎる化け物だ。
「あ、あいつはまさか――」
冒険者ギルドで見かけた奴が尻もちをつく。
「まさか、フェ、フェンリルかぁっ!?」
フェンリル――前世じゃ、北欧神話に出てくる巨大狼だっけか。こっちの世界でも、伝説級の魔獣ってやつに、その名前を見たことがある。
「逃げろっ! 何でも喰っちまう化け物だぁーっ!」
「敵うわけねぇ!」
武装した戦士すら、その巨体と風貌に威圧され、腰を抜かす。
「へ、所詮は、馬鹿でかい犬っころの親戚だろう?」
町で暴れるなら、フェンリルだろうが何だろうが阻止させてもらうぜぇ! これでも冒険者なんでね!
魔狼が炎を吐いた。それであっさり建物が一軒黒炭に変わり、その後ろの家が燃えだした。……はあ? 炎を吐いたぞ! 狼のくせに!
フェンリルが動く。逃げる町の人を追いかけ――と、銀髪の女の人が倒れた。フェンリルがその人に気づいて、涎を垂らしながら近づく。
「喰うつもりか? させるかよっ!」
オレは走った。つま先に力を込め、大地にその力を叩き込み、加速。
「魔獣退治は、オレの仕事なんだっ、よ!!」
飛びかかった瞬間、フェンリルが顔を向けた。その鼻っ先が近づいたがオレは構わず、大剣を叩き込んだ。犬なら叩いちゃいけない急所、狼は犬の仲間だろう? どんなにデカかろうが、急所を殴られれば――!
悲鳴と共にフェンリルが横倒しに倒れた。よっぽど痛かったらしく、バタバタとのたうちまわっている。……くそ、デカいだけあって、それだけで周りのものが壊れる!
オレは倒れている銀髪お姉さんが巻き込まれないように、とっさに抱きかかえた。
「えっ!? ええっ!?」
「大丈夫か!? ここは危ねえ!」
瞬時に飛び退く。ワンテンポ遅れて、のたうつフェンリルの足が、銀髪お姉さんのいた場所を叩いた。間一髪だったぜ……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます